第9話 記者に距離は関係ない
中間(なかま)美空(みく)と会話を終えた昇(のぼる)は会議室に戻った。
先ほどよりも静かではあるものの話し声が途絶えることは無かった。
そして、あとどのくらいこの部屋に居ればいいのだろうか?
そんな疑問を昇は抱いていた。
入間基地航空管制室
「…了解しました。隊長、前線部隊から通信です。コンタクト成功とのことです。」
「わかった、今から周波数を伝える。…これで…よしっと。頼む!」
「はい…。」
「通信に成功したか…しかし、何で陸上の通信までこちらで請け負わなければならないんだ…。」
「電力が足りないんですよ。でも、人数はいますよ。」
「わかっているよ。それより、さっきの通信は…。」
「…はい、わかりました。隊長、基地の通信機器と正常に繋がったそうです。」
「了解…あとはあっちに任せるか…。」
入間基地内通信施設
「「こちら航空自衛隊入間基地、繰り返すこちらは航空自衛隊入間基地どうぞ!」」
「「感度良好…初めましてというべきかね?」」
「「…あなた方は、何者なんですか?」」
「「それはすぐにわかるさ、私達もあなた方との対談を望んでいる。」」
「「繰り返す、あなた方は何者なんですか?」」
「「そうだな…フランスの革命児とでも言うか…まあいい、今対談に向けての準備をしている。交渉に応じるのであればその間私達は攻撃をしない。」」
「「…了解。」」
「「通信回線は、この周波数に合わせて置いてくれ。」」
「「了解した。」」
「「それでは、待っているよ。ようこそこの世界へ。」」
(…何なんだよ…完全に手玉に取られている。)
入間基地執務室
「田中司令。」
「なんだ?」
「…コンタクトに成功いたしました。」
「そうか…向こうはどのように?」
「会話に応じてくれるようですが…いかがなさいますか?」
「あんな大口を叩いたのに、この部屋で待っているのもどうかとは思うよ…。」
「では…やはり行くのですか?」
「仕方あるまい…その間の指揮は君に任せるよ、三宅(みたけ)秀夫(ひでお)一等空尉。」
「…司令、仮に交渉が成立したとしても…いえ、第一彼らは信用にたる…いや、何も私たちは彼らのことを知らないんですよ!」
「…そんなことは、百も承知だ。」
田中は、三宅を宥めるようにそう話した。
「…もし私が帰って来なかったらその時は、民間人を乗せてどこかへ飛んでくれ。空に敵がいるとしてもここで死ぬことは無い。」
「…わかりました。良い知らせを期待しています。」
「ああ、きっとだ。」
「さて、行くとするか。」
「司令…通信が届きました。会議の場所は向こうで用意すると…。」
「了解した。」
「…護衛の兵士も同行します。私もですが…。」
「和元くん?」
「はい、なんでしょう司令?」
「ここに兵士はいないんだ。居るのは自衛官だけだ。」
「…はい、そうですね。」
「ああ、それじゃあ行こうか。」
田中昌隆は、そうして執務室を後にした。
入間基地会議室
「ちょっと、いいかい?」
「はい…。」
会議室で暇を持て余していたところ後ろから声をかけられた。
後ろを振り向くとそこには大柄の白人男性が立っていた。
腕部には赤い腕章を付けていて、見たところ何も変わりはなかった。
さして言うなら、肩さげカバンを背負っている事くらいしか特徴のない金髪の男だった。
歳は、良く分からないが左手の薬指に指輪があるからそれ相応の歳だとは思った。
「いや、別に変に身構える必要はないさ。…まあ、君と同じ年頃の子はここには居ないからねえ…無理もないか。ああ、自己紹介が遅れたね私は英国(イギリス)からの特派員のジム・ホワイトだ。よろしく。君の名前は?」
「長篠(ながしの)昇です。」
「そうか、よろしくノボル君。さて、何から言えばいいかな…君はここにどうして来たんだい?」
(…また、同じ質問か…まあ、いいか。時間を潰すにはちょうどいいかもしれないしな。)っと、昇は思った。
なぜか久しぶりに人と話せたような気がする。
おそらく、彼が持つ雰囲気だろう。
話しやすいというよりは他の人達よりも気軽さはあった。
「はい、友達と一緒に来ていたのですが…こんな事に。」
「そうか、やっぱり君も巻き込まれたのか。」
「そうなんですよ…ところで、その…ホワイトさんは何でここに来たんですか?」
「私は、ただ単に首相を追いかけていただけさ。」
「そうなんですか…お一人ですか?」
「いや、連れがいるよ。カメラマンで今は前の方で機材の確認をしているんじゃないのかな?…今は、見えないけれど。」
「そうですか…。」
「ところで、君はこの事態をどう思う?」
「はい?」
「ああ、いや素直に思っている事を言ってくれれば。別にインタビューとかそんな感じではなくてただの雑談だ。別に記事に書くとかそんなことはしないから。」
「そうですか…。」
急にそんな質問をされても…っと、昇は思った。
正直に言えば今もさっきも何が起きているのかまったくわからない。
なんせ、最初の食糧配布の際にお金を払おうとしたものだ。
それくらい自分が置かれている立場がどのような事になっているのかもわからない。
そのため、ホワイトの質問に対する答えが見つからないので昇はただ正直に感想を述べることにした。
「…そうですね。私は、その…まだ夢か映画の撮影かじゃ無いのかなって、思ってたりしてますよ。それかただ単にドッキリか…もしくはどこかの大学の試験とかそんなんじゃ無いのかって…。」
昇には、それが精一杯の答えだった。
今も誰かがここにやって来て実は演出でしたって感じに誰かが来るんじゃ無いのかと心のどこかでは期待している。
そう思うほど現実と空想が曖昧になって来てしまっていた。
「…そうか。」
ホワイトは、昇の回答にただうなづいた。
そして、また話し始めた。
「…おそらく、君はこの現実から目を引き離そうとしているだけだとは思うよ。
でも、それは仕方のないことだ。
こんな非日常的な体験しようと思っていてもできるようなものじゃないだろう。
私が外に出て見たらやはりここは日本の入間基地なんかじゃない。
植生がまったく違っているそれこそ、ヨーロッパ…いや、ドイツのような印象さえ受けてしまったよ。
本当に、ここがまだ日本だったらそれこそ辻褄が合わないんだ。
あの光が、核による光だったら?とか、他国の新兵器とかそんなことまで考えてしまっていた。
君と同じように夢なのかと思った。
しかし、朝を迎えてようやくわかったんだ。ここは、私が考えているような場所ではないって…もう帰れないんだって…そう思い初めてしまったよ。
今日も、家族には遅くなるって伝えて家を出たが気づけばこんな事になっていて電話はおろか手紙すら書いても家族のもとには届かない。
…最悪だ。ただ…私は、目を背けていたい…そうなんだよな。」
「…ホワイトさん。」
「ああ、すまない。少し感情的になってしまってね。」
そう言うと、ホワイト氏は天井の一点だけを見つめていた。
しかし、どこから溢れたのだろう涙は彼の本心を映し出して顔を撫でるように流れて行き肌へと還っていった。
昇は、その涙を見逃しはしなかったがそれについて触れることもしなかった。
「…君は…いや、もうやめておくよ。
おそらく、君も気づいているだろうから…。
いくら、誰かが大丈夫だと言っても私達の心はそこまで強くない。
ここにいる人達は、ただ自分がどうなっているのか考えたくないばかりに口を動かしている。そうでもしないと耐えられなくなるからだ。
…それこそ、人間の本能的な防御作用で今ここにも表れている。
私みたいに急に取り乱してしまったり、あそこにいる彼みたいにただ無気力だったり、ひたすら話し合うことで自我を保っていたり様々だ。
そして、私が君に話しかけたのもそのせいだとは思う。
ただ誰かに今の状況を確認したかった…そういうことだ。
ああ、その事で気分を悪くしないでくれ。ただ君を精神安定のために利用したというわけでは無いから。」
「はい、わかっています。…あなたと話せて良かったです。」
「…そう言ってもらえると助かるよ。ああ、とりあえず名刺を渡しておくよ。」
そう言うと、ホワイトは昇に名刺を差し出した。
名刺には、ホワイトの名前と電話番号が書かれていた。
それ以外、特に目立つところはない簡素なものだった。
「…今日の記念に…というよりは遺品になるかもしれないな。」
「…。」
「ははっ、今のはジョークさ。真に受けなくていい…やっぱり日本語はむずかしいな。私は、言いたいことをすぐに言える性質(たち)だが、君らはそうではない。まあ、君がもし世界を旅することになったらすぐにわかるさ。…私も君と同じ頃は自分の住んでいる国と近くの国にしか興味を持たなかったからね。それじゃあ、私はこれで…。」
「はい、また。」
「ああ、また会えるさノボル。」
そう言うと、ホワイトは昇のそばを離れて昇から離れた席に座った。
彼が席を離れる際立ち消えるような声で彼はこう言っていた。
「老いたな…私も…いや、あの頃の私には無かった大切なものが私にはできたんだな…。」
昇は、はっきりその言葉を耳にしていた。
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