第12話 たとえそれが、不利だとしても。
昇(のぼる)が、再び会議場へと戻ったのは辺りが暗くなった頃だった。
おそらく、午後八時三十分くらいだろう。
しかし、基地の時計は未だにこの世界に同期されてはおらず、いつもと同じように時を刻んでいた。
クオーツなのだろう。
時計は、止まる事なく時刻み付けていた。
けれど、本来それは異質なことだ。
この世界ではない物が、この世界に時を、変化を残す。
何に干渉することもなく、ただあり続けていた。
そして、昇の持っていたスマートフォンもその例に漏れなかった。
正直に言うと、ただのカメラと時計でしか無かったのだ。
それも、この一日とは違う別の一日を歩み続ける証人でしか無かったのだ。
けれど、昇はそれを直そうとはしなかった。
それは、この入間基地にいる人々も同様だった。
きっと、ここは日本で…だから、という幻想を彼らは未だに抱いていた。
けど、そんな事は有り得ない。
しかし、そんな事を彼らはどう知り得ようものか?
「…また、後ろの席か。」
この前と同じ席に昇は腰掛ける。
そして、この前と同じように大人は前の方に集まり立っていた。
そこには、ジムも含まれていた。
位置に多少なりとも変化はあるものの役割自体は変わっておらず、当たり前のように小銃を持った男が立っていた。
そして、田中がやって来て何かを話してくる。
また、何か見つかったのか?
いや、そんな事は無い。
彼は交渉に出掛けたのだ。
きっと、良い話と悪い話を持って来ると、昇は楽観的に考えていた。
しかし、そんな事が起きる事は無かった。
「皆さま、お待たせいたしました。田中(たなか)昌隆(まさたか)です。今回の会談内容についてご報告させていただきます。」
「結局、どうなったんだ?」
「「それは、私達にとっても成果と言えるものなのか?」」
「いいかげん、こんな所から早く帰りたいのだが!」
「家族とも連絡が取れないんだ!」
例に漏れず、彼らの不満は溢れ出るばかりだ。
家族とは、あまり仲が良くないというかそんなに実感がわかなかった。
寂しいとも、早く会いたいとも思ってはいないからだろう。
「ええ、それにつきましては今からご説明いたしましょう。
まず、彼らが望んでいることは私たちの技術…要するにこの基地そのものを彼らは欲しがっています。」
「なっ…。」
「それじゃあ、武力侵攻とほとんど同意…要するに降伏と同じじゃないか!」
「なんだよ…結局、ダメだったんじゃないか!」
「ここには、日本人だけじゃないんだ!彼らもどうなるんだ!」
辺りに、悲鳴と失望の声が波打つようにこだましていった。
「…。」
昇は、ただ話を聞くしか無かった。
「…無理もありません。しかし、私たちは今…この世界は…私たちの居た世界ではありません。何もかもが違う、幽霊だって存在する。魔法だって存在する。それすら、現実になり得ている世界。そして、その中でもまだ私たちと同じような文明を持つ人類が存在している。要するに私たちは、幻想の世界へと連れ込まれた。ましてや、ここは黄泉の国なのかと思いもしました。私がおかしなことを口走っているとお思いですが、それは仕方のないことです。私も信じていません。しかし、私はそれを確かめることができる、そして、一人も死なせない選択を出来たと信じています。それでは交渉の内容について、今から陳述して行きます。どうか心を乱さぬように平静を保ってください。まず、最初に先日の戦闘ですが、あれはアメリカ軍の戦闘機…いや、偵察機との戦闘でした。しかし、私たちの知っているましてや、条約を締結しているアメリカ軍ではありませんでした。そして、そのアメリカ軍に対し日本、フランス、ロシアの三国が共同体となり、戦闘を繰り広げています。そして、今回の交渉
相手はフランスでした。私達は、今後この三国と合流し共に行動を共にすることを決定いたしました。以後、この基地の指揮権はフランスに委任。私たちは、日仏露の保護の下国民として生活していくとこを私たちの持つ技術と引き換えに授与することができました。そして、その技術は当基地の物だけでなく、皆さまの所有する車輌および電子機器も含まれております。どうかご協力ください。
そう言い終わると田中は頭を深々と下げた。」
「…。」
「それって…。」
「指揮権の放棄。」
「アメリカ軍が!」
「しかし、フランスとロシアが手を組むとは…。」
「いや、待て!そもそも、アメリカがいるなら私たちは助かるんじゃないのか!前だってそうだったし…それにフランスやロシアじゃなくても日本があるなら!」
「そうだ!確かに「「日本政府」」が存在していれば!」
ふぅ~っと、田中は息を吐いた。
「確かに「「日本政府」」があれば…何とかなるかも知れません。しかし、「「日本政府」」なんかありません。なんせ、私たちの知っている…いや、歴史上存在していたというべきかもしくははじめて見る国でしかありません。」
「それは、どういうことなんだ?」
「この世界の日本には天皇がいません。そして、皇居も存在しません。共和制で大統領と首相が治めている法治国家です。」
「…それじゃあ…まさか、殺されたって言うのか?」
「いいえ、そうではありません。最初から居ません。治めていのは他の人です。」
「わけがわからない…どういう事なのか説明してくれ!」
「…ここが「「日本」」ではなく、私たちとは違う世界…平行世界…もしくは何らかの人工的な産物…それか、幻覚なのでしょうね。…私は、もうわかりません。だから、調べに行きましょう。この世界が何なのか…全てが幻なのかを…。それを、確かめることができる片道切符を手に入れられることができました。」
「噓だ!…そんな事を信じられるか!例え、「「勝てなくも一人を生かすこと」」の方が得策だろう!あんたらだって、俺らだって死にたくない!ましてや、こんな訳の分からないところで死ぬのはごめんだ!」
「そうだ、せめて…。」
「ああ、この中の一人でも生きて伝えてくれれば…。」
「「家族に…手紙くらいは!」」
「待っていてくれているんだ!…まだ、言い足りない事もあるんだ!」
…田中はただ、それを聞いていた。
いくらフラッシュをたかれようとも、言葉をぶつけられようともその場に、堂々と前を向いていた。
この前、自分と話していたおじさんではなく、一塊の自衛官として彼はその場に居た。
昇は、そんな彼を信じようと改めて思った。
フラッシュは、人の感情のようにとどまらないであろうとも…昇は、彼の姿をただ見ていた。
いくつもの光の中、彼はまた口を開いた。
「これが…私たちにとっての最良の選択なんです。私も…死ぬことは怖いだが、何も出来なくて死ぬことの方がもっと嫌なんですよ。ここにいるのは、覚悟を決めた自衛官だけじゃない。そして、私たち自衛官も…自衛官ですら無くなってしまった。しかし、国民は居る。海外からの国民も居る。国は無いのかもしれないけれど…せめて、兵士では居られるはずです。フランスはすぐにでも、この基地を破壊出来ます。そして、残念ながら私たちの兵器ではあなた方を守ることも逃がす事もできません。…どうか彼らの指示に従い…生きてください。」
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