第13話 人生に一度は輸送機を!

現地時間 午前九時


「…まさか、C-1に乗ることになるとは思いもしなかったな。」

昇(のぼる)は、荷物を片手に持って滑走路を他の人達と歩いていた。

こんなチャンスは、めったにはないだろう。

しかし、そんないいものでは無かった。

あの会議の後、俺達は一度部屋に戻った。

そして、再度の召集。

その会議で、言い渡されたのは移動だった。

行く場所は、フランスの首都「「パリ」」。

そこで、手続きをしなければならないようだった。

移動するのは、俺と報道関係者全員、他には田中(たなか)昌隆(まさたか)らのみだった。

後の自衛官は、入間基地にとどまりフランス、ロシア、日本の派遣部隊と合流。

正式に日仏露の連合基地として運営されるようだ。

そのために、騒音などが発生するため一時的に基地を出てほしいと申し出があった。

基地の増設工事を行いたいという理由で。

つまりは、俺たちは基地から追い出されたということだ。

手荷物は、服とこの基地に来た時の持ち物だけ。

すでに、水や食べるものは無い。

会議の時の話にあったように、自動車は押収。

返還されることは…無いような気がする。

スマートフォンは…まだ、手に持っていてもいいようだ。

というか、もはやデッドウエイトだった。


そして、俺は狭い機内に入りイスに座った。

あまり座り心地は良くなかったが、今はそんなことはどうでもよかった。

ただ薄暗い機内に、人の顔が写っていた。

自分ではなく、向かい側に座っている人の顔だ。

その顔は、見覚えのある顔だった。

確かフリーライターの佐戸川(さとがわ)紀里(きり)だった。

年齢は、24歳だという。

やたら、私、若いんですアピールの多い人だった。

何というか、大学生のノリをまだ、取れていない印象だったが、ほかの人達に比べて気軽さがあり、年上というよりも幼馴染のお姉さんだった。

あいにく、俺には幼馴染が居なかったが。

気さくな人だった。

とはいえ、やはり、顔から血の気が引いている。

まあ、飛行機に乗ったとか関係なく自衛隊機乗ることなんて人生で一回くらいはだろう。

それこそ、ゼロに近い一ではあるが。

そして、扉が閉まり離陸を開始する。

機長の挨拶もなく、不気味に期待が加速し上昇する。

窓を見ると、青白い空があった。

そして、俺はフランスのパリへと向かった。


現地時間 午前五時 入間基地管制塔


「今日の天候は?」

「大丈夫そうです。特に問題のありそうなことは発生していません。昨日と同じ気圧配置です。」

「了解、それじゃあ機体の方がどうなのか聞いてきてくれ。」

「わかりました。…あの、鳴海さん?」

「どうした?」

「本当に、C-1五機離陸させるんですよね?しかも、報道関係者も乗せて?」

「そうだ、何か問題でも?」

「いいえ、説明にもあったように首都周辺にある防衛基地に大型の舗装された滑走路があることはわかりましたが…。」

「信用できないのか?」

「はい。」

「…確かにそうではあるが、相手の滑走路のコンディションなんて確かめたことがあったか?」

「いいえ。」

「なら、あとはパイロットに託すしかない。」

「…わかりました。」


そうして、佐野(さの)浩二(こうじ)は、鳴海に背中を向け足早に部屋を降りて行った。

「…滑走路が足りるか。確かにそれは気になるところではあるな。」


現地時間 午前十時 一番機

「管制室、離陸の許可を。」

「離陸を許可する。」

鳴海との、短いやり取り。

昨日、急に決まった飛行計画。

よくわからない着陸先、ルート、滑走路。

そんな詳細がよくわからない状況の中で飛行をしなければならない。

あるのは不安だが、計器だけの飛行ではなく。

隣にも副操縦士は居るのは、山西(やまにし)勝雄(かつお)。

何度も共に操縦したことのある仲間で、自分と同じベテランだった。

自分でも言うのはなんだが、自負はある。

そして、本当のところはまた飛行機に乗れて嬉しかった。

何故かと言うならもう歳で、老眼も進んできた。

こうして航空機に乗れるのも…もう長くはない。

そのため、いきなりの大役でしかも、一番機だったが怖くなかった。

そして、機体を滑走路に向かわせ離陸を開始した。

何度も…いつもと同じように機体を加速させる。

そして、機体を飛びだたせた。

ただ、空にはストライプが引かれていた。


パリへと向かう輸送機は五機。

パリへの航路は三日。途中で、他の基地に着陸、給油を終えてまた空に飛び立つ。

それまでの間、入間基地は田中の手を離れ、残存する部隊により引き渡しまでの間管理、運営される。


現地時間 午後二時 三番機内

「…遠いな。」

「そうですね、司令。」

「ああ、遠すぎる。」

「はい。」

「さて、どうやらこのフライト自体は問題なく進行している。燃料が切れて墜落することもなさそうだ。なんせ、全ての機体に燃料を満載した上でのフライトだからね。」

「…それはいささか楽観的では?」

「そう考えてもなんら不思議はないな。和元君。ああ、確かに私達はこの世界の何処にフランスのパリがあるのかもわからない。ましてや、交渉した彼らの動向も不明、そして、交戦した国の動向も不明。…こんな事になるとはね。」

「今さら、弱気ですか?司令?今なら、私があなたの権利を全て剝奪して私が入間基地を運営しますよ。」

「…ははっ、そいつは面白い。まさか、秘書に裏切られてなおかつ私の仕事まで取ろうとするとは、自衛隊史上こんな滑稽なことはないだろう。

「ええ、そうでしょうね。」

「ああ、そうだな。」


辺りを見渡しても見えるのは金属と人。

ただ薄暗い中を時折、機長の声が行き来する。

そして、田中は自分と同じ様に他の機体に乗っている人達の事をただ考えていた。

フランス側から渡された飛行計画に基づき機体は動いているが、搭乗員割りはこちらの判断で決められた。

そのため、もしフランスまたは武装集団による本機またはその随伴機の搭乗員に生命の危機が及ぶ際攻撃へと移行することを決めていた。

この事は、民間人には伝えておらずあくまでもパイロットと、護衛、空挺部隊にしか伝えられていない。

そして、もう一つ民間人も含む搭乗員全員は、乗り込む機体を休憩後に入れ替える事にしていた。

あくまでも、保険と言ったところだろう。

一人でも多くが生き残ることができればという、祈りのような対応だった。

しかし、実のところ機体の周りにはフランス軍の機体はいなかった。

理由として、思いつくのはただ単に手が足りないだけか、航空機不足、もしくは私たちが護衛を回すのにも値しないか、自国の空だから安全であるという証明をしているのだろう。

確かに、機長からは滑走路の状況や天候についても連絡されていると聞かされた。

だとすれば、偵察機は何故現れたのだろうか?

もしくは誘導されたのか?


「…奇妙な空…か。」


フランスは、私たちに希望と現実を届けに来たのかもしれないと田中は感じた。

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