第127話「お馬鹿竜vs剣王」
雷竜隊はキュリシウス型四艦に対し、ついに急降下攻撃を開始した。
加速する中、各騎は微調整と減速を繰り返す。
減速?
今回は雷竜隊の影が水面に落ちないよう、最も高い空から降下する。
なので降下する距離が長い。
溜雷の攻撃力増強にとっては良い助走なのだが……
このままでは急降下から急上昇に転じることができない。
普段通りの位置で翼を開いたら、加速が付き過ぎているせいで翼膜が破け、敵艦か水面に激突する。
急上昇の開始位置を普段より高く設定すれば問題ないのだが、それだけ発射位置も遠くなってしまう。
不意討ちで撃てる溜雷は、たった四発しかないのだ。
できるだけ近い位置で発射したい。
そこで翼を小さく小刻みに開いて、翼膜が耐えられる速度に減速しながら降下する。
且つ、発射時点で溜雷の加速が最大になるように。
神経が磨り減る。
エシトスたちはこれまで大変だったが、レッシバルたちはこれから大変だ。
降下速度に注意しつつ、迅速に発射位置へ辿り着かなければならない。
とはいえ、難しいが降下速度は自分たちで調節することができる。
レッシバルはもう一つの難問について悩んでいた。
影だ。
高度が下がれば影が差して気付かれる。
これは調節しようがない。
どうすればいい?
気付かれて耐雷防御されるくらいなら、発射高度を高くするか?
でも、もしそのせいで溜雷の威力が足りなくなってしまったら……
急降下によって、豆粒のようだった剣王がもう乳児の拳骨ほどの大きさだ。
それに比例してレッシバルの迷いも大きくなる。
即断即決即実行が海軍竜騎士の基本だというのに……
そのときだった。
——陽が⁉
レッシバルは背に当たっていた陽光が途絶えるのを感じた。
雲だ。
灰色の雲が流れてきた。
それほど大きな雲ではない。
この空域に漂っている無数の雲の一つに過ぎない。
すぐに通り過ぎて、また陽光が降り注ぐだろう。
せいぜい二、三分の日陰。
それでも十分だ。
すべてが終わるのに、あと一分もかからない。
見れば、降下予定地点の海面の色が暗い。
これで発射予定の高度まで影が差して見つかることはない。
天祐に助けられつつも、レッシバルの中で迷いが消え去った。
発射予定高度に変更なし!
***
きまぐれな日陰の下、雷竜隊は剣王四隻のほぼ真上に下ってきた。
剣王たちはまだ気付いていない。
最後の微調整を終え、四騎は攻撃態勢に入った。
「撃ち方用意!」
レッシバルの号令に全騎「用意よし!」を返し、フラダーカたちが一斉にあぎとを開いた。
カン、カン、カン……!
とうとう見つかった。
見張り員が見上げながら、警鐘を打ち始めた。
曇りとはいえ、接近し過ぎればくっきりとした影が落ちて、さすがに気付かれる。
でも十分だ。
こちらは発射態勢に入っている。
もう即時即応の剣王でも間に合わない!
「全騎同時に——」
発射の刹那、レッシバルの脳裏にピスカータの浜が浮かんできた。
子供の頃、リーベル派の海賊船に向かって騎銃を撃ったが届かなかった……
敵があまりにも遠すぎた。
では、何だったら届く?
あの日から、正騎士になりたかった夢は正解探しに変わった。
北岸の霧に紛れて接近するというのはダメだった。
こちらが見えなくなるだけで、魔法艦からは正確に捕捉されていた。
海で探知魔法を使えるのは、それだけで厄介なのだと思い知った。
厄介なのは、探知魔法だけではない。
長射程も厄介だ。
魔力砲とフェイエルムの長距離砲は別物だが、こちらの射程外から先に撃ち込んでくるという点では似ている。
地形の影響を受けずに飛び回れる陸軍の竜でも、ミスリル砲を掻い潜ることができなかった……
あのとき、防魔の長壁を攻撃するつもりはなかったが、もしやれと命じられても攻略することはできなかっただろう。
砲撃を躱すのも、次の砲撃までに距離を詰めるのも速さが必要だ。
陸軍の竜では速さが足りなかった。
隠れて接近しても探知魔法に引っ掛かる。
離れた撃ち合いでは勝ち目がない。
正解が出た。
どうやっても〈海の魔法〉には敵わない。
諦めざるを得なかった。
そんな失意の中で……
フラダーカと出会った。
フラダーカはやかましい奴だった。
こいつのおかげで失意に浸っている暇もない。
幼竜の頃は馬と仲が悪い。
若竜になると浜のカツオドリに憧れて海へ飛び込むし、ラーダが雷球なんか見せるから真似をする。
とんでもないお馬鹿竜を拾ってしまった、と悩んだものだ。
でも、そのお馬鹿竜が……
誰も敵わなかった〈海の魔法〉を破った。
そして今日まで続く新しい時代が始まったのだ。
剣王並びに無敵艦隊よ。
これが正解だ。
ピスカータの偉大な雷だ!
「全騎同時に撃てぇぇぇっ!」
レッシバルの叫びと共に、四つの溜雷が発射された。
***
剣王四隻の甲板中央へ大きな溜雷が迫る。
命中まで一秒もかからない。
頭上を青白く照らされ、咄嗟に見上げる者。
警鐘につられて見上げる者。
キュリシウス号乗員は魔法王国の人間なので、青白い光が雷球であることを理解した。
しかしその雷球がどうして真上から降ってくるのかがわからず、魔法兵の一人が短く呟いた。
「……なぜ?」
ボォンッ、ズシィィィンッ!
バキバキバキッ!
リーベル兵たちは雷球と認識したが、正しくは溜雷だ。
水幕を容易く破り、甲板を穿つ。
核室は第一デッキ中央に位置している。
甲板中央を貫いて飛び込んだ溜雷は核室を破壊し、中にいたウンディーネを打った。
バシィィィッ!
「っ!!」
精霊にも痛覚のようなものがあるのか。
ウンディーネは顔を顰めながら核室から出てきた。
「…………」
忌々しい召喚士がいない。
おまけにさっきの雷が艦底に穴を開けたらしい。
浸水が始まっているようだ。
ならばもっと水を呼び込んで、水の精霊界へ帰る〈旅費〉としよう。
ウンディーネは艦内を水浸しにし始めた。
ザバァァァッ!
ドドドォォォッ!
……静かだ。
猛烈な浸水だというのに、人の声が全くしない。
そのはずだった。
溜雷は何かに当たる度に放電していった。
命中時、甲板とマストに。
突き破った先の艦内に。
まさに一瞬の出来事だった。
迸る電撃で、呟いた魔法兵を含めた全員が即死した。
だからもう「総員退艦!」を命じる者も「了解」する者も残ってはいないのだ……
急降下攻撃を終えたレッシバルが上昇しながら振り返ると、剣王たちは四者三様になっていた。
一番艦キュリシウス号は大きな水の球体に。
二番艦と三番艦は水と火の鬩ぎ合いに。
四番艦は水と火と土の三つ巴に。
可変型は単一型より多機能だった。
だがその多機能さゆえに最期は惨いものだった。
一番艦は精霊艦らしく転移消滅したが、二番艦と三番艦は艦体を二つに引き裂かれてそれぞれ水と火の塊に。
四番艦は三つに引き裂かれた。
リーベル海軍の最新鋭艦は、精霊たちがそれぞれの世界に帰るための〈旅費〉になり……
転移消滅した。
***
トライシオス発案の時間差攻撃は、小竜隊に勝利を齎した。
キュリシウス型について後世の歴史家が記すとしたら、こんな文章になりそうだ。
【キュリシウス型可変精霊艦】
リーベル王国海軍の魔法艦。
核室の中を隔壁で仕切り、異なる精霊を同居させることに成功した世界初の可変精霊艦。
だが初陣早々、帝国海軍小竜隊の急降下攻撃によって纏めて撃沈された。
事実だ。
嘘はない。
だから何も知らない者は、記述四行目を殊更取り上げて嗤うだろう。
竜こそ次の時代の最強だと目を輝かせる者も出てくる。
しかし、後の竜将レッシバルは否定する。
「竜は最強ではない」と。
……彼にこれ以上勝因を尋ねても「まぐれ」や「幸運」しか出てきそうにない。
では勝因ではなく、剣王の敗因について考えてみよう。
ウェンドア会談で、執政に剣王の性能を見せてしまったこと。
帝国第二艦隊にトドメを刺すのに手古摺り、遠征艦隊全艦を火精艦にしてしまったこと。
挙げれば敗因はまだまだあるが、それらに共通している点は一つ。
命の軽視だ。
リーベルは〈最強の秘訣〉に拘るあまり、命を奪うということを軽く考えていた。
剣王だけではない。
王国自体が。
ゆえに命を奪う武器たる剣王を見せびらかし、戦においては白旗を撃てたのだ。
自分たちが白旗を上げることはないと思っていたら、相手の命より能率を重視するようになっていく。
同じ敵と二度、三度と戦わなくて済むように。
魔法艦隊の標的が〈対艦〉から〈対人〉に切り替わっていったのは自然の流れだといえるだろう。
艦が滅んでも人が生きていれば新しい艦で再戦があり得るが、人が滅べば再戦はない。
遠征艦隊は対人戦に励み過ぎた。
氷山に座礁した帝国艦隊など放置し、先へ進めば良かったのだ。
それを〈最強の秘訣〉に拘るから、付与弾を枯渇させることになってしまった。
皆殺しがリーベル海軍の根本理念だというなら、付与弾を撃ち尽くした後は魔法弾を使うしかない。
全艦が火精艦になってしまい、小火竜迎撃に剣王が出るしかなくなってしまった。
ここで剣王ではなく、単一型の水精艦を出せなかったのが痛い……
雷竜隊が辛抱できずにこの水精艦を叩けば、火竜だけでなく雷竜もいると艦隊に知られる。
当然、剣王も知る。
もし辛抱できたら、エシトスたちが嬲り殺しになっていたことだろう。
本艦隊は減ってしまった前衛艦隊を下げ、搭載が完了した水精艦を続々と前に出して小火竜隊を全滅させる。
どちらもあり得る筋書きだった。
つまり剣王の敗因は、即応性に対する過信だった。
あらゆる状況に即応できる可変精霊艦。
それこそが隙だったのだ。
艦が即応できても、操艦するリーベル人たちが急降下攻撃に即応できなかった。
竜将レッシバルの言う通りだ。
竜が最強だから勝てたのではない。
まぐれでも幸運でもない。
弱いリーベル人が敗れたのだ。
〈最強〉の看板に縋る弱いリーベル人が。
***
剣王四隻を一撃で倒した小竜隊は……
「やったぞぉぉぉっ!」
「剣王を倒したぞぉっ!」
大興奮の只中にあった。
但し、レッシバルを除いて。
彼は海軍竜騎士団団長として、確認しなければならないことがあった。
浮かれてなどいられない。
息を吸い込むと、
「エシトスゥーッ!」
「わっ!」
急な大音量に、エシトスの驚いた声が返ってきた。
「この野郎、耳が……! な、何だ、一体?」
「白旗は?」
雷竜隊は急上昇から水平飛行に戻った。
初撃ほどの高度ではないが、上からでは敵艦が小さくて白旗を見落としてしまうかもしれない。
それゆえ、低空のエシトスたちに確認してほしかったのだ。
二〇隻だった前衛艦隊が残り八隻。
しかも火精艦のみ。
援軍の剣王はすべて消滅した。
もう降伏するべきだ。
「確認する!」
騒ぎは静まり、火竜隊は残存艦八隻の周囲を大きく旋回しながら、白旗の確認を始めた。
ところが、残存艦は一隻も白旗を上げなかった。
というより、上げられなかったというのが正しい。
実は、リーベル艦隊に白旗はないのだ。
いままで、無敵艦隊に白旗を上げさせる敵など存在しなかった。
ない白旗は掲げられない。
ないなら、何か白い布を白旗代わりにすれば良いのに……
だが、八隻にその気配はない。
それどころではなかった。
援軍の到着により形勢逆転できると思った矢先、奇襲第二波によって、いとも簡単に希望が打ち砕かれた。
いま、残存艦の将兵たちの頭の中は「えっ?」で埋め尽くされている。
呆然としているときに、白布のことを考える余裕などない。
とはいえ、時間が経過すれば思考停止から立ち直る者が現れる。
水兵の一人が呆然自失から立ち直った。
「…………」
彼は周囲を飛び回る小竜隊を見ている内、障泥に描かれている紋章に気付いた。
「帝国……海軍?」
目の前の竜騎士団はネイギアス軍ではなく、帝国海軍だった。
「おのれ……!」
ネイギアス軍でなかったことは意外だったが、そんな驚きはすぐに消え去った。
怒りが、驚きを上回っていた。
帝国海軍如きが挑発的に旋回を繰り返す……
弱小海軍の分際で!
前衛艦隊の不幸は、水兵が負けず嫌いな性格だったことだ。
彼は怒りに震える手でホルスターから短銃を抜き、飛び交う小火竜を狙う。
「!」
少し離れた位置にいた士官が彼に気付いた。
……が、遅かった。
「よせっ!」
「リーベルを、なめるなぁぁぁっ!」
パァァァンッ!
「! 敵艦から発砲!」
怒りの銃弾はかすりもしなかったが、戦闘継続の明確な意思表示として小竜隊に伝わってしまった。
「やむを得ん。攻撃続行!」
レッシバルは全隊に命じると右手を高く掲げた。
急降下用意!
エシトスたちも旋回をやめ、八隻から一旦距離を取った。
溜炎を用意し、水平攻撃を仕掛ける。
次の攻撃で前衛艦隊を片付ける。
雷と火の一斉攻撃だ。
「降下っ!」
「全騎、突撃っ!」
……前衛艦隊が八つの火の塊に変わるのに、それほど時間はかからなかった。
遠征艦隊、残り四〇隻。
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