第60話 盟約の少女達

モンゴル帝国 Цэцэрлэг(ツエツェルレグ市)


Dolmaar(ドルマー)に引っ張れたままKübelwagen(キューベルワーゲン)に乗せられ車間に揺られること約2時間、昇(のぼる)はЦэцэрлэг(ツエツェルレグ市)の郊外へと連れてこられ、彼女に案内されるまま塀に囲まれた立派な家に招待された。


家に入った俺は、玄関で靴を脱ぎドルマーに渡された室内履きに履き替えた。


「ここは、洋風の家なんだね。」


昇がそう言うとドルマーは少し首を傾げた。


「そうですけど、何かありましたか?」

「いやっ、普通に土足のままだと思って…。」

「はあ…まあ、確かにそう思われるのは仕方ないかもしれませんが、この国の人が全員遊牧民というわけではありません。この辺りの家の作りはこんな感じになっていますよ。」

「確かに、そうだね。」

「ええ…最近だと、そんな家自体が少なくなってきています。でも、カラコラムの近くにはありますよ…いえっ…ありました。首都近辺のゲルは主に貧困層が使っていましたからね。まあ、たぶんもう燃え尽きちゃって無いかもしれませんが…。」

「…その…怒ってたりする。」


昇は、恐る恐るドルマーに尋ねた。

けれど、ドルマーはそんな昇の言葉を意に介さず…何となく困った顔した。


「怒っている…っと、でも言って欲しいのですか?別に、構いませんよ。最も今はどうにもできませんが…この後も死者は増えていくばかりですよ。」

「…えっ。」

「まあ、今はどうでもいいですね。とりあえず、あなたに紹介する人が7人いるんですよ。」

「7人?」

「はい、あなたの休暇の相手役ですね。」


ドルマーは、そういうとリビングのドアを開けた。

そこには、金色の装飾を施されたデールを身にまとった女性が7人居た。

低い身長の娘が2人で青色のデールを身に纏い、次に背の高い女の子は赤色、あとはだいたい同じくらいの身長の女の子が白、紫、エメラルドグリーン、オレンジと別々の色を着ていた。


「いらっしゃいませ、ドルマー様。お待ちしておりました。」


背の高く、黒髪で胸の大きい少女がそうドルマーに声を掛けた。

どうやら見た感じではあるがこの中で一番年上だろう…。


「何か問題はありましたか?」

「いえ、何もございません。」

「そうですか…それじゃあ、紹介しますね。この方は…。」

「長篠(ながしの)昇(のぼる)でしょ!」

「昇にい、これからよろしくね。」

「こら、Nina(ニーナ)、Tanya(ターニャ)!いきなり失礼でしょ!」

「Sarana(サラーナ)ねえは、昇にいにあいさつしなくていいの?」

「あっ…。」

「ふっへへん。」

「すいません…私としたことが…初めましてサラーナと申します。」

「よろしくお願いします。」

「気軽にサラーナとおよびください。」

「…はい。」

「初めまして…。」

「あっ…初めまして…。」


次に、声をかけてきたのは赤いデールを身にまとっていた少女だった。


「初めまして…ああ、いえ…その…Arima(アリマ)と申します。よろしくお願いいたします。」

「はい…よろしくお願いいたします。」

「何、堅苦しいあいさつをしているの?初めまして、昇さん。私はOyun(オユン)。」

「オユンさん…。」

「う~ん、言いずらかったらHoruro(ホルロー)って呼んでもいいよ。」

「そんなことはないよ、よろしくオユン。」

「うん、その調子。それじゃあ、私はちょっと出かけてきますね。」


そういうと、オユンは家を出て行ってしまった。

オユンは、金髪で青い目の少女でギャルっぽい感じだった。

だが、肌は白い。

オユンはエメラルドグリーンのデールを巻いていた。


「ええっと…それじゃあ、君の名前を教えてくれる?」

「あっ…はい…私ですよね?Tsueren(ツェレン)ちゃんじゃなくて…。」

「昇さんはあなたに話しかけているのに、私の名前を聞くわけじゃないでしょ?」

「君がToya(トヤーちゃん)?」

「はい、トヤーと言います。その…言いづらいですか?そんなことないですよね?」

「うん、大丈夫だよ。」

「そうですか…よかった…Ganbold(ガンボルド)って言われなくて…。」


そう白い服のデールを纏っていたトヤーは言った。


「それじゃあ、君の名前を教えてくれる?」

「はい…Tsueren(ツェレン)と言います。Bayarubātaru(バヤルバータル)なので、ツェレンって読んでください。」

「えっ…うん、わかった。よろしくツェレン。」

「はい!」


オユンは、外に出てしまったので今、ここに居るのは6人だ。

とはいえ、3ヶ月くらいここで暮らすとしてもなんか立場が無いような気もしている。


「それでは、明日の午後お迎えに上がりますので…。」

「あれっ…ドルマーさんはこの家に住んでいるんじゃないの?」

「いいえ、違いますよ。」

「そうなんだ。」

「はい…。ああ、それともう一つ…。」

「何ですか?」

「この辺りの家は、私とЧингис хаан(ジンギス・カン = チンギス・ハーン)様の配下の方が住んでいますので武器、弾薬など必要な物がありましたらご申しつけください。一応、この家の地下室にも相応の物はありますが…。」

「わかりました…。」


地下室の様子がどうなっているのかが気にはなるが…それ以上に家に武器が保管されていること自体に昇は、驚いたが戦場からここに来たばかりなのであまり気にしなかった。


「それと、私のことはドルマーと呼んでもかまいませんので…。」

「はい、わかりました。」

「それでは、また明日。」

「あっ、はい…。」

「それと、一応旅の支度をしておいてくださいね。」

「旅の支度ですか?」

「はい…ちょっとした小旅行程度の荷物です。お召物については、サラーナに任せてありますので後で聞いてみてください。」

「ありがとうございます。…また明日。」

「はい、そうですね…2時頃ですね。…今日という夜をお楽しみください。」


なにやら、意味ありげな言葉を残していったドルマーは自分の家へと戻っていった。

はてさて、残された昇はとりあえずサラーナに家を案内してもらいひとまず用意された部屋のベッドに腰を下ろした。


「…豪邸だな。」


そう声を漏らした。

地下室の出入口は、3つあった。

一つは階段の下の物置からそのまま地下に通じる通路。

偽装しているのか物置の扉には取ってはなく装飾されている。

玄関の近くは白を基調としているのでその装飾に指を引っ掛けて中に入るようになっている。

もう一つの入り口は、家の裏側にある。

そして、3つ目はどこかへ通じているらしいが教えては貰えなかった。


「さて…どうしたものか…。」

「昇さん、居間すか?アリマです。」

「あっ…はい…。」


失礼しますと言って、アリマが部屋の中に入ってきた。


「何かよう?」

「はい、錦戸さんから荷物が届きましたので持ってきました。」

「ありがとう、重かったでしょ。」


ありがたいことにアリマちゃんは俺宛の荷物を運んできてくれたようだ。

それもわざわざ二階まで…。

あれっ…でも、一人持てるくらいの重さだったけ?


「中に運びますね。」

「えっ…いやっ、俺が運ぶから大丈夫…。」

「よいっしょ…。」


アリマは大きな木箱を2つ重ねて両手に持ったまま部屋に入った。


「はい、どうぞ…。」

「ありがとう…重くなかった?」

「ええ、そうですけど…。」


木箱の中を確認するとその中に弾や武器本体が入っていた。

恐らく、M1897(ショットガン)自体は分解されているのだろう。

とはいえ、防弾チョッキがかなり重かった…。

そう考えるとアリマは、もしかしたら杏樹のような存在なのかもしれないと思った。

ただ仮にそうだとしてもあまり関係がないので、何も言わなかった。


「あっ、そうそう…夜食の準備が整いましたので行きましょう。」

「もうそんな時間か…わかった、行こう。」

「はい、夜は長いので精がつく食べ物をたくさん用意しました。」

「そうなんだ…。」

「はい、では行きましょう!」


アリマに引っ張られながら食堂へと向かう。

アリマの力はかなり強かった。

かなわないくらいに…。

それと、夜は長いというのは季節的なものではなく比喩表現で後からその意味がわかった。




モンゴル帝国首都カラコルム


「カチューシャ様、ただいま戻りました。」

「ご苦労様、彼に渡せた?」

「はい、届けてきました。…それにしても、チンギスハン様からのご歓待は素晴らしいものですね。」

「そうね…。」

「はい、あのような可愛らしい少女7人に囲まれているとは…。」

「…そう…でも、どうかしらね。」

「どうか、されましたか?」

「いいえ、少々荒療治といったところだから。」

「…それは、どういう意味ですか?」

「あまり人様には言えないことよ。あなたも察しがつくでしょ。」

「そう…おっしゃられましても…あのくらいの年頃では…。」

「それじゃあ、年は関係なくて女性と、甘い香り、夜、部屋から連想するものは?」

「はっ…そうですね、確かに人様の前では憚られます。とはいえ、なぜそれを歓待としてチンギスハン様は差し出したのでしょうか?」

「それは、彼だからよ。そして、あの娘達にもちょっとした縁があるのよ。」

「昇様にですか?」

「ええ、でも誰にもわからないものよ…。」

「そうですか、では私はこれで…。」


錦戸はそう言い残して、部屋を後にした。

カチューシャは何故か何とも言えない気持ちを持ちながら考えていた。

そもそも、そうであったのだが桜やジャンヌも他の娘も同じ様な気持ちだろう。

ましてや、彼と一緒に居る彼女らもそうなのかもしれない…。


「この世界には、魂が降り注いでる。でも、これは偶然なのか必然なのかあの方々にはわからなかった。…そして、私も。」


カチューシャはただそうかすかに震える声で呟いたのだった。

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