第32話 姿見に移るのは何の姿?

「特に問題はなしっと、お疲れ様。しばらくの間は何かしら違和感を覚えるかもしれないけど、その時はまた、話を聞くから。」

「わかりました。」


検査項目は多く、時間がかかった。

肌の感触のレベルや、まぶたの動きなど事細かに調べられた。


「それじゃあ、私はこの辺で失礼するよ。多分、そう遠くないうちにまた君の様子を見に行かなければならないからね。それでは、また。」

「長篠(ながしの)君、私も行かなきゃだから…。」

「あっ、はい。ありがとうございました。」

「ええ、またね。」


そう言うと二人は部屋を後にした。

俺も立ち上がって再び目の前にある鏡で自分の姿を確認した。

そこには、確かに自分がいたが違和感があった。

遠目から見れば、自分が居るだけだと思ったが…。


「…。」


なんで自分は鏡をのぞき込んでいるのかがわからなかった。

そこには、自分が居るはずなのに…。


「う~ん、何か違った気がするんだけどな。」


鏡には自分によく似た物があった。

髪の毛は、特に変わったところのない、有機物質で、肌は毛穴もなく綺麗で、局部には男性特有の物が付いていた。

関節部には、つなぎ目がない。

言葉もしっかり話せている。

眼は、茶色っぽくて黒い目だ。

歯は、施術されていない、極めて綺麗で歯並びが良い。


「…あれ?」


鏡には、自分が写っているはずだった。

だったら、そこで動いているものは何だろう?

自分と同じ様な形をしている。

まるで、同期(シンクロ)しているかのように同じ格好をしていた。


「…やっぱり、俺だよな。」


目の前の物は、少し顔が引きつっていた。

そして、俺はこの部屋を後にした。


「居ないな。」


俺は、着替えもせず施術後に着せられた服のまま、ジャンヌ、カチューシャ、桜、ピョートルを探し歩いていた。

途中、何度か兵士の横を通った。

彼らは、俺のことを不思議そうに見ていた。

はだしのまま、基地を歩いていた。


「あっ、昇(のぼる)さん!」


ただ、ひたすらに歩いていると桜を見つけれた。

彼女の手には、男物の服が握られていた。


「桜か…。」

「あっ、はい。今しがた連絡が入りましたので服をお届けしようとしていました。」

「そっか…。」

「どうされましたか?」


「いや…。」っと、言いかけて言葉を正した。


「なあ、桜…今の俺はどういう感じだ?」

「えっ…。あの…その…。」

「ちゃんと聞いておきたいんだ!」

「…はい。」


俺は、彼女にそう告げた。

ただ、不安だった。

確かに見た目はそれっぽいかもしれない。

しかし、俺はどうやらこの姿が苦手なようだ。

理由は、ただ単純にこれが自分の姿と酷似していることではなく、どこか非生命的な要素を持っているからだ。

たぶん、そこが違和感の理由かもしれない。

もしくは、検査の際に発汗があるか、どうかは調べられ無かったことに起因するかもしれない。

しかし、実際には温度による反応は検出されていた。

そう、脳としては…だが。


「…そうですね…何と言いますか、不思議です?」

「不思議?」

「はい、そうです。」

「それは、俺が人形とかそんな感じぽいってこと?」

「あっ、はい…それに近くはありますね。」

「…。」

「あっ…その…やっぱり、気にしてましたか?」

「まさに、そのことについて聞きたかったんだけどね。」

「はい…確かにそう感じますよね。」

「うん。」

「ご心配なららず、そのことについても既に回答は出ていますから?」

「そうなの?」


俺が、そう聞くと彼女は大きな声で「はい。」っと、答えた。


「…それじゃあ、その答えを聞かせてもらえる?」

「ええ、もちろんですよ。」

「それはですねえ…。」

「…なんだよ、勿体ぶるなよ!」

「まあまあ、そう焦らずに…。」


そういうと、桜はわざとらしく咳ばらいをした。


「みんな違って、みんないいです!」

「…。」

「あれ?」


桜は、とぼけたように俺の顔を見てきた。

…無性に腹が立った。


「金子(かねこ)みすゞ(みすず)か?」

「はい!」

「…怒ってもいいか?」

「じょっ、女性に手をあげるつもりですか?みっともない、男として恥ずかしくないんですか?」

「なっ、別にいいだろ…。」

「家庭内暴力(D.V)だ、家庭内暴力(D.V)!」

「…ああ、もうさっきから意味が違う言葉しか使ってないじゃないか!そもそも、根本的な解決になってないし!」

「ああ、もうわからないんですか!昇さんのバカ、バカ、ばか~!」

「はあ…もうなんなんだよ。」


何か、疲れてきた。


しかし、一向に汗は流れてこない。

なのに、俺は顔をぬぐっていた。


「…?」

「どうした?」

「いえ…やはり、悩んでおらっしゃるご様子で…。」

「見ればわかるだろう…。汗が流せないんだって…。他にも、何かしらかけている気はするけど…。」

「あっ、はい。ちなみに、消化器官系はすべて手が加えられていますよ。そのため、小腸、大腸、肝臓、腎臓などの機能もありません。代わり…といいますか、今現在、昇さんの身体には鯨(くじら)の油を主成分に他、不凍性の流体が血液のようなものとして体内を循環して筋肉の制御なども行っています。他には、境界性の現象を利用したエネルギーシステムを使って食事をした際のエネルギーを変換したりもしています。」

「…。」

「昇さん?」

「…桜。」

「はい、何でしょうか?」

「まったくもって、何を言っているのかよくわからないよ!」

「ええ、…あはは。」

「笑って、誤魔化さない!」

「うふふ…。」

「笑い方を変えても、ダメだぞ。」

「ふぅ…そうですね。それについてもお話いたします。そして、今後のことも…。」


司令室

「それでは、攻撃をご決断されると?」

「ああ。」


部屋には、山本と彼の副官が部屋にいた。

山本は、ボナパルトからの作戦計画に目を一通り見終えると、部屋の窓に目を向けコーヒーを口にしていた。


「それでは、いよいよっと、言ったところですかね?」

「ああ、ようやく本腰で対応ができるといったところだ。」

「最近は、議会でも揉めていましたからね。実際のところ、行方不明になっている船もありますものね。」

「しかし、そのおかげで、特定できたということだ。…まったくもって恥ずかしい話だ。」

「…はい。それを踏まえてのご決断なのでしょうかね?」

「さあ、それはわからない。」

「…そうですか。」

「ああ、いくら私でもわからないことはある。」

「それでは、すぐに手配を…。」

「ああ、頼んだ。」

「はい、それでは…。」


そう言い終わるよりも早く、山本の副官は部屋を後にした。


「随分とあわてていましたね。」

「それに比べて、君はどうなんだ?」

「私は、ただスケジュール管理にいそしむ日々ですよ?」

「そうだな。」

「ええ、す~ぐ出入り禁止になるまで稼いで戻って来る人とは違いますからね。」

「…いやな皮肉だな。」

「延べ棒くらいください。」

「そうだな、ちょうどよく金で包まれた鉛があるんだけど…。」

「入りません…はあ…もう疲れました。」

「そうか、たまには帰ったらどうだ?」

「いいんですか?」

「ああ…それに、しばらくここには帰らないからね。」

「では…。」

「ああ、私もそろそろ海に戻らなければならない。」

「…わかりました。それと、ピョートル氏から電報です。」

「…ピョートルからか…内容は?」

「はい、入間基地全隊員、他民間人に対する施術が完了した。」

「…なるほどな。」

「ところで、入間基地とは?

「ああ、現在建設中の基地だ。規模的には日露仏最大規模となる。」

「はあ…しかし、文としては何やら他のことをしているのでは?」

「それは、機密だからいくら君とは言え言えない。」

「…わかりました。」

「ああ、それでいい。さて、何をするか…。」

「あの…長官?」

「なんだ、もう一通ほど電報が入っております。」

「…わかった。読んでくれ。」

「はい…長篠昇を上陸部隊に組み入れる…との、ご連絡です。」

「…ちょっと、見せてくれ!」


山本は、彼女から電報を貰い改めて目を通した。

電報には、ナガシノノボル、ホンサクセンニテ、テキチジョウリクトス、ホヘイブタイトトモニコウドウセシ…っと、書いてあった。


「…あの、これはどういった内容ですか?」

「…はあ…本来は文書の方が好ましくはあるのだがな。」

「?」

「まあ、心配するな。」


…確か報告では彼はまだ、15~6歳くらいだったはず。

問題は、そこではない。

なぜ、入間基地にいる他の隊員や、大人ではなく彼を表に出させるのだろうか…。

しかも、一番最初にだ。


山本は再び作戦計画書に目を落とした。

そこには、膨大な数の物資や兵員について記載されていた。

昇は、その中の一つに過ぎなかった。

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