第62話 明るい未来とすぐ下で

モンゴル帝国西安市郊外 日仏露連合基地内戦時病院


Dolmaar(ドルマー)に続いて昇(のぼる)は、病院に入った。

病院に入り、軽く手洗いやうがいをしアルコールで消毒した後ドルマーは、受付に行き何かを尋ねた。


「すいません、ここに坂上(さかがみ)杏樹(あんじゅ)という兵士は居ますか?」

「少々お待ちください…はい、居ます。ご連絡されているドルマー様と長篠(ながしの)昇様ですか?」

「はい、そうです。」

「それは、失礼いたしました。東棟一階の大部屋にいらっしゃいます。本日の14時から手術となりますのでお気をつけてください。」

「わかりました、ありがとうございます。」


聞き間違いだと思ったが…。

その言葉は、坂上杏樹と確かに聞こえた。

彼女はなぜここに居るのだろうか、怪我でもしたのだろうか?

そんな場違いな疑問が湧いてきた。

彼女の姿を見るまで俺は、そんなことないとどこか現実逃避していた。


そして、扉を開けるとそこには無数のベッドとそこに横たわる多くの女性兵士だった。

大部屋で窓も開かれており、清潔ではあったがそれでも視覚的にはきつくあった。

だが、あまり看護師は居ないように思えた。

でも、はっきりと見えていた…。

坂上杏樹という兵士の姿が…。


俺とドルマーは、ゆっくりと彼女のもとに歩いて行く。

そして、俺の姿に気がついた杏樹はこちらを向き、話した。


「…昇?…来てくれたんだ。」


そう、彼女は言った。

ベッドの頭の方にあるパイプに背をあずけ上体を起こしながら…。

腰の辺りに布団をかけていた。

マットレスは、スライムのようにジェル状だった。


だが、俺は言葉が出なかった。

良かったと言えない姿だったからだ。


彼女は腕に包帯を巻いていて、おでこには絆創膏が貼っており…。

彼女は、膝小僧から先の両下腿(かたい)部が無かった。


「…久しぶり。」


そう、言葉を絞り出した。

杏樹は、どこか照れくさそうに顔を赤らめた後前と同じように笑った。

俺は…僕は…辛かった。


「大丈夫、昇?」


杏樹はそう声をかけてくれるが、どうしようもなく…。

悲しかった。

もっと、俺が頑張っていたら彼女はこんなことにならなかったのだろうと思った。


「…大丈夫…かな?」

「あんたらしいかと思うわ。…足のこと?」

「うん…。」

「あ~…これはね、地雷を踏んじゃって…その後味方の兵士に助けられて気がついたら、ここに居たの。それでね、今日はこれから手術で…。」


僕は、彼女の話の途中で彼女に抱きついてしまった。

ただ、悲しくて、やりきれなくて…。

泣いてしまっていた。


「…あんたがないんてどうするの?」

「ごめん…俺が…もっと…。」

「…大丈夫だから、レフだって戻って来るし…。」


杏樹は優しく頭を撫でてくれた。

俺は、ただその手を感じていた。


「もう…大丈夫…。」

「そう…。」


しばらくして、俺の手から杏樹の手が離れた。

ドルマーは、特に何もないような顔をしていた。


「昇さん、杏樹さんの手術もあるのであまり長居はできません。」

「ああ、そうだったね…。」

「まったく…ふふっ…。」


ドルマーは、どこか安堵していたようだった。


「お久しぶりですね、杏樹。」

「ええ、久しぶりドルマー。」

「杏樹はドルマーとあったことがあるの?」

「当たり前でしょ、何年あんたより先にこの世界に居ると思っているの?」

「まあまあ、お二方…さて、今日はC分隊についてお話したいのですが…。」

「木村軍曹から昨日、聞いたわよ。」

「ええ、でも昇さんには話してなくて…。」

「…いつも通りってことかしらね。昇、聞きなさい。」

「それでは、お伝えしますね。C分隊は合意した翌日、解体されました。」

「解体って…。」

「まあ、驚くわよね。でも、再編されることはそんなに珍しくは無いから…。」

「はあ…。」

「続けますね、まず昇さんには休暇が与えられています。次に、杏樹さんは今日から再生治療によりその後はリハビリとなります。杉山軍曹と木下上等兵はウンドゥルハーンの日仏露連合基地で負傷した兵士の治療とリハビリを行っています。Barlow(バルロー)曹長は下関へと報告に行っています。中山二等兵とロラ兵長は木村軍曹の下で生き残っている兵士の数を調査しています。レフ上等兵は桜(さくら)の指示の元に行動しているようです。」

「レフは桜の所に居るのか?」

「いえ、正確には任務を受けて行動しています。」

「そうなんだ…。」

「さて、そろそろ時間ですね。」

「そうね…。」


杏樹がそういうとどういうわけか下に敷いてあるマットレスが動き出した。

そして、彼女の下腿部を包み込むようにして杏樹はベッドに腰掛けるような態勢になった。


「ん?なに、ポカンとしているの昇?」

「いやっ…だって…それは、何?」

「ああ、これね…スライムよ。」

「スライム?」

「そうよ。」

「…そうなんだ。」

「スライムは、魔法でプログラミングして動く高分子物質で主に水が豊富な場所で運用可能な道具です。」

「そうなんだ、初めて見たよ。…生物じゃないの?」

「はい、昔は本物のスライムがこの世界に居たんですけど今は粘性流体内に魔法式を組み込んだ核を入れることで機能します。乾燥に弱いのが弱点ですね。他には工事現場とかで使ったりしてます。」

「核って、この大きなやつ?」

「そうです、基本的に難しい魔法式をプログラムすると核も大きくなりますが医療用のスライムは比較的大きめに作られているんです。」

「なるほど…。」

「そろそろ、お医者様がいらっしゃると思うのですが…。」

「あっ、そっか…手術だったね…。」

「そうね…復帰したら、また行動できるわね。」

「…それって、どういう意味?」


昇は、恐る恐る杏樹にそう言ったが、杏樹は別に何も思っていなかったようで、そのままの意味よっと返した。

しばらくして、白衣の日本人の医者がこちらにやって来た。


「おやっ、これは…初めまして、坂上さんのお連れ様ですか?」

「はい…そうです。」

「初めまして、細川(ほそかわ)陸(りく)先生。」

「あっ、はい…担当医の細川です。…なぜ、私の名前を?」

「それについては、2つお答えできますよ。1つ目はあなたが首から下げているものに名前が書いてあるから、2つ目は入間基地に居た方々の名前と姿を覚えているからです。」

「…どういうことですか?」


ドルマーの言葉に、細川はそう返した。


「私達は、常日頃からあなた方を見守っている…ということです。ストーカー行為をしているわけではありません。世界は未知数と偶然と帳尻合わせでできていますので…。少し、話が長すぎましたね。ごめんなさい、先生…坂上さんの手術をお願いします。」


そういうと、ドルマーは頭を深々と下げ、静かに部屋を出て行った。


「彼女は一体何者なんだ?」


細川が困惑した様子で彼女を見ていた。


「先生、彼女はこのモンゴルの偉い人で私達の味方です。」

「う~ん、そうなのか…。でも、私達ってことは君も入間基地に居た人の中の一人ってこと?」

「そうです、昇は先生と同じ日本から来ました。」

「なるほど…どうりで異動が激しかったわけか…彼らはなるべく私や君というように接触する機会を作っているみたいだ。…あれ?そうなると、坂上さんは何者なんだい?」

「私は協力者といったところですね。あなた方とは違いますが同じです。…少し、複雑なので…。」

「そっか…。手術後に教えてもらうことはできるかな?」

「はい、お伝えします。」

「さて、それじゃ診察を始めようか…。」

「それじゃあ、杏樹…。」

「すぐに、会えるわ。」


昇は、杏樹にそういうと部屋を後にした。

部屋の外には、ドルマーが居た。


「話はできましたか?」

「少しね。」

「そうですか…今から面白いものを見せてあげますよ。」

「面白いもの?」

「…面白いにもいろいろありますから、これは興味深いと言ったところですね。」


彼女は、そういうと少し早歩きで病院の地下に向かった。

地下は地上とは異なり冷凍室のような感じのするところだった。

しばらく歩くと、ある部屋の前に来た。

部屋の前には、兵士が立っておりドルマーは兵士から許可を貰うと一緒に扉を開けて中には入った。

部屋の中には、防寒着がありドルマーはそれを一つ取ると俺に着るようにいい更衣室でそれを来て戻るとドルマーが待っていた。

そして、部屋の奥にある二重扉の前に来た。


「あのさ…ドルマー…一体、ここに何があるの?」

「もうすぐ、見れますよ…。」


彼女は、そう言った

二重扉を開き、冷凍室の中に入った。

物凄く寒いかと思ったらそうでも無かった。

ドルマーは、倉庫から長方形の大きな箱を運ぼうとしている人に声を掛けた。


「すいません、中を確認したいんですけど…。」

「ダメですよ…。」

「嬢ちゃん、作業の邪魔だから…。」

「桔梗(ききょう)様の知り合いでもですか?」

「そんなこと言われても…。」

「内線で院長に聞きなさい。」

「まったく…お前ちょっと聞いてこい。」

「はいっ。」

「兄ちゃん、お前の彼女さんは強引だな。」

「…いやっ…彼女ではないです。…ところで、これは何ですか?」

「ああ、これ…?これは、再生用の肉体だけど?」

「よっと…昇さん、これです。」

「えっ、あっ、ちょっと…困るって…。」

「田辺(たなべ)さん!」

「ん?ああ、おかえり…。」

「その人達、本当に桔梗様のお知り合いの方です!」

「なっ…すいませんでした!どうか命だけは!」

「…そうですね、私は桜よりも優しいのでこの身体を丁寧に運んでくさいね。…いいですか?」

「はっ…はい!」

「昇さん、これが中身です。」

「これって…。」

「はい、人体組織再生用生物組織です。」


箱の中には、真っ白な人が居た。

居たいうよりも横たわっており、心臓の鼓動のような動きがある。

本当に髪から身体が全て白く、肌の色素が薄かった。

どうやら女性のようで、胸に僅かなふくらみと女性器が確認できた。

また、下腿部には線が引かれていた。


「ドルマー…これは、人じゃないの?」

「いいえ、これには自我とDNA情報がありません。人工的に作り出した道具です。」

「…これを杏樹に移植するの?」

「はい、モンゴル帝国が提供したものです。杏樹に移植した後お二方にこれを移植することになっています。」


昇は、箱に横たわっている彼女が動かないようにと願った。

どう言い表せばいいのだろうか…幽霊か、もしくは遠野の話の誰かか、アルビノか…。

でも、これはそういうのではなく何かなのだろう…。


「昇さん、大丈夫ですか?」

「いやっ…ちょっと…悪いかな。」

「そうですか…これは自我の無い人形ですよ。」

「それじゃあ、魂はあるの?」

「この肉体の腸には私たちと同じ腸内細菌が居ますので…。」

「そうじゃなくて…。」

「…ふふっ、安心しました。昇さんはまだ命を尊く思っているみたいですね。昇さんが今、つらくなっているのは拒否反応のようなものですよ。この肉体は生きているのかもしれない、でも人ならざるものである。あなたは、この肉体に生や魂と言ったものを見いだそうと脳と身体で探している…でも、この子にはそんなものがないと結論は出ているのにどうも歯がゆくて必死なんですよ…。定義とは難しいものです。培養された脳には果たして自我が存在するのか?機械は人らしくなるのか?そして、結論が出た時人は冷酷にも優しくもどちらかになれます。けれど、人間の本質としての良い結論は迷い続けることです。…あなたは大丈夫ですよ。」


「…帰りましょうか、昇さん。」


俺とドルマーは、冷凍室を後にした。

その後、俺は西安市で少し観光をしてからサレーナ達の元に帰った。

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