第126話「レッシバルの仕事」
北進を続けるレッシバル隊。
高度が高いので無敵艦隊に感知されないかと心配になるが、先導するラーダ騎に動きはない。
もし探知円や探知線の気配を感じれば、高空を飛んではいないだろう、とレッシバルは自らを納得させる。
雲が少しずつ増えてきたようだ。
台風が残していった残骸の雲だ。
うまく戦闘空域にも散らばってくれているといいが……
やがて先導するラーダ騎からの手信号が、
(針路コノママ)
もう前衛艦隊では魔法が入り乱れて、高空の伝声筒を感知する余裕はないと思うが、念のための手信号だ。
大きく旋回して先頭をレッシバル騎に譲る。
ラーダは忙しい。
この後、巣箱艦隊へ戻り、魔法の気配が消えるのを待つ。
魔法の気配が消える——
そのときには遠征艦隊が全滅しているということ。
気配の消滅を感知できたら、ヘトヘトになった小竜隊を着艦させるため、巣箱艦隊を北へ先導するという大事な役目がある。
レッシバルは(ありがとう)の意を込めて手を大きく振り、ラーダを見送った。
まもなく——
「あれか!」
彼の眼下、雲の隙間から海戦が見えた。
小さな艦の群れが、必死に左右舷側砲を撃って何かを追い払おうとしている。
だが、その小艦に五発の小さな火の玉が命中すると、火の塊になって消滅する。
作戦通り、低空で魔法艦隊を翻弄しているようだ。
高すぎて小竜の姿は見えないが、五発の火の玉が三組見える。
こちらに損害はないようだ。
安心したレッシバルは前衛艦隊の真上を目指して飛び、後ろに続く雷竜隊三騎に手信号を出した。
(旋回待機!)
雷竜隊は位置に着いた。
あとは剣王がやってくるのを待つのみ。
***
遠征艦隊、本艦隊——
発、遠征艦隊総司令官。
宛、可変型艦群。
前衛艦隊へ急行し、敵小火竜隊を撃滅せよ。
総司令官よりキュリシウス型四艦に命令が下った。
「総帆展帆!」
旗艦の近くにいた四艦は全ての帆を張り、本艦隊をどんどん抜いて行く。
同時に火精艦から水精艦へ変更する。
「核室を〈水精〉に切り替えよ!」
「アイサー!」
他艦の核室に〈切り替え〉という作業はないが、キュリシウス型にだけはある。
可変型精霊艦だから。
トライシオスが恐れ、総司令官が期待した即応性を発揮し、四艦はあっという間に水精艦に変身した。
「変更完了!」
四艦に漂う〈気〉の質が変わった。
艦を水が覆い、すぐに消えた。
見た目は普通の艦だが、これで水精艦になった。
ウンディーネが負けるほどの大火で攻撃されない限り、艦は燃えない。
続けて戦闘用意。
「核室と魔力砲を連結させよ!」
核室から甲板へ伸ばした〈管〉を各魔力砲に連結させていく。
付与弾にせよ、魔法弾にせよ、こうすることで魔法兵が詠唱するより早く、そして強い魔法を装填できる。
連結後、すぐに核室から水の〈力〉がやってきて、艦と同じように魔力砲が水に包まれた。
それを確認した砲兵たちが叫ぶ。
「連結良し!」
砲術士官は左右舷側砲の連結完了を確認すると、伝声筒で艦長に報告した。
「両舷魔力砲、連結良し!」
さて……
小火竜に何をお見舞いしようか。
実弾に付与した水装弾か?
それとも、魔法そのものを増幅して撃ち出す水力弾か?
「全門、水力弾を装填せよ!」
一番艦キュリシウス号艦長の号令に三艦も続き、本艦隊先頭艦を抜き去るときには装填が完了した。
準備が整った。
小火竜共を手当たり次第に撃ち落としてやる準備が。
***
水は、火を制す……
前衛艦隊に追い付いたキュリシウス型四艦は、さっそくその能力を発揮した。
戦場では、すでに七隻が消滅させられていた。
敵う者がいないはずの艦隊に七隻の犠牲が……
さらに、四艦を率いるキュリシウス号の前方で、小火竜五騎が八隻目に狙いを定めているのが見えた。
「針路このまま! 水幕を張れっ!」
水幕——
核室のウンディーネから引き出した力で展開する水の障壁を『水幕』と呼ぶ。
そう呼ばなければならないという決まりはないが、障壁を展開する係の魔法兵はウンディーネを利用するのだと解釈する。
詠唱も集中も不要なのが、精霊艦の強みだ。
あっという間に水幕を展開した上で、八番艦と小竜隊の間に割って入った。
「⁉」
八番艦を狙っていたのはエシトス隊だった。
もう最後の微調整を終えており、攻撃態勢に入っていたところに割り込まれた。
「ちっ、攻撃中止!」
間合いが狂ったのでやり直しだ。
隊に低空で右旋回を命じようとしたとき、エシトスは見た。
他の魔法艦とは異なる艦型、そして水の幕で覆われた姿。
こいつは……!
「散開!」
咄嗟に、低空右旋回ではなく散開を命じた。
理由はない。
勘だ。
でもその勘が隊を救った。
バシュウゥッ!
バシュゥッ!
攻撃予定位置より手前で五騎が散らばった直後、水力弾の砲撃がいままでいた空を貫いた。
間一髪だった。
右旋回を選んでいたら、先頭と次は助かっても三番騎から後がやられているところだった。
低空で一旦距離を取り、散らばった隊を再編しながらさっきの敵を振り返る。
エシトス隊が去った後、第三小隊が襲いかかろうとしているところだった。
だが……
ジュウゥッ!
シュゥ……!
溜炎の連撃は、松明の火を水につけるような音と煙を上げただけだった。
水幕を突破できなかった。
ただし衝撃は伝わったようで、溜炎を受けつつ、同時に水の砲撃で精密にやり返すというのは無理なようだ。
照準の乱れた砲撃を躱しつつ、第三小隊は無事に逃げた。
水力弾を回避できたことは良かったが……
エシトスの背に冷たい汗が流れた。
ついに、溜炎の連撃を凌がれた。
水幕を纏った四隻の新型。
こいつは……
「キュリシウス型だ!」
***
キュリシウス型の登場により、戦場の流れが変わった。
奇襲によって浮足立っていた前衛艦隊が、次第に立ち直っていった。
もう火竜隊に奇襲の優勢はない。
互角……いや、ジワジワと形勢不利に向かっている。
その様子が雲の隙間からレッシバルによく見える。
だから堪らない。
いまはまだ火竜隊一五騎を維持しているが、いつまでもつか。
剣王は現れた。
だが雷竜隊が仕掛けるにはまだ遠い。
まだ高度を下げるわけにはいかない。
いま高度を下げたら、奴らの視界に入ってしまう。
雷竜隊は北を目指し、剣王も前衛艦隊支援のために南へ向かっている。
両者はやがて交差する。
だからレッシバルたちはただ待っていればいい。
雲が途切れ途切れだが、太陽に隠れているので下から見上げても雷竜隊は見つからない。
そのまま隠れていれば、標的が自分から真下にやってくる。
実に、理に適っているし、簡単だ。
但し、これから勢いを取り戻した魔法艦隊に仲間が討伐されるのを眺めていられるなら。
旋回待機しながら、レッシバルに迷いが生じ始めていた。
突入角度七〇度以上で急降下を仕掛ける作戦だったが、六一度でも十分なのではないか?
真下まで待たなくても良いのではないか、と。
下では、三個小隊が高い機動性を発揮している。
水の攻撃を躱しつつ、剣王以外の魔法艦をジワジワと減らしているのは見事だ。
……と、この戦いを観戦している者たちがいたら、火竜隊を称賛するだろう。
勇猛果敢?
とんでもない。
小竜隊では素早く意思疎通ができるよう、兜の伝声筒を小隊間で開きっぱなしになっている。
その伝声筒に流れて来る火竜隊の声は、勇猛果敢ではなかった。
只々、必死だった。
「第三小隊の目標、前方の魔法艦!」
「第三小隊、剣王が狙っているぞ!」
「攻撃中止! 左旋回っ!」
「くっ……! あ、危なかった!」
「皆、あと少しだ! 頑張れ!」
今回は当たらなかったが、剣王だけでなく前衛艦隊も間合いが掴めつつある。
次こそは当たるかもしれない。
艦隊は火精艦揃いなので、火の砲撃で小火竜が燃えることはないが……
竜騎士は生身の人間だ。
当たれば致命傷になる。
それに、太陽が昼下がりから午後の日差しに変わった。
竜は夕方までしか戦えない。
残りの時間で、遠征艦隊を全滅させなければならない。
レッシバルは決断した。
もう少し剣王が進んできてくれたら、六〇度を超える。
そうしたら!
「こちら雷竜隊! いまから行くぞっ!」
伝声筒で下の火竜隊に伝えつつ、後ろに続く三騎にも右手を上げて〈降下用意〉と伝える。
だが、
「何度だ?」
エシトスからすぐに応答が返ってきた。
何度とは、突入角度についてだ。
剣王四隻に対して現在、雷竜隊は何度の位置にいるのか?
「あと少しで六〇度を超える! 作戦を変更し……」
「来るなっ!」
エシトスは最後まで言わせなかった。
とはいえ、レッシバルは一喝された位で引き下がりはしない。
「でもこのままじゃ、おまえたちがっ!」
「おまえの——くっ!」
左から飛んできた剣王の砲撃が、エシトスの言葉を遮る。
咄嗟にイルシルトを急上昇と緩下降させ、水力弾を飛び越えさせた。
まるで馬が障害物を飛び越えるように。
一難去ったが、次の難がすぐにやってくるかもしれない。
エシトスは言いかけた言葉の続きを叫んだ。
「おまえの仕事を全うしろっ!」
「~~~~っ!」
レッシバルは何も言い返せなかった。
おまえの仕事……
小火竜のみだと思い込んでいる剣王四隻を溜雷で仕留めること。
できるのは雷竜隊だけ。
そのためには六一度では甘い。
七〇度……いや、八〇度で!
エシトスは正しい。
レッシバルは上げていた右手を振り下ろさなかった。
いま振り下ろしたら、火竜隊の苦労が無駄に終わる。
彼らの献身を裏切れない。
「降下中止! 旋回待機っ!」
***
「六五度……」
前衛艦隊の劣勢は完全に覆った。
残り八隻まで減らされてしまったが、おかげで剣王四隻が護り易くなった。
火竜隊が魔法艦を狙って攻撃態勢に入ると、すかさず剣王が割って入り、水幕と水の砲撃で迎え撃つ。
機動力で勝る火竜隊に当たりはしないが、何度も攻撃中止を余儀なくされている。
銃兵は目が慣れて来たのか、照準を竜から人に変えたようだ。
時々、銃弾が竜騎士の皮革装甲をかする。
それでも火竜隊は耐えていた。
耐えて艦と艦の間を縫うように飛び回り、敵に上を向かせない努力を続けている。
「七〇度……」
奇襲は失敗した。
溜炎を撃ち込もうにも、剣王が割って入るので水幕に消火されるか、攻撃を中止して通り過ぎるしかない。
立て続けだった前衛艦隊の転移消滅が、いまはもう止まった。
火竜隊は手詰まりだ。
しつこく艦隊に纏わりついているが、さっさと退散した方がいい。
いつまでも攻めあぐねていると、本艦隊から水精を搭載し直した艦たちがやってくる。
落ち着きを取り戻した魔法艦で、兵たちが囁き合っていた。
「七五度……降下用意!」
降下……
伝声筒から小竜隊全騎に伝わるその声は、ついに魔法兵たちに感知されることはなかった。
あまりにも小さく、そして短く、低空で飛び交う火竜隊の伝声筒の気配が大きすぎて隠れてしまった。
巣箱艦隊第四小隊、雷竜隊は高空での旋回待機をやめ、縦一列に並んだ。
ずっと待っていた……
彼らの敵が攻撃最適位置に来てくれるのを。
前衛艦隊ではない。
剣王四隻だ。
旋回しながら目測で突入角度を測っていた。
まもなく八〇度になる。
そのときこそが、攻撃のときだ!
「一番の目標、新型のキュリシウス号!」
「二番の目標、新型の——」
と四番まで己が狙う標的を確認する。
普段は一隻に対して連撃だが、今回だけは四隻に同時攻撃を行う。
四艦を一撃で仕留めなければならない。
でなければ、生き残った剣王三隻に雷があると知られてしまう。
ジジジッ!
バシッジジジッ!
フラダーカたちの溜雷も用意が整っている。
今日は好きに作らせたので、四頭とも最大の溜雷を作った。
牙から漏れる稲妻の量が威力を物語る。
これなら一発で水精艦を始末できるはずだ。
レッシバルは右手を高く掲げた。
七七度……
七八度……
七九度……
八〇度!
一気に右手を振り下ろした。
「降下っ!」
雷竜隊はキュリシウス型四艦に対し、突入角度八〇度で〈漁〉を開始した。
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