第125話「異変」

 前衛艦隊の先頭艦が転移消滅した後、遅れて後続の二番艦も消滅した。

 火竜隊第二小隊の連撃による。


 攻撃を終えた第二小隊は上昇。

 戦果を見届けることなく離脱しようとしていた。

 そこへ雷球が迫り来る。


 無敵艦隊が一方的にやられっぱなしでいる訳が無い。

 迎撃態勢を整えた三番艦魔法兵からの雷球だった。

 だが……


「散開!」


 隊長の急な命令にも小隊は素早く応え、蜘蛛の子を散らすように分散して上昇。

 上空で編隊を組み直した。


「な、何だと……」


 雷球を放った魔法兵の目が五騎に釘付けになる。

 いや、魔法兵だけではない。

 三番艦の甲板にいた者たち全員の目が。


 ほんの一瞬の余所見だった。

 しかし火竜隊第三小隊はその隙を見逃がさなかった。


「一番、撃てぇぇぇっ!」

「二番——」


 と五番まで続いた。


「しまった!」


 ボゥンッ!

 ドンッ、バキバキバキッ、ドカァァァンッ!


 最初の敵襲警報からわずか一分足らず……

 溜炎の連撃によって三番艦も消滅した。


「くそっ! これ以上の勝手を許すな!」


 攻撃を終えた第三小隊を四番艦が狙う。


 最初のエシトス隊は上昇した。

 次の第二小隊も上昇した。

 よって四番艦の艦首近くの魔法兵は、第三小隊も上昇すると考えた。

 斜め上空に意識を集中する。


 ところが、第三小隊は右へ旋回。

 低空飛行で四番艦の横を通り過ぎていく。

 残念ながら、艦首の魔法兵の狙いは外れた。


 だが、四番艦の横は舷側砲の前だ。


「雷力弾、装填完了!」


 艦首の魔法兵は狙いが外れてしまったが、他の魔法兵たちは魔力砲に雷の魔法を装填していた。

 第三小隊は回避……いや、もう間に合わない。


 四番艦の砲術士官が、第三小隊に指揮刀を振り下ろしながら叫ぶ。


「撃ち方、は——」


 ボンッ!

 ドォンッ、ドガァッ!

 バキバキッ!


 砲術士官が「撃ち方、始め!」と叫ぶより、真上からの溜炎五発が早かった。

 初撃を終えたエシトス隊だ。

 四番艦の直上から連撃を叩き込んだ。

 急降下攻撃だ。


 第三小隊は愚かではなかった。

 考えもなしに、敵舷側砲の前に身を晒したりなどしない。


 次の炎を溜めるのに暫しの時が必要だったのだ。

 炎を吐き終えたばかりの第三小隊ではない。

 エシトス隊がだ。

 高空に離脱していた隊は、四番艦直上に差し掛かったところで再び溜炎の用意が整った。


 隊長の合図で、カツオドリのように獲物目掛けて急降下を開始。


 囮とも知らず、低空飛行で舷側砲の前に入ってきてくれた第三小隊に四番艦は気を取られている。

 結果、真上からの溜炎五発が甲板に直撃し、艦底まで撃ち抜かれた四番艦はあえなく消滅した。


 敵う者が無いと謳われた無敵艦隊が、もう四隻もやられてしまった……

 前衛艦隊と本艦隊合わせて残り六〇隻。



 ***



 巣箱艦隊旗艦ソヒアム——


 火竜隊に遅れて、雷竜隊にも出撃のときがやってきていた。

 四騎はすでに発艦の用意を整え、ラーダの帰りを待っている。


 先頭のレッシバル騎が甲板に出た。


「…………」


 遠い北の水平線に望遠鏡を向ける。

 右へ、左へと。


 ラーダは北から帰ってくるが、真北とは限らない。

 北の方から帰ってくるのだ。

 レッシバルは北西から北東までを何度も往復した。

 やがて……


「来た!」


 北北西の水平線上にラーダ騎が現れた。

 レッシバルが見えたということは、ソヒアムの見張り員も見えたということだ。

 艦内が騒がしくなってきた。


 いよいよ発艦だ。

 だが、


 ——あれでは探知魔法に引っ掛かってしまうのではないか?


 思わず心配になるほど、ラーダ騎の高度は高かった。

 そしてもう一つ心配になることが起きた。

 レッシバルの巻貝に通信が入った。

 ラーダからだ。


「ラーダ、低空飛行でなくて大丈夫なのか? それにこの通信も——」

「大丈夫だ! それよりすぐに発艦しろ!」


 ラーダによると、無敵艦隊はもう周辺を探知している場合ではないという。

 帰り道の途中で、探知魔法の気配が途絶えた。

 エシトスたちの奇襲がうまくいっている証拠だ。

 想像していたより出番が早いかもしれない。


「急げ、レッシバル!」


 そこで通信終了。

 見ると、ラーダの小雷竜はどんどん高度を上げている。


「ラーダが大丈夫だと言っているんだ。信じよう」


 右後ろ下方から声がするので振り返る。

 ザルハンスだった。

 もうフラダーカに騎乗しているので、人の声がするとしたら下方になる。

 望遠鏡を使っていたので気付かなかったが、いつの間にか右後ろに立っていた。

 いまの通信も聞いていた。


「キュリシウス型か……俺たちは恐ろしい強敵と戦うことになっちまったな」

「ザルハンス……」


 レッシバルの真横に並んだザルハンスは呟いた。

 二人は剣王キュリシウスの威名を知っている。

 更に、トライシオスからもキュリシウス型の恐ろしさも伝え聞いている。


 しかしその最新鋭艦を操るのは人間だ。

 人間という要素に付け入る隙がある。


 はじめに小火竜のみを見せれば、キュリシウス型は氷か水の力で迎撃しようとする。

 セルーリアス海は流氷が漂わない暖かい海だ。

 剣王は氷精艦ではなく、水精艦になるだろう。

 水には雷だ。

 フラダーカだ。


 ザルハンスはその場でレッシバルに正対し、右拳を斜め上に向けた。


「偉大なる雷の御加護があらんことを!」


 レッシバルも右拳を斜め下に伸ばす。


「ああ! 吉報を期待していてくれ!」


 二つの拳が「ガンッ!」と合わさり、微笑み合う。

 そして静かに離れた。

 もう互いに振り返ることはない。


「雷竜隊、全騎発艦!」


 ザルハンスはソヒアム号艦長として、雷竜隊を全騎無事に発艦させなければならない。

 そしてレッシバルも、


「全騎発艦! ラーダ騎の高度まで上昇しろ!」


 掛け声と共にフラダーカが甲板を蹴り、天高く上昇した。

 狭い艦内から出られるのが嬉しかったのか、残り三騎もすぐに後に続く。

 全騎、発艦完了。


 雷竜隊は高度を上げながら編隊を組み、ラーダ騎の先導に従って北へ向かった。



 ***



 遠征艦隊、本艦隊——


「前衛艦隊で何か事故が起きているらしい」


 四隻が消滅させられてもまだ本艦隊ではこのような認識だった。

 前衛艦隊に被害状況を知らせよと命じても、伝声筒は悲鳴と爆発音を吐き出すのみ。

 只事ではない様子に、旗艦の緊張感が高まっていく。


 しかし二つの艦隊は離れており、本艦隊からでは何も見えない。

 次第に事故ではなく、何者かと戦っているのではないかと思えてきた。


 そこで本艦隊の魔法兵たちに命じて探知させた結果、前衛艦隊は素早く飛び交う小さな何かと交戦中だということが判明した。


「飛び交う……竜騎士団か?」


 参謀の一人が報告に来た魔法兵に尋ねるが、この竜騎士団とは小竜隊のことではない。

 陸軍竜騎士団のことだ。

 警戒していたので「飛び交う」に反応したのだった。


「いえ、陸軍の大型竜ではありません。もっと小さな何かです」


 その何かが知りたくて探知させたのに、と参謀は怒るが……

 魔法兵は内心で不平を漏らしていた。


 爆発や魔法の〈気〉が入り乱れている中で、敵の大きさが〈小さい〉とわかっただけでもお褒めに与りたいものだ。

 小さい〈何〉かが、一体何だったのかは掴めない。

 敵の動きが速すぎるのだ。

 どんな形をしているか探知しようにも、動きが変幻自在で何度見失ったことか……


「飛び交う小さな何か……ハーピーか?」

「はっ!」


 魔法兵は、別の参謀が出した意見に乗っかってしまった。

〈何か〉はハーピーより大きかった気がするが、ここで「違う」と答えたら、また「では、何なのか?」と苦しくなる。


「……よくわかった。下がってよろしい」


 そのやり取りを静かに見ていた総司令官は、魔法兵を下がらせた。


 ここは軍隊だから結果や結論を重んじるが、時と場合による。

 いまは敵の正体を知る場面だ。

 自分たちの知っているものに無理やり当てはめて解釈するべきではない。


 あの魔法兵は不明だと言っているのだ。

 それをどうしても吐けと問い詰めれば、ハーピーとも幽霊とも答えてしまうだろう。


「飛び交う小さな何か、か……」


 結論は不明だったが、我が魔法兵は敵の特徴という大切な情報を与えてくれた。

 その敵は「飛び交う」というのだから艦ではない。

 その敵は「小さい」がハーピーではない。

 その敵は……


「何っ!? 小型種だとっ!?」


 声に気が付き、振り返るとミルアベルトだった。

 伝声筒で通信している。

 相手は前衛艦隊の者だ。


 長話はしない、というよりかなり緊迫した状況らしい。

 結論と要望を伝えるので精一杯のようだ。


 途中で言葉を挟まず、一方的に話を聞き、


「了解した。すぐに対処する!」


 と通信を終えた。

 伝声筒を素早くしまい、総司令官の方を向く。


「総司令官、わかりました! 敵は——」


 その敵は……


「小火竜の竜騎士団です!」



 ***



 前衛艦隊を襲った謎の敵は竜だった。

 ただし警戒していた陸軍竜騎士団ではない。

 小竜の竜騎士団だった。


「ネイギアスめぇ……!」


 参謀たちは南の海を睨みつけた。

 南の海のネイギアスを。

 とんだ濡れ衣なのだが……


 帝国海軍の予算が貧弱であることは有名だ。

 だから総司令官や参謀たちは、まさか帝国海軍所属の小竜隊とは思わなかった。


 帝国海軍の反抗は午前中の突撃で終わったのだ。

 以後の妨害は帝国海軍以外の仕業であり、南から北上してくる妨害はネイギアスの仕業だと解釈していた。


 参謀たちが怒り狂う中、ミルアベルトは冷静だった。


 南から飛んできたというのだからアレータ島からか?

 小竜なら島に上陸させておくことができるし、島影に隠した大きな商船や補給艦から飛び立たせることもできるかもしれない。


 ——それにしても、竜を一体どこから?


 群島海域内に、竜の生息地になるような高山はなかったと思うが……

 と、そこまで考えて、連邦が特殊な国であることを思い出した。


 通常の国ならば武器や馬、竜を自国産に拘るものだが、奴らは違う。

 国内にないものは、国外から買えば良いと考えるのが奴らだ。


 とはいえ小竜は稀少なので、大軍を用意することはできなかったようだ。

 いくらネイギアスが金に糸目を付けないと言っても、前提として売り手が小竜を見つけてこないことには成立しない商談だ。


 またそんな景気の良い話はすぐに他国へ知れ渡るが、この遠征が始まる前、そんな噂は聞いたことが無い。

 よって、攻め寄せている小竜の竜騎士団は小勢だ。


 前衛艦隊の報告でも敵総数を一三から一六騎と数えていた。


 混乱の中での報告だったが、小竜による奇襲を知ってからのミルアベルトが予想した概数と合っていた。

 彼は奇襲部隊の数を約二〇騎と算出していた。


 これ以上多いとアレータ島の島影に母船を隠し切れないし、少ないと奇襲の成功率が下がる。

 敵は多くても一六騎だというのだからやや少ないが「ネイギアスが小竜を買い集めている」という噂が立たないよう密かに集めた、精一杯の小火竜たちだったのだろう。


「さすがは〈老人たち〉だな。まさか海の真ん中で小火竜を出してくるとは」


 敵の正体が分かり、遠征艦隊首脳陣に余裕が戻った。

 一日に二度、近距離戦を挑まれるとは思わなかったが、対処する術はある。


 帝国第二艦隊には、氷装弾でお得意の突撃を封じた。

 ネイギアスの小火竜たちには……


「援軍として水精艦を差し向けましょう」


 参謀の意見に皆、賛成だ。

 火をやっつけるには水だ。

 ミルアベルトも水精艦を前に出すことには賛成なのだが、確か……


「待て」


 示し合わせていたわけではないが、総司令官も気付いていた。


「確か、朝の戦いで本艦隊全艦は、火精艦になっていたのではなかったか?」


「あ……」と一瞬呆気に取られる参謀たち。

 そうだった。

 いま、この艦隊には水精艦がない。


 精霊艦は基本的に火精を搭載するが、複数艦の場合、他の精霊も搭載する。

 こちらの火の魔力砲に敵が水の障壁で対抗してきたら、氷精艦や雷精艦で攻撃するためだ。


 ところが……

 朝の帝国艦隊が頑丈すぎて、付与弾を使い果たしてしまった艦が続出した。

 そのために、全艦を火精艦に変えてしまっていたのだった。

 木製の船には火の攻撃が有効だったから。


 では、いまから援軍に向かう艦に水精を搭載し直すか?


 いや、それでは時間が掛かり過ぎる。

 のんびり水精艦に変更していると、前衛艦隊の被害が増大してしまう。

 いますぐ水精艦が必要だった。


 そう、いますぐに……


「ふむ……」


 総司令官は決断した。


「剣王をすべて出せ!」


 ここが勝負所だ。

 ゆえに主力を投入する。


 ミルアベルトを含めた参謀たちも賛成だった。

 可変精霊艦キュリシウス型なら、瞬時に水精艦に変身できる。

 相手は火竜だ。

 しかも小型種の火竜だ。

 水精艦の敵ではない。


 初めに剣王四隻を出して時間を稼ぎ、後から水精を搭載し直した魔法艦を援軍に送る。

 それで小火竜の竜騎士団はお終いだ。


 きっと、各国の観戦士官たちが遠巻きにこの戦いを眺めていることだろう。

 遠見の望遠鏡を使えば可能だ。


 しっかり見てもらおうではないか。

 小火竜の不意討ちで魔法艦を数隻沈めても〈海の魔法〉が揺らぎはしないのだ、と。

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