第48話 表裏一体の壁

日露仏連合 神奈川県横浜市


ジム・ホワイトはいつものようにパソコンの前に座り、文字を打っていた。


「ホワイトさん、仕事はそこら辺にして昼ごはん食べに行きませんか?」

「いつもの店かい?」

「いえ、中華はどうですか?いいお店を見つけまして…ああ、でも少し遠いですけどいかがですか?」

「中華はあまり好きではないのだが…そんなに美味しい所なのか?」

「はい、中華というよりもラーメン屋です。」

「それなら、賛成だ。」


私と彼、岸辺(きしべ)拓斗(たくと)は彼の言う美味しいラーメン屋で昼食をとるために会社を後にした。


「ところで、ホワイトさん?」

「はい、何でしょう?」

「そろそろ。この町にも慣れましたか?」

「ええ、緑が多くて海も身近に感じられます。」

「そうですか、確かに海は身近には感じられますがこの近くのビルからは見えませんよ。」

「そういえば、なぜこの辺りのビルはあまりと言いますか、その…高くはないのなぜでしょうか?」

「ビルの高さですか?ここら辺の建物は昔から高さ制限があるんですよ。景観保全とかそういうのじゃなくて。」

「そうなんですか…。」

「確かにそうですね、ホワイトさんは海の近くに来るのは初めてですか?」

「いえ、そういうわけでは…。」

「きっと、小さい頃に来たんですね。それなら、無理はありませんよ。あの壁の向こうにビーチはありますから。それと、今日行くラーメン屋もあの壁の向こうにありますよ。」

「壁って…あの軍の施設ですか?」

「あっ、はい。ああ、ホワイトさんは向こう側に行ったことが無かったですね。案内しますよ。それと、今日はおごりますよ。」

「いや、結構ですよ。」

「あの辺りは治安が良くないので会計も一緒に済ませた方がいいんですよ。くれぐれもズボンの後ろのポケットに財布を入れままにしないでくださいね。」

「…わかりました。」


私が、今いるのは神奈川県の横浜だ。横浜には何度か行ったことがあるが改めてここは元の世界ではないというのを痛感するばかりだ。そして、それを体現したような禍々しいものが段々と大きくなってきた。岸辺は我が物顔で軍の施設に入った。私は、ただ彼の後を追った。


そうして、私は彼と共に軍の施設を通り向こう側へ向かった。


入り口には分厚いゲートがあり、長いトンネルのような通路を通って外に出た。海風が肌に当たったような気がした。ただあまり心地の良くない暗さがあった。私は、岸辺に案内されるまま彼の言うラーメン屋の店舗に入った。あちこちに、中国語が書かれており元の世界の横浜や世界各地にある中華街と同じように…ただ、何かに抑圧されているようなそんな感じの光景が広がっていた。


「いらっしゃい、おお、この前の!」

「今日は、連れがいるからラーメン2杯で。」

「はいよ、座ってな。」

「…。」


私たちは、カウンター席に横並びで座った。穴場なのかは知らないが店自体は狭く年季が入っていた。私たちのほかにも3人ほどラーメンを食べていた。


「はいよ、お待ち。…おっと顔が白いお客さん珍しいね。」

「そうなんですか?」

「ええ、あまり見かけなくてね。あなたも壁の向こう側から来たんだろ。」

「はい、そうです。」

「ははっ、まあそうだな…この時間なら酔っぱらってここに来ることはないからな。最後にお客さんみたいな顔の人を見たのは4日前くらいかな。川崎からここまで来るとは思っていなかったし。」

「川崎から…ですか?」

「ああ、この店の今のところの最長距離だ。おっと、いけない麵が伸びちまうな。早い、ところ食べてくれ。うちのラーメンは冷める前に食べ終わるのが一番おいしいからな。」


この店主から出されたラーメンは豚骨ラーメンのようにラーメンの汁自体が白く、麵は中太麵で具材はチャーシューとノリと味玉といったものだった。岸辺がここに来る前に言っていたようにとても美味しかった。


「それじゃあ、帰りましょうか。」

「はい。」

「店長、お会計。」

「はいよ、1960円だ。」

「ちょうどで。」

「毎度!」


私達は、店を出て会社へと向かった。


「どうでしたか?」

「とても美味しかったですよ。」

「それなら、良かった。…あのジムさん。」

「あっ…はい、何でしょうか?」

「ここは、どうですか?」

「どうといわれましても…。」

「そうですね…ホワイトさんあなたのことは山本様から聞いています。」

「…あなたは、軍の関係者なのですか?」

「私は軍とはあまり関係がありません。ですが、まあ彼らと同じかもしれません。」

「それは…一体どういう…。」

「ここは、人が多いので…。」


岸辺は右手の指で音を鳴らした。


「…。」


ホワイトが辺りを見回すと人は動きを止めていた。


「なあ、おい!」


横を歩ていたスーツ姿の男性に声をかけ、肩に触れようとしたがすり抜けてしまった。


「…これは。」

「少し歩きましょう、ついてきてください。」

「待ってくれ!」


人を避けようとしたが通り抜けることができたので人の体を通り抜けながら岸辺を追った。橋を越え、近くの島の原っぱへと私は誘導された。


「岸辺くん、一体何をしたんだ?」

「すいません、けれど役目があるんです。ここから陸地を見てください。」

「陸地…あそこにあるのは軍の施設だけだが…。いや、違うのか…。」


軍の施設が大きいのはわかっていたが正面から見たのは初めてだった。本来の横浜なら、海から高層ビルが見えるはずだった。しかし、ここには無かった。変わりに壁の向こうにあるビルを隠そうとばかりに所々に穴の開いた壁が立ちふさがっていた。


「…要塞…というべきか…壁というべきか…。」

「どちらでも構いませんよ、私達はあの下をくぐってここまで来ました。壁の下に町が見えますよね。」

「ああ、見えるよ。」

「ここは、工業地帯なので工場も見えますがその下の町も少しずつ違うんですよ。」

「…同じじゃないのか?同じように見えるが…。」

「あなたと一緒に食事した店の人はどこの国の人でしたか?」

「…そういうことか、国が違う人々がそれぞれ分かれて暮らしているのか?」

「はい、ここが日本で唯一の外国人居住区となります。」

「他の場所は違うのか?」

「はい、最も立地する工場は最新鋭の道具生産するのではなくて既存の部品ばかりですよ。」

「そうですか…。しかし、私にこれを見せてどうしろと言うのですか?」

「それは、私にはわかりません。見方次第ですよ。連合民を壁の内側に閉じ込めたいか、または他国の人々から日本の土地を守っているのか解釈は様々です。少なくとも、私達連合の血はあなた方の世界の3国の血が一部の純血を除き深く混じり合ってしまったので3国ではなく、分裂できない単一の民族になってしまいました。けれど、壁の下にいる彼らは違います。それこそ、私達の認識で外国人となってしまいました。ですので、そういう意味ではあれは境界線でもあります。」

「…軍事的なものであり、文化的なものになってしまったのですね。」

「はい、基地の厚さ…言い方はおかしいのかもしれませんが陸に向かって5キロメートルほどあります。」

「5キロ…それは、おかしくないか?第一、そんな距離私達が歩いたとは思えない。」

「でも、今ならどうですか?」

「…これじゃあ…まるで、あなたは魔法使いだ!こんなことは…。」

「…ありえませんね。でも、あなたはこの世界ですぐにおかしいと思ったはずですよ。」

「言語か…。確かにそうだった…。だとすれば、あなたは一体何者なんだ?」

「私は、あなた達と同じですよ。あなたの覆っているその体を取り外したのと同じものです。」

「…わけがわからない。」

「幽霊とでも説明しておきましょう。本来の私であればこんなことは出来ません。エネルギー量的に無理なんです。ですが、今回だけこの権能を使いあなたを導きました。基地を出た後はこれまで通りに権能は使えなくなります。」

「…それじゃあ、この光景を見せるためだけに?」

「はい。」

「…。」


改めて壁を見た…。あの壁はどこに向いているのだろうか?


(…私は、果たしてどちらの立場なのだろうか?)


「…。」

「誰を守っているのだろうか…あの壁は?」


壁は、ただどちらにも向いていた。けれど、兵士はどこかを見つめるばかりである。

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