第139話「戦後」
元々補給艦だったソヒアム以下四隻は、「竜母艦」と呼称されることになった。
とはいえ名は竜母艦だが、後に登場する〈竜母艦〉という艦型とは全く別だ。
〈竜母艦〉は最初から小竜を乗せることを想定して開発される艦型だ。
だから本当は〈改装補給艦〉と呼ぶべきなのだろうが、今後ソヒアムたちを補給艦として扱うことはない。
正式な竜母艦が登場するまではこの改装補給艦が小竜隊の母艦なのだから「竜母艦」の呼称が合っているといえる。
今日から巣箱改め、帝国第二艦隊所属の竜母艦だ。
母港、というよりまだ砂浜だが、これまで通りピスカータを拠点とする。
帝都には陸軍竜騎士団がいるので、竜母艦隊は帝国南方を守るのだ。
陛下と市民へ小竜隊を披露した翌日、艦隊はピスカータへと出発した。
リーベル王国との戦いは事実上終わっているが、三国同盟に加盟しているネイギアスに備えなければならなかった。
……あくまでも表面上は。
トライシオスによれば、イナンバークの準備にもう少し時間がかかりそうだという。
原因は海軍派だ。
とはいえ国王陛下もリーベル市民も陸軍派を支持している。
いまあの国に海軍派を擁護する勢力はいない。
近日中には終戦で纏まるだろう。
それまでの間、連邦と帝国は睨み合いを続けることになった。
事情を知らない者たちにとって、両国は敵同士なのだから。
ピスカータ沖の南、ネイギアス海北部、かつて〈集い〉が南航路と呼んだ海域を挟んで、両国海軍の平和な睨み合いは続いた……
その間にネイギアスは三国同盟から脱退してしまった。
先にフェイエルムが脱退してしまったし、敗れたリーベルと組んでいても仕方がない。
元々リーベル派元老以外気乗りしない同盟だったこともあり、評議会での脱退案可決は早かった。
…………
……フェイエルムが先に三国同盟から脱退した⁉
そう、彼の国とリーベルはもう盟友ではない。
まだ敵同士とまではいかないが、険悪な関係になってしまった。
遠征艦隊の勝手な約束のせいで両国に多少の揉め事はあったが、急遽手配した魔法艦隊が予定通り大陸北岸に到着。
待ち構えていた帝国の迎撃部隊を艦砲射撃で蹴散らした。
……征東軍が上陸に成功した頃、ウェンドアでは小竜隊が大水門に攻め寄せていた。
つまり、無敵艦隊はすでにアレータ海で消滅した後だ。
単独で敵地に取り残されているのだと知らず、征東軍は北岸から出発した。
まだ、東からの艦砲射撃と北からのモンスターの群れが同時に攻めれば、帝都を陥落させるのは容易いと信じて。
帝国は萎縮してしまったのか、一日目は上陸戦以外の戦闘がないまま進むことができた。
ところが二日目、征東軍に竜の大軍が飛来した。
帝国陸軍竜騎士団だ。
いくら待っても遠征艦隊が現れない……
そこで団長は正竜騎士とその騎竜を東岸に残し、準竜騎士たちを率いて征東軍討伐にやってきたのだった。
帝国で騎兵が発達したのは、ブレシア馬の性能を発揮しやすい広く平らな地形だったからだ。
南部には大森林や湿地があるが、帝国中部から北岸は背の低い草原が続く。
そのような平坦な地形では、飛来した竜から征東軍が身を隠すことができない……
ミスリル歩兵が頭上に大盾を整列させるが、大型竜の炎を防ぐことはできず、一緒にいた傭術兵団と輜重隊諸共、征東軍は全滅した。
竜騎士団はさらに北へ飛び、征東軍を北岸まで運んできた兵槽船団にも襲い掛かった。
驚いた船団は、上陸支援を終えて離脱したリーベル艦隊に救援要請を送ったのだが、艦隊は戻ってきてくれなかった……
結果、船団は旗艦以外全滅した。
そして、この救援要請がリーベルとフェイエルムの不和の元となった。
リーベル艦隊は上陸支援が終わってもすぐには去らず、新たな敵が現れないのを確認してから離脱した。
また、要請に使ったのは船団旗艦の長距離用伝声筒だった。
つまりそれほど遠くには行っておらず、要請は確実に伝わっていたはずなのだ。
実はリーベル艦隊に救援要請は届いていた。
しかし応じるわけにはいかなかった。
ウェンドアの海軍司令部から艦隊に厳命が下っていたのだ。
「帝国軍との戦闘を避け、大陸を離れよ」と。
とはいえ、友軍を即座に切り捨てて去ったわけではない。
司令部に救援要請の件を伝えた。
けれども「命令を厳守せよ」としか返ってこなかった……
海軍派は付く相手を変えたのだ。
研究所が強く望んで始まった遠征は、無敵艦隊の壊滅という海軍にとって最悪の結果に終わった。
もうこれ以上、フェイエルム軍を含めて研究所の都合に付き合っている場合ではないのだ。
しかしこれはリーベル側の事情だ。
フェイエルムは事情を知らないし、知っても納得しない。
どう言い訳しようと、兵槽船団はリーベルに見殺しにされたのだ。
船団旗艦がケイクロイに帰還し、征東軍全滅とリーベルの裏切りが報告された。
フェイエルム国王は怒り、リーベル大使に三国同盟からの脱退を告げた上で追放した。
かくしてフェイエルムは同盟から去り、リーベルは敗れた。
戦いたかった二国が抜けたのに、関わり合いになりたくなかったネイギアスが同盟に留まっているのもおかしい。
連邦評議会で同盟脱退が可決された日、対帝国三国同盟は終わったのだった。
***
三国同盟を脱退……というより解消させた後、ネイギアスは帝国とさっさと終戦してしまった。
国境で睨み合っている両国海軍の指揮官同士で調印を行ったのだが、帝国側の指揮官はザルハンスだった。
特に難しいこともなく一日で終わった。
これは、イナンバークたちへの援護射撃のようなものでもあった。
魔法艦は素早く動き回る竜に弱い、という弱点が露呈したのだ。
リーベルは、いままでのような魔法艦を頼みとした力尽くの外交はできない。
フェイエルムが去り、ネイギアスは帝国と和睦してしまった。
このままではリーベルが孤立してしまう。
孤立を避けるには陸軍派の主張に従った方が得策だ。
……という流れになるように。
策は図に当たり、リーベル側の準備は早急に整った。
レッシバルたちが帰国してから一ヶ月後、帝国とリーベルは終戦した。
調印式は中立に戻ったロミンガンで行われた。
帝国側の大使はシグだったが、リーベル側の大使は見慣れない男性だった。
これまで散々シグをあしらっていた担当官ではない。
最近、抜擢された新たな担当官らしい。
彼は宰相の親族だという。
ということは陸軍派だ。
お互い事情を知っているので、ややこしい駆け引きにならずに調印できて良かった。
海上封鎖は正式に解かれ、セルーリアス海はようやく穏やかな海に戻ったのだった。
***
レッシバルたちの帰国からロミンガンでの調印式まで、僅か一ヶ月程。
リーベルは信じられない早業をやり遂げた。
海軍派の抵抗により、もっと時間がかかると思われたが……
早業の理由、それは海軍派と陸軍派が手を結べたからだった。
ウェンドアでは内戦になることを覚悟する者もいたのだが、予想に反して海軍派は抵抗しなかった。
抵抗しないどころか、陸軍派に研究員たちを全員引き渡した。
反乱軍の残党が混ざっているかもしれないという理由で。
海軍はこれから忙しい。
残っている魔法艦でリーベルの勢力圏を維持すべく、艦隊を再編しなければならない。
今後は他国も竜騎士団を投入してくるだろうから、残存魔法艦に対空迎撃の訓練を積ませなければならない。
窮地に陥った研究所を救っている暇はないのだ。
つまり海軍派が研究所を切り捨て、終戦に賛成したことで可能となった早業だった。
***
セルーリアス海がどうやって平和になったのかはわかった。
次は探検隊……いや、帝国の六騎士たちが戦後、どんな人生を歩んでいったのかを見ていきたい。
まずはトトルから。
彼はその後もワッハーブと組んで交易を続け、富を蓄えていった。
フォルバレント号もあっという間に手狭になり、より大きな船にその名が引き継がれていった。
一隻が二隻、三隻と数を増やしていき、やがて船団に育っていった。
現在、帝国でトトルを名で呼べるのは六騎士だけだ。
他の者たちは〈総帥〉と呼んでいる。
一代で巨万の富を築いたトトル財閥の総帥だ。
…………
次はラーダ。
彼は戦後も小竜に乗り続けた。
アレータ海海戦時は魔法の気配を感知できるだけだったが、訓練を積み重ねていき、ついには空でも探知魔法を発動できるようになった。
小竜の上で可能なら、疾駆するブレシア馬の上でも可能。
次第に他の魔法も発動できるようになり、世界初の魔法騎兵となった。
すべての海軍竜騎士の師がレッシバルなら、彼はすべての魔法騎兵の師だといえる。
陸軍偏重主義が治らない帝国では、小竜上でも馬上でも魔法騎兵が増えることはなかったが、後にイスルード州政府がリーベル陸軍魔法兵の中から魔法騎兵を養成する。
陸軍魔法兵など皆殺しにしてしまえと帝国の重臣たちはいきり立っていたが、有効活用を呼び掛けたのがラーダだという。
彼にとって陸軍魔法兵団は、ピスカータとは別の第二の古巣だった。
兵団は外国人だった自分に分け隔てなく接してくれ、そして無事に帝国へ逃がしてくれた。
そんな古巣の仲間を見殺しにはできなかったのだ。
生かせるなら理由は何でも良かった。
…………
三番目はザルハンス。
彼は大騎士に叙せられたのと同時に、第二艦隊提督にも任命された。
異例の大出世だが、当然だといえるだろう。
率いるべき第二艦隊は無敵艦隊にやられてセルーリアス海に沈んだ。
よって竜母艦四隻がしばらくの間、第二艦隊の中心となる。
これを取り上げ、しかるべき格にある者を提督にしても竜母艦隊の運用法がわからない。
実際に戦ってきたザルハンスにそのまま指揮を執らせるのが賢明だ。
彼の第二艦隊提督としての初仕事はピスカータ沖でネイギアス艦隊を牽制することだった。
連邦の正規艦隊は評議会の命令に従って大人しく待機しているが、傭兵艦隊——つまりネイギアス海賊は違う。
隙を見せれば、命令など気にせず襲い掛かってくる連中だ。
睨み合いの最中、一度だけ傭兵艦隊が北上しようとした。
新提督の力量を見てやろうと突っかかってきたのだ。
新提督ザルハンスは冷静に待ち、敵艦隊がピスカータ沖へ入った瞬間、小竜隊に命じて敵艦のすぐ近くの海面に連撃を撃ち込ませた。
威嚇射撃だ。
水柱の高さに恐れをなしたのか、傭兵艦隊は大人しく引き上げ、終戦まで二度と突っかかってくることはなかった。
***
六騎士の話の途中ではあるが、ザルハンスに関連した人物をここで紹介しておきたい。
無事に帝国の領海を守ったザルハンスはその後も武功を積み重ね、帝国沿岸の海賊被害は激減した。
その提督時代に一つの出会いがあった。
ある日、レッシバル教官が第二艦隊に一人の教え子を連れて来た。
「本当は心の優しい優秀な若者なんだ!」
というが……
教官が熱心に薦める学生は問題児に決まっている。
レッシバルの後ろに立つ偉丈夫を一目見ただけでそれがわかった。
筋肉質の大きな体格に強い眼光。
確かにこいつは強そうだ。
強い奴は問題児になりやすいし、されやすい。
聞けば、街で質の悪い貴族の子弟共に絡まれていた人を助けようとしたらしい。
結果、子弟共を全員叩きのめしてしまったのだという。
おかげで問題児という悪評がついてしまい、もうすぐ海軍士官学校を卒業するのに、海軍から入隊を断られてしまった。
「……それで?」
「それで、おまえのところで引き受けてもらえないか」
配属先の指揮官がその学生の入隊を望めば、海軍も考え直してくれる。
それがレッシバルの考えだった。
「おい、おまえ」
「あ?」
若者は一学生。
目の前の提督とは格が違いすぎる。
でも、だからこそだ。
自分から格下だと認めるような態度は取らない。
初対面の相手に「おまえ」呼ばわりするような横柄な輩に敬語など使わない。
たとえ相手が大騎士だろうと。
「何で喧嘩なんかしたんだ? 兵隊に通報すれば済んだ話だろうに」
「貴族を逮捕する兵士がどこにいる!」
若者は目撃したのだ。
騒ぎを聞きつけてやってきたものの、相手が貴族だとわかった途端尻込みしていた見回りの兵士たちを。
「あの貴族共は悪人だ。法や兵士が敵わないなら、この俺がぶっ飛ばしてやる!」
レッシバルは頭が痛そうだが、ザルハンスは若者を高く評価した。
合格だ。
この俺がぶっ飛ばしてやる——
かつて自分たちもそうやって悪のリーベル派を倒してきた。
この若者にもその気概がある。
悪者退治に不可欠だ。
若者の名はロイエス。
後に海軍総司令官になったザルハンスから第二艦隊を引き継ぐ、海賊狩りの鬼提督。
鬼の師匠は猟犬だった。
***
六騎士の話に戻る。
四番目はレッシバル。
彼は大騎士になった後も海軍竜騎士団団長として小竜隊を率いて数々の勝利を収めた。
評議会の命令に従わず、北上してくるネイギアス海賊を狩り、帝国南方でモンスターの群れが現れれば、すぐに追い払いに行く。
南方砦の司令官にはなれなかったが、いまはより広い範囲を守れるようになった。
レッシバルは少年時代の目標を達成できたといえるだろう。
竜将とフラダーカは連戦連勝。
味方からは軍神扱いされ、飛んでいる姿を見せただけで士気が上がった。
しかしまだまだ伸びると思われていた連勝記録が、ある出来事によって終わりを迎えた。
レッシバルが海軍竜騎士団団長を辞職したためだ。
孤児院の院長先生が……
お亡くなりになられたのだ。
院長先生は立派な人物だったが、彼の一族は違った。
一族は、いわゆる正騎士様たちだった。
金で位を買い、積み上げた金貨の山の高さを競い合う醜い世界の住人たちだ。
彼らは全員、孤児院に反対だった。
院長が宗家出身の騎士団長を務めた人物だったから面と向かっては言わなかったが、陰では金をドブに捨てる変人だと嗤っていたのだ。
ゆえに一族の誰も、変人の後を引き継ごうという者はいない。
まだ葬儀の最中だというのに、一族は棺桶の前で孤児たちのこれからについて話し合う。
さっさと敷地から叩き出せと主張する者。
子供は金になるから買い手を探そうと主張する者。
そこに割って入ったのが、葬儀に参列していたレッシバルとトトル総帥だった。
二人は孤児院を買い取りたいと提案した。
怒りもせず、淡々と。
正騎士に心がないのはよく知っている。
だから心に訴える話をしても無駄だ。
奴らには金の話しか通用しない。
果たして正騎士様たちはトトルが提示した金額に相好を崩した。
一族にとって願ったり叶ったりの話だった。
これから亡き院長についての相続が始まるのだ。
孤児院などという無駄な道楽はすぐに片付けたかった。
双方の利害が一致し、孤児院は二人に売り渡された。
その日からレッシバルは院長先生になった。
トトルはその後援者だ。
そして葬儀の翌日、大問題が発生した。
海軍竜騎士団団長レッシバルの突然の辞職だ。
孤児院の運営に専念するためだ。
彼は、エシトスがいるから竜騎士団は大丈夫だというが、海軍にとっては急な大問題だった。
帝国海軍の三大英雄、レッシバル、エシトス、ザルハンスの内、一人が欠けるのだ。
海軍全体の士気に関わるのに、大丈夫なわけがなかった。
懸命に引き留めるが辞職の意思は固く、交渉の結果、何とか海軍士官学校の教官を引き受けてもらうということで落ち着いた。
何らかの形で海軍に関わっていてもらわねば、という海軍の意地だった。
本当は院長業に専念するはずだったのに……
レッシバルは教官兼院長になった。
…………
残るはシグとエシトス。
この二人については次話で述べたい。
きっと、長くなってしまうと思うから。
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