第37話 航空母艦呑龍
「…今日の海は穏やかだな。」
まったく…なんで俺はこんな所にいるのだろうか…。
青野(あおの)誠司(せいじ)は、ただ海をずっと見ていた。
今日は、海は穏やかで雲もなく強い日差しが飛行甲板に刺さっていた。
昨日の荒れた海が噓のようによく晴れ渡った良い天気だった。
「ここに居たのか、誠司!」
私はただ海を見たかったので、艦橋の隅から顔を出していたところ同じ航空隊の山田(やまだ)次郎(じろう)が後ろから私の肩を叩いてきた。
私は、その衝撃を急に感じたため驚いた。
すかさず、後ろを向くとしてやったりと物凄い笑顔の彼が後ろに居た。
彼、山田(やまだ)次郎(じろう)は私がこの異世界で出会った最初の親友だ。
私は、この世界に来た後入間基地司令田中(たなか)昌隆(まさたか)空将補と、日露仏連合の協議により日露仏連合の海軍基地に配属されることになった。他のパイロットとは、その時を境に連絡が取れていない…。海軍基地に配備後私は自衛官だということは明かさずに架空の航空基地のパイロットとしてこの航空母艦(ふね)呑龍(どんりゅう)に配属されることになった。
そんな私を所属する飛行隊長の命で案内することになったのが彼だった。
彼は、私を見るなり怪訝な顔をしていたが訓練をしていくうちに打ち解けていくとこができた。彼の性格はと言うと、ギャンブルというよりは博打(ばくち)打ちで酒にめっぽう強く、短気であった。それ故にこれまで何回か港の町の店で出禁をくらったという。本人が言うには噂が大きくなっただけだとぼやいていたが真偽は不明だった。何度か共に…ほとんど毎日のように飲んではいるのだがそんな素振りは見せなかった。
そして、彼のそう言ったところは航空機の操縦にも出ていた。その一つが予測撃ちである。ようするに、弾を大量にばら撒くことで命中率を上げるというものだ。しかし、同時にそれは交戦時間の短縮に繋がり、なおかつ私と彼が乗るのはレシプロ機でミサイルなんて大層なものを積んでいない。どれだけ弾倉の中に銃弾が残っているのかが最終的に生死にまで直結するのだ。そして、もう一つ…私と彼は一人では戦わない。編隊で飛ぶのだ。個人の能力が勝敗に影響するのではなく連携して敵を倒すのが目的だ。…つまり、エースパイロットでなくても良い戦法だ。いくら、ジェットエンジンを積んだ航空機の方が操縦時間が長いとはいえそこそこ上手く飛べるはずだとその時は思った。
…実際は、慣れるのが大変だった。
「なんだよいきなり…。」
「お前こそ、どうしたんだ?昨日のがまだ酷いのか?」
「まあな…。」
「ふ~ん、確かにそうだろうな。まあ、この前のはなんせ特別だからな。」
「…この船が台風の中でも通ったのかと。」
「あながち間違いじゃないな。低気圧で良かった。そのおかげで、今日は酒が飲めそうだ。」
「酒か…。」
「ん?どうした気が進まないか?」
「いや…その…医者に控えるよう言われているんだ。」
「そういうことか…でも、今日で最後かもな…。」
「不吉なこと言うなよ…。」
「そりゃ、誠司。俺だってこんなことは言いたくないけどよ。俺の勘じゃもうすぐ出撃することになると思うよ。」
「お前の勘か…。」
「なんだ、あてになんないとでも?」
「そうだ。」
私は、田中にそう言うと田中は不機嫌そうにため息をつき艦橋の中に入っていった。
だが、彼の勘は正しいのだろう。少なくとも私よりはこの艦、乗組員について知っているのは確かだった。
出撃と彼は言っていたが果たしてどこの国と戦うのだろうか…。
そもそも、こんな空母保有国と戦おうとするが国があるのかすら疑問だった。
あいかわらずこんな状況でも発着艦訓練は行われている。
そして、私自身はというとようやく航空機…F6F(ヘルキャット)の操縦に慣れてきた。
F6F自体は、よい戦闘機なのだが今の私にとっては悪夢のようなものに思える。
私達、自衛隊が最初に交戦したのがこいつと同じ機体だった。
そういう意味で、最初私は気が進まなかった。
他の機体はないのかと田中に聞いたが「贅沢なこと言うなよ、なんせこの呑龍に搭載された新鋭機なんだぜ。」っと、笑われた。
しかし、当の本人にこの機体を譲るよというと彼は渋い顔して俺の誘いを断った。
そして、彼はこうも言っていた…。
「俺っ…ああっ…前のキュウナナ式艦攻の方が良かったかな。あとっ、レイ式の上位機も作られるしな。」
キュウナナ式艦攻、レイ式…どこかで聞き覚えるがある言葉だった。
彼がこの航空母艦のパイロットでなかったら思い出せなかっただろう…。
97式艦攻…第二次世界大戦で日本の空母に搭載された艦載機の一つだ。
そして、もう一つ…レイ式…。
おそらくは零式艦上戦闘機…ゼロ戦のことだと私は思った。
それこそ、入間基地から離れて久しい私にとっては唯一とってもいいほど故郷である日本に近い言葉だった。
だからこそ、疑問が残った。
基地司令田中昌隆空将補は、日本、フランス、ロシアと交渉をした。
けれど、これまで私が出会った兵器は到底この三国のうちの一つに統一されていることはなく、バラバラだった。
私は、そのことを紙に書き基地に残っているであろう基地司令に送った。
ただ、その手紙が基地司令に無事に届けられるのかはわからなかった。
今、私がいるこの艦(ふね)とその護衛艦はどこの国の物なのだろうか?
私は、そのことを他の人に聞くが返って来るのは艦の名前だけだった。
「まさか…俺が船に乗ることになるとはな…。」
船はいいものだろうか。
この大海原にただ浮かびどこかに向かう鉄の塊。
空に浮かばれた人工衛星に導かれる点の一つ。
昔の船乗りは星を目印に進んだ航路を私達は人口の星を作ることで彼らよりも遥かに遠い航路を進めるようになった。
けれど、今の私はどこに進めるのかだろうか?
私の航路を示す星はどこにあるのだろう?
鉄の塊と共に行動する私には果たして航路があるのだろうか…。
艦隊は、今日も進んでいた。
ただ、私には行き先を告げずに…。
そして、私は戦うことになった。
そして、私は護(まもる)ことになった。
それは、私が軍人であることを認識させるように…。
それは、私が自衛官であることを認識させるように…。
ただ、血を燃えがらせ相手を倒せと
ただ、落ち着いて相手を倒せと
私は、軍人なのだから…。
私は、自衛官なのだから…。
『戦うことが必要であった。』
銃口は吠えていた。
大きさの違う砲がただ空に向かって吠えていた。
ただ薬包を下に垂れ流し、早く弾をよこせと言っていた。
時間が経ったとそう告げて爆ぜる砲弾はただ破片と煙を上げ、何かにぶつかった砲弾は何かを道ずれに海へと落ちていった。
呑龍も吠えていた。
身体から生えた127ミリメートルを敵に向け,空に弾を放っていた。
そして、私はこの生物の上でただ敵機を落とし船を守れと…。
私は、燃え上がる機体の中に人の顔を見た。
彼には私が見えていたのだろうか…。
それとも、なにか話していたのだろうか…。
既に死んでいる航空機の残骸なのに…。
どこからともなく弾はそれを目指して飛んでいく。
早く海に沈んでしまえと叩きつけるように…。
重い爆弾を抱えたままのそれは、海へと消えていった。
たったの数舜出来事だった…。
彼にも、故郷や家族はあったのだろうか?
機体から降りた私はそんなことを考えた。
けれど、私はそんなことを戦っている間は考えなかった。
雷撃機、爆撃機、戦闘機…それらを落とすことを考えていた。
この日、私と同じパイロット達が再び全員揃うことはなかった。
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