第33話 平凡な日常から、さようなら!

「はあ、今日も色々あったな。」


昇(のぼる)は、ベッドの上に仰向けに寝そべっていた。

不思議と前まで、気にならなかったベッドの匂いが気になった。

ちょっと、身体が重かった。


「そういえば、桜が何か言いたげだったな。まあ、明日も会えるから今日はいいか…。寝よう。」


そうして、息を大きく吸い、昇(のぼる)は眠った。

また、朝日が昇り、今日が始まった。

彼は、同じ服に着替えて、食事をした後、桔梗(ききょう)桜の元へ向かう。

変な視線を感じながら、長篠(ながしの)昇は、ただ基地を進んだ。

あいかわらず…そこまでの道のりは代り映えのしないものだった。


「おはよう、桜。」

「おはようございます、昇さん。」

「ああ、おはよう。」


毎日のように、同じ様な会話を繰り返していた。

でも、挨拶だから、普通の事なのではあるが、少し味気ないものだ。


「どうかされましたか?」

「別に、何も問題ないよ?」

「…そうでしょうか?」

「大丈夫、変わりはないよ。」

「…そうですねえ、見た感じ特に問題はなさそうですね。術後の経過としては、丸ですね。」

「バツがないだけマシか…。」

「そうですね。…それじゃあ、遅くなりましたが昇さんにプレゼントです!」


そういうと、桜は肩に下げていたバッグの中から小さな小包を取り出した。

俺は、それを手に取り、箱を開けるとそこには、銀色に輝く時計が入っていた。

デジタル式ではなく、針と文字盤だけで他の機能がないただ、時間を刻むだけの時計だった。

装飾は、施されておらず、中の歯車も見えない。

特段、量販店で売られているものと同じ様な物に思えるくらい、えらく飾り気のないものだった。


「…時計か。」

「はい、ピョートルさんが昇さんの身体と共に保管していたので渡せなかったです。」

「そっか…ありがとう、桜。」

「いえいえ…そんなに良いものでは。」

「いや、素直に嬉しい。…今は、9時か…腕時計を付けるのは久しぶりかな。この世界の時間に合わせてないまま、置きっぱなしにしていたし…。」

「…前の時計ですか?」

「ああ、高校入学の時に買って貰ったデジタル式の時計なんだ。」

「…そうですか?電波式ですか?」

「ああ、そうなんだ。…今も、動いてはいるけど…。」

「そうですか…。」

「うん、良ければあげるよ。」

「えっ…いいんですか?」

「ああ、いつまでもずれたままなのは、使いづらいし、それに、衛星や基地局もなさそうだからね。ついでに、スマートフォンも渡しておくよ。…どこにも繋がらないし…。」

「…本当に、いいんですか?」

「ああ、桜になら任せておけそうだから…それじゃあ、使えるようになったら、返してもらえればそれでいいかな、パスワードだって、わからないだろうし。」

「はい、では、預からせて頂きますね。」

「ああ、頼んだ。」

「さて、そろそろ今日の予定について、話してもよろしいでしょうか?」

「ああ、ごめん。」


いつもこんな風になる。

たいてい俺が話過ぎて、時間は過ぎていくのだ。

もっとも、最初は桜の方から話を振られることが多かった。

でも、今は違う。

別に、この変化が悪いことではない…。

かといって、良いわけでもないだろう。

おそらく、俺は桜との会話をどこか依り代にしている。

依存…ともいえるかもしれない。

ただ、自分の寂しさを隠すためか、不満の捌け口として、彼女を利用しているだけなのか、はたまた別の要因か。

わからなくなっていた。

心待ちにして、いるのは確かだろう。

けど、それだけではないような気もした。


桜は、どこか悲しそうにも、つらそうにも見えた。

しかし、それは一瞬、現れただけで消えていった。

俺は、その瞬間を空気として、捉えてはいたが、俺が口を開けるよりも早く、桜は話し始めた。

俺は、開きそうになった口をギュッと閉めた。

少し、変な顔になってしまったのかもしれない。

けれど、桜は何事もなかったかのように話をしていた。

これまでの経験から思うに、本当に見られてはいなかったのだろう。

そう思った。


「今日は、ですねえ…。」

「!」

「少しお待ちを…。」


桜は、スカートのポケットからスケジュール帳を取り出し、目を落とした。

俺が覗こうとすると、視線に気が付いたのかスケジュール帳を縦に構えた。


「…ありました。」


ほどなくして、ページが見つかった。


「はい、今日の昇さんのご予定は、まず、部屋の片付けと身辺整理をしてください、午後から他の訓練兵とともに当基地を出発して、下関にある連合陸軍基地に向かってください。そこまでの経路は、既に確保されていますので後で配布される資料に記載されている物に従ってください。下関の連合基地には、ジャンヌ、カチューシャ、ボナパルト様も昇さんより早くに到着する予定となっております。…以上です。」

「…下関(しものせき)?」

「はい、昇さんの世界にもあるはずでは?」

「山口県、下関市が?」

「いえ…性格には、日本領山口州下関です。」

「…そんな所が…いや、確か地図にもそれっぽい形があったような気がしなくてはないけど…。」

「あります、あるんですよ!はぁ~…。」


桜が珍しく、ため息をついた。


「日本領か…今、俺がいるのは?」

「フランス領ですよ。」

「…遠いな。」

「はい、鉄道と船で数日間、旅をお楽しみにください。」

「…まあ、楽しめそうだけどね。」

「ええ、保証はしませんがね。」

「…なんだ、そりゃあ。」

「ふふっ、私は行けませんのでどうか、お気を付けて…。」

「…行けないの?」

「ええ、そう言う指令になっていますので…お別れです。また、会いましょうね。」


先ほど、感じた空気はこれのことだったのかもしれない。


「そっか…。」


残念だと思ったが、仕方がないのだろう。

あのピョートルや、山本、ボナパルトさん達のことだ。

きっと、何か企んでいるに違いない。


「それじゃあ、桜、また、どこかで!」

「はい!」


俺は、桜に握手をして、自室へと向かった。

桜が言った事が、俺のするべきことだったからだ。


「さて、身辺整理か…縁起でもないかな。」


特に、荷物に重さが増したということはない。

持ってきた食べ物や水はもうなくなったし、あるのは洗濯された私服だけだ。

他には、パンフレットや、バッグの中に入れっぱなしのティッシュや、小型の懐中電灯だけだったので、要らない物は捨てることにした。

スマートフォンと、時計は桜にあげることになってあるので、とりあえず机の上に置いた。


「さて、それじゃあ、掃除をしますか。」


度々、掃除はしていたが、窓枠や、隙間などの掃除はしていなかった為、重点的に掃除した。

シーツと、布団、カーテンを選択に出し、くまなく掃除をした。

たまに、カチューシャとジャンヌが来ては、掃除道具を置いていき、洗濯物を回収しに来た。

最後に、服をタンスから出し、郵送するものと廃棄する物に分けた。

まあ、ほとんどカチューシャによって、仕訳けられたのだが…。

掃除が終わる頃、桜がやって来た。

俺は、桜にスマートフォンと腕時計を渡した。

俺は、わずかながらの荷物を持ち、自室だった部屋を後にした。


そして、俺は、一度桜の元に行こうとしたが、ジャンヌに引き留められ、紙の資料を渡された。

そして、俺は腕時計で時間を確認し、他の訓練兵と同じ集合場所へ向かった。

そこには、多くの訓練兵がいた。

しかし、ロシアやフランスに似た顔立ちの人がやはり多かった。

しばらくして、ピョートルによる演説が始まった。


「我が軍に集まりし者どもよ、否、この場を持って君らは兵となった。

短くはあれど、訓練を終えた、君たちは、実務を待つばかりである。

ここにたどり着けなかった者もいる、ここに集まれなかなった友もいる。

さらには、死してしまった彼らもいる。

されど、彼等は君達と共に歩んできた。

その時を忘れてはならない、彼等の死を悼むことと、彼等の死を無駄にすることは意味が違う。

否、彼等は訓練兵で終えたのではない、兵士として今もこの場にいるのだ。

誇り高き彼等と我等は、今、兵士として生きている。

彼等と我等を運命は決して切り裂いたのではない。

運命を感じているのならば、変えていかなければならないのだ。

そして、それは今度も続いていく…。

未来を失った彼等をこれからも増やしていっては行けない。

我等は、彼等を最後の者として、未来を手に入れるのだ!

そう、隣にいる友と笑いあうために!

一緒に笑いあう事が出来なくなった友と、いつか再び笑いあう為に!

我等は、戦い続ける。

そう、未来ある限り!

総員、彼等に向かい、敬礼っ!」


皆と同じ様に敬礼をした。

きっと、誰かが訓練中に死んでしまったのだろう。

俺には、顔も一緒に過ごした時間も無かったが、敬礼をした。

彼等と未来を約束する為に…。


その後、駅までの道のりを歩いて行った。

他の訓練兵には、小銃や、軍刀、拳銃が渡されているのに対して、俺はバッグだけを抱えていた。

道行く人はどこか上機嫌に激励の言葉を投げかけていた。

ある者は、恋人や家族と抱擁を交わし、また、ある者は接吻をし、ある者は恋人を担ぎ上げていた。

その姿を、見ていた俺であったが、嬉しそうな顔をしている彼らを避けるように進んでいたところ、少女から花束を手渡された。

俺は、彼女に「ありがとう。」っと、言うと彼女は母親のもとに走り、また、俺のような家族の居なさそうな兵士の元に駆け寄っては花束を渡していた。

そして、駅の前に着くとそこには、音楽隊がいて、ダンスを踊り始めた。

不運にも、俺はダンスに誘われてしまい、これまた、変な動きをしてしまった。

俺を誘った女性も笑いながら、俺のダンスに似た何か見ていた。

舞踏会のようなダンスでなくて、良かったと思った。


その後、俺は列車に乗り込み、その街を後にした。

窓の外には、大勢の人が手を振っていた。


「平凡な日常から、さようなら…。」


そう誰かが、つぶやいた。

こんな日常があってたまるかと、俺は少し笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る