第31話 心と体は共にあるべき?
「…んっ。」
目を開けてもただ、天井があるだけだ。
それも、見知った天井ではなくてここ最近見かける天井だ。
…何を言っているのか?
いや、まあ…最近見慣れてきた天井ではあるのだが…。
「…起きないと。」
相変わらず、何故か目が覚めるものだ。
昨日は、よく眠れなかったのに…というか、何時位に寝たっけ?
たぶん、今日だとは思うのだが…。
「やっぱり、幽霊…って、ことなのかな?」
何故だろう、自然とそのことを受け入れられる。
そんな気がした。
でも、たぶん、気のせいで終わるのだろう…。
今日は、それだけでは終わらなかったのだが…。
「おはよう、桜。」
「おはようございます。昇(のぼる)さん。今日の調子はどうですか?」
「ああ、大丈夫だ。」
「…そうですか。なら、良かったです。」
「うん。」
いつものように着替えをして、桜の元に向かった。
いつもように俺は…桜に声を掛けた。
彼女もいつもように俺に声を返す。
でも、なぜか決まって「おはようございます、昇さん。」から、会話は始まる。
距離感自体は変わっていないのかもしれない。
「さて、今日はですね…昇さん?」
「んっ、ああ、大丈夫だ。」
「…昨日のことですか?」
「ああ、そうなんだ。」
昨日の話、つまり、俺や刑部(おさかべ)さんはこの世界での身体が無かった。
そして、刑部さんはこの世界で身体を手に入れていた。
彼の話によると、入間基地の他の人たちも身体を手に入れたようだ。
俺の身体は、ストックが無かった。
…って、ことだった。
「なあ、桜?」
「はい、何でしょうか?」
「…桜、正直に答えてくれ!」
「えっ?」
(…えっ、まさか…告白?いや、まさか…えっ?えっ?)
俺の声に素っ頓狂な声で桜は答えた。
そんなに、おどかれるような聞き方だったのだろうか?
「…少しお待ちを!心の準備が!」
「いや、そんなに大層なことではないのだが?」
「…しかし、ですね。」
「…いや、あのさあ…。」
「う~。」
「俺が幽霊っていつからわかってた?」
「!」
やっぱり…答えにくかったのかな?
俺が、桜にそう聞くと今度は、顔をこわばらせた。
(…あはは、そうですよね。何を考えていたんですかね?)
顔が引きつっているのを桜は感じていた。
そもそも何でそんなことを考えてしまったのか…恥ずかしいばかりです。
というか、私と昇さんはそんな間柄では無かったですね。
はあ…何というか予想通りの質問でしたね。
私としたことが不甲斐ない。
これも年頃の男性をよく知らないからでしょうか?
まあ、大抵年上男性しか相手にしていませんものね。
今度からは…そっか…もう会えなくなりますね?
「桜?」
「すいません。」
「いや…言いたくないのならそれでいいんだけど。」
「…そうですか。」
「ああ。」
「はい、ではちゃんとお答えいたします。」
「えっ?いいの?」
「はい、隠したところで何もありませんしね。」
「それじゃあ、話してくれる?」
「はい。…実は最初からわかっていました。というのも、ここに来る皆様は身体を持っていませんでした。」
「…って、ことは前に誰かここに?」
「…はい、ですが名前の方は教えられません。」
「…なんで?」
「個人情報…です。今は、それだけです。」
「ああ。」
「それじゃあ、身体があると何ができるの?」
「はい、この世界の人々に触れる事ができます。」
「…それだけ?」
「あっ、いえ…他には体の感覚などの機能もあります。」
「…感覚くらいなら、今と同じ様な気が…。」
「そうとは言えません、昇さんの身体は…いえ、あなたが感じている感覚は疑似的な物…昨日も言いましたよね?脳の補完作用と。」
「そうだけど、でも、疑似的ではあるけど感覚はある…。」っと俺が言葉を言い終わるより先に桜は、言い返した。
「そうではありません!」
「…。」
「いいですか昇さん!脳の補完作用があるということは、まだ、あなたの身体を認識しているってことなんですよ!」
「…身体の認識?」
「はい、身体の認識…つまり、あなたの身体があることを認識しているから疑似的な感覚が存在しているんですよ。でも、身体がない状態でいればいずれその感覚が崩れて、いずれ消えていきます。そして、その感覚を失った時、あなたは本当に幽霊になります。」
「…。」
「身体が元に戻った時、今度は不自然感覚に襲われて、結果として身体が動かなくなります。」
「…そんな。」
「はい、身体と心のバランスが乱れるのが原因です。」
「だから、身体を?」
「はい、そうです。」
「…ごめん、そんなこととは知らずに。」
「…はい、すいません…まだ説明していませんでした。…というよりも、皆様、身体をすぐに手にいれたのでその説明が後々になってしまいました。」
「…その説明を、俺は先に受けているんだな。」
「はい…そうです。」
「…本当に、最初からわかっていたんだね。」
「…はい。」
「そっか…。」
確かに、前例があるならそれでいいだけだ。
そして、身体の意味もわかった。
そう考えると、急に体の力が抜けていくような感じがした。
「…あの?」
「ん?」
「昇さん、今日の予定なんですけど?」
「ああ、そうだった。それを聞きに来たんだった。」
桜との話で、すっかり忘れていた。
そうだな、いつものように桜に今日の予定を聞いてから行動するんだったな。
「はい、今日は昇さんには身体を付けて頂きます。」
「…もう着いたの?」
「はい、一番最初の便で来ました。」
「もう手配済みでしたけどね。」
「ピョートルさんか…。」
「ええ、あの人です。」
「にしても、身体を付けるって?」
「はい、専門の人にお願いしていますので、ご安心ください。」
「そっか…なら、いいんだ。」
「はい、それでは、今日は医務室に向かってください。ジャンヌがいるはずです、私はこれからちょっと机仕事がありますので、先に行っててください。」
「ああ、わかった。それじゃあ、また。」
「はい。」
そう言って昇は、桜の元を後にした。
「お待たせ、ジャンヌ。」
「遅いですよ!」
「…すいません。」
医務室に着くと、中に案内された俺は、医務室に隣接する手術室へと足を踏み入れた。
ジャンヌとディアーナ・クルニコワという女性医師、コデルロス・モニオットという男性医師が手術室の中にいた。
おそらく、今日使うものだろうか、真空パックのようなものに人の臓器のような物や管が入っていた。
そして、洗浄用の液体の入った瓶も何本か規律正しく並べられていた。
「初めまして、君が長篠(ながしの)昇(のぼる)君だね?」
「はい、そうです。」
「そうか、なるほど。確かに体格的にも既存のものは使えなかった訳か。…ああ、すまない私はコデルロス・モニオットだ。よろしく。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
「それじゃあ、早速身体を付けるとしよう。ああ、そうそうこの医療器具なのだがかなり高度な物で、それに、人体によく似た形状になっている。」
「…そうなんですか。」
「ああ、そして、おそらく一か月近く身体が無かったからきっと、違和感を感じるはずだ。大抵は、すぐには馴染むものだがなんせ、ブランクが大きいからその時は…すまないが耐えてくれ。」
「…わかりました。」
「それじゃあ、少々気味が悪い作業なので君は、この目隠しをしてくれ。顎の装着後君には縄を咥えてもらうか。」
「はい、わかりました。」
「それじゃあ…ジャンヌさん。」
「はい、どうぞ昇さん。」
「ありがとう。」
俺は、ジャンヌから黒い目隠しを貰うと俺は、それを身につけた。
「それじゃあ、作業を始める。昇君、そこのベッドに横になってくれ。」
「はい。」
「それじゃあ、服を壊しながら作業を始めて行くから。」
「あっ、はい。ですが、なぜ服を?」
「正直なところ、私やクルニコワ君では君の体に触れらえないから服で干渉範囲を作ってそこに身体をはめ込むんだ。パズルのようにね。」
「やっぱり、触れないんですか?」
「ああ、でも、今日まではね。これからは好きなだけ、触れられるさ、君ぐらいの年頃の女の子にだってね。」
「モニオットさん?」
「すまない、クルニコワ君。それでは、始めていこう。それじゃあ、気を楽にして…。軽く眠るといい。」
「はい、そうします。」
そうして、俺の施術は始まった。
俺は、軽く眠った状態でいた。
「それじゃあ、まずは胴体から…炉心の状態は?」
「正常に作動しています。周辺装置も異常無し。」
「…。」
「眼球の方は?」
「はい、こちらです。」
「了解、珍しい目だな。」
「それはあなたが、いつも青い目を取り扱っているからですよ。」
「それもそうだな、導線の方は?」
「こちらです、了解…これでよし、動作はうまくいっているな。どうやら、彼は夢を見ているようだ。」
「そうですか。」
「…綺麗な顔ですね。」
「ああ、そうだな…あとは、これがちゃんと癒着してくれれば…。」
「ジャンヌちゃんも気になるの?」
「ええ、まあ…。」
「完成が楽しみね。」
「はい。」
「それにしても、何度見ても面白いなこれは…。」
「ええ、でも、もともと別の用途でしたけどね。」
「これを、応用してできたものもあるけど…やっぱり、私達には使えないかな。」
「いつかは、解決できると思うよ。」
「ええ、いつかね。」
そして、施術は無事に終わった。
「…。」
「もう大丈夫だよ、昇君。」
「…はい、目隠しは?」
「もう取りました。」
「そっか…鏡はある?」
「あっ、はい…ここに。」
俺は、ジャンヌから手渡された鏡を見た。
そこには、ちゃんと自分の顔が映し出されていた。
前の世界と丸っきり同じ顔がそこにはあった。
目を閉じれば、ちゃんと片方の目を閉じた俺が写っていた。
「ありがとう、ジャンヌ。」
「はい。」
俺は、ジャンヌに手鏡を返した。
「モニオットさんもありがとうございました。」
「ああ、お疲れ様。」
そして、俺は、モニオットさんと握手を交わした。
「…どうかしたかい?」
「…触れていますね。それに、温かい。」
「…そっか。」
「さて、それじゃあ、昇君。これから少しテストをするから。」
「あっ、はい。」
「それじゃあ、報告に行ってきます。また、あとでお会いしましょう、昇さん!」
「ああ、それじゃあ、またあとで。」
「はい。それでは、モニオットさん、ディアーナさんお願いします。」
「ああ、任せてくれ。」
「ええ、お願い。」
「それでは。」
そうして、ジャンヌは部屋を出ていった。
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