第121話「近距離戦」

 台風が北上してくる前、セルーリアス海北西部——


 大陸北東沖を離れた帝国第二艦隊は東へ進んでいた。

 このまま進んでいけば帝都へ向かう無敵艦隊を捕捉できるだろう。


 そんなある日のこと。

 提督室から話し声がする。


 室内には提督一人しかいない。

 独り言?


 いや、右手に〈巻貝〉を持っている。

 遠く離れた相手との会話中だ。

 相手は、女将だ。

 でも、何だか揉めているような……


「……というわけで、これから我が艦隊は——」

「待ちなさい、提督!」


 提督の声は終始穏やかだったが、彼女は違った。

 まるで良くない計画を思い留まらせようとする剣幕だ。

 しかしその剣幕を宥めようともせず、提督は一方的に話を進めていく。

 最後に、


「……いままでうまい酒をありがとう、女将」


 提督は感謝の言葉を述べ終えると、まだ女将が話している最中なのに巻貝を床に置いた。

 片足を上げ、巻貝目掛けて一気に落とす。


 カキッ、パキッパリッ!


 乾いた音を立てながら〈遠音の巻貝〉は壊れ、ただの粉々に砕けた貝殻に戻ってしまった。

 これで彼女の存在を示す証拠はなくなった。


 後は部下たちとの約束を果たすのみ。

 北東沖を発つとき、参謀たちからこれからのことを尋ねられたが「後で話す」と濁してきた。

 約束通り、これから皆に作戦を伝える。


 一緒に地獄へ行ってもらう仲間たちに隠し事はしない。

 ただ、岬が近かったので話せなかっただけだ。

 知れば、参謀たちの幾人かが白兵戦には人数が必要だと主張し、艦隊を岬へ戻しかねない。

 せっかく退艦させたのに、若者たちを連れ戻そうとなってしまったら大変だ。


 ゆえに岬から遠く離れるまで話すのを待った。

 いまさら岬に戻っても、誰一人残ってはいない。

 若者たちは指示通りに密偵の掃除をしている頃だ。

 こうなっては、参謀たちも作戦に賛成するしかあるまい。


 提督は甲板に上がり、空を見上げた。

 概ね青空だが、雲の流れが早い。

 次々と南から北へ流れていく。


 弱小海軍と嗤われてきたが、それでも提督は長い時間を海で過ごしてきた。

 だからこそ知っていた。

 基本的に東から西へ風が吹くセルーリアス海だが、この時期、南から強い風が吹くときがある。

 そうすると西部セルーリアス海に嵐がやって来る。


 台風があと少しで来る。

 作戦を説明するには良いタイミングだ。

 提督は参謀たちを集め、各艦に伝声筒で聞こえるように準備させた。


「皆に作戦を伝える!」


 これから台風がやってくるので利用する。

 いくら世界最強の艦隊でも台風の中を直進してくることはできない。

 台風の東側で停船するか、あるいは進路変更を余儀なくされる。


 おそらく停船して待つということはない。

 征東軍は宣戦布告に呼応して、フェイエルム王国首都ケイクロイを発ったという。

 洋上でモタモタしていると、帝都攻略戦に間に合わなくなる。


 よってリーベル艦隊は進路を変更するしかない。

 台風は北上するのだから、強風圏の外側を南へ進めば安全に西へ抜けられる。


 リーベル人も人間だ。

 海で台風を避けられた直後はホッとするだろう。


「我が第二艦隊は、その気の緩みを突く!」


 遠征艦隊が台風の東側を南下するのに合わせて、こちらも西側を南下する。

 そうすれば台風を抜けたとき、すぐ近くにリーベル艦隊がいる。

 後はいつもの海賊狩りと同じだ。

 白兵戦を仕掛ける。


「提督、一つよろしいでしょうか?」


 作戦説明が終わったと思い、参謀の一人が質問する。


「魔法艦の探知円はどうしますか?」


 リーベル艦隊は、ネイギアス艦隊を警戒して魔法なしで航行するのだが、そんな事情は第二艦隊には知る由もない。

 だから参謀の懸念は尤もだった。

 接近すればすぐに探知され、魔法が飛んでくると思うのは当然だった。


「そこだ——そこが我が艦隊の弱いところだ」

「?」


 参謀たちが首を傾げる。

 後ろ向きな言葉なのに、なぜか提督の声と表情は前向きだ。


 誰も気が付かなければ提督自ら皆に問い掛けるつもりだったが、おかげで問題提起する手間が省けた。


【問題】如何にして探知の目を晦まし、魔法艦隊に肉迫するか?


 ……

 …………

 誰も答えられない。

 顔を見合わせ、小さく顔を左右に振るばかり。

 皆が目で提督に訴えている。

 降参だ、と。


 正解は……


「これは昔、旅の魔法使いに聞いた話だが——」


 提督は考えを語り始めた。

 出題しておいて無責任だが、正解はわからない。

 だから申し訳ないが、語るのは正解ではなく考えだ。

 聞いた話を元に考えた仮説だ。


 魔法の素人が考えた仮説と侮るなかれ。

 旅の魔法使いとは女将のことだ。

 どの国家にも属さず、宿屋号で船旅を続けている大魔法使いだ。

 ……皆に彼女のことを明かせないので旅の魔法使いとした。


 昔、聞いた話とは探知魔法についてだった。

 酒を傾けながらの雑談として彼女が話してくれた。


 探知魔法による索敵は〈気〉が乱れている地点や周囲とは異なる〈気〉を発見し、その箇所を集中的に調べる。

 おかげで遠くから大きさや形状を知ることができるのだ。


 便利な魔法だ。

 しかし欠点もあった。

 探知の対象が異物でなくなると、わかりにくくなってしまう。


「?」


 皆の顔が怪訝そうだ。

 かつての提督もこの異物の件が難しかった。

 そこで女将にしてもらった譬え話を皆にもする。


 たとえば、外に干したばかりの濡れた洗濯物を遠くから探知するとしよう。

 湿気の少ない晴れの日なら、洗濯物は水の〈気〉を多く漂わせているので異物としてわかりやすい。

 だが大雨の日だと、周囲に水の〈気〉が充満しているので濡れた洗濯物は紛れてしまう。


 水と水。

 異物でなくなり、わかりにくくなってしまうわけだ。

 余程の上級者でなければ、これを見分けるのは至難だ。


「提督、まさか……」


 参謀の一人が不安を漏らす。

 譬え話を聞いている内に、何をやろうとしているのかがわかってきたからだ。


「その通り」


 提督は不敵笑いを浮かべた。


 完全な外側ではなく、航行できるギリギリの雨の中を水浸しになって近付けば、雨と艦の区別がつかなくなるのではないか?

 洗濯物のように。


 遠征艦隊に熟練魔法兵がいないはずはない。

 雨と艦をきちんと区別される虞はある。

 でも第二艦隊にはこの手しかない。

 暴風雨の外縁部を通り、いよいよ台風の終わりが見えてきたら嵐の海を斜めに突っ切る。


「一か八か、やってみよう!」


 果たして皆は……


「オオオォォォッ!」


 総員、提督の作戦に賛成した。

 皆、命を捨てる覚悟を決めてきた者たちだ。

 恐れるのは無駄死にで終わることだけ。

 兵たちの雄叫びは、もしかしたら白兵戦に持ち込めるかもしれないという希望の叫びだった。


 それから一日、二日と待っていると、南から暴風雨が迫ってきた。

 待ちかねていた台風だ。


「作戦を開始する! 全艦、南下を始めよっ!」


 提督の号令に従い、各艦が逐次面舵を切っていく。

 転舵が完了すると、祈りながら雨の中を進んでいった。

 どうか探知されませんように、と。


 ……台風の向こう側にいるリーベル艦隊は探知円を展開していないのだが、第二艦隊一行にわかるはずがなかった。



 ***



 台風の外縁部を通り、最後は嵐の中を斜めに横切りながら突撃する

 提督も無茶な作戦を考えたものだ。


 だが、すべては巣箱艦隊のためだった。

 リーベル艦隊の進路は曖昧だ。

 状況に応じて進路を決めているらしいが、それでは南で待っているザルハンスたちが困る。

 戦においては臨機応変というが、この戦だけはフラフラせず、確実にアレータ島へ向かってもらわねば。


 台風が壁となってくれたおかげで、無敵艦隊は進路を南に曲げざるを得なくなった。

 でもそれだけでは足らない。

 台風を越えたところでもう一枚壁がほしい。


 だからその壁になるのだ。

 帝国第二艦隊が。

 さらに南下させることができれば、そこは〈ガネット〉の射程だ。


 これより囮艦隊としての本分を全うする。

 囮だからと気の抜けた戦い方では、殺気がないことを敵に気取られ、囮として失敗する。

 囮艦隊だからこそ、勝利を目指すのだ。


 暴風と高波に苦労したが、無茶をした甲斐はあった。

 嵐の海から出ると、目の前に無敵艦隊が!


「一人でも多く魔法艦に乗り込め! 核室を破壊せよ!」

「アイアイサー!」


 魔法艦の核室のことは、世界中が知っている公然の秘密だ。

 その大掛かりな呪物の部屋が各艦に搭載されており、精霊の力を利用していることは広く知られている。

 また繊細で壊れやすいことも有名だ。


 よって魔法艦の倒し方は簡単だ。

 ほんの少しだけでいい。

 核室を壊せば、拘束から解き放たれた精霊の暴走により沈むだろう。


 これほど簡単な方法を、いままで誰も実行できなかった。

 全周に張り巡らされた探知円を誤魔化す術がなく、魔法艦に先手を打たれ続けてきたからだ。


 台風の助けを借りてではあるが、帝国第二艦隊は史上初めて〈簡単な方法〉を実行できる位置へ接近できた。


 まだ魔法艦から火球などの魔法が飛んでこない。

 リーベル艦隊はこの急襲を予測できなかったらしい。

 大慌てで迎撃態勢を整えている最中なのだろうが、待つつもりはない。


 斬り込み隊の若者を大勢下ろしてしまったが、普段が多すぎなのだ。

 現状が帆船軍艦としての適正人数だと言える。


 船足軽く、無敵艦隊との距離が縮まっていく。


 これはもしや……

 囮艦隊が巣箱艦隊の手柄を横取りする結果になってしまうのか?

 提督の脳裏に、そんな期待感が浮かんでいた。



 ***



 魔法艦に勝ちたければ撃ち合いに付き合うな。

 不意を突け。

 近付くことさえできれば勝てる。


 これは各国海軍や海賊の間で昔から語り継がれてきた……迷信だ。


 迷信ではないというなら、なぜ魔法艦を白兵戦で制圧できたという武勇伝が世に流れない?

 帝国第二艦隊もこの後知るだろう。

 準騎士レッシバルが所属していた北一五戦隊がどのように敗れたのか、を。



 ***



 台風を抜けた直後、いきなり近くに現れた帝国艦隊に対してリーベル軍は……

 特に慌てた様子はなかった。


「右舷側砲用意!」


 各艦、淡々と迎撃の用意が整っていく。

 魔力砲に砲弾を装填し、照準を定める。

 水兵たちに狼狽も緊張もない。

 落ち着いて作業が完了していった。


 魔法兵は急いで障壁を……

 展開していなかった。

 一応、詠唱陣に立ってはいるが、魔法の準備というより久しぶりの近距離砲撃を見物しようという雰囲気だ。


 ……いくら何でも舐めすぎではないだろうか?

 ネイギアス海軍に魔法の気配を知られたくないとはいえ、障壁を張ろうともしない。

 砲弾に魔力を付与しようともしない。


 相手は確かに弱小の帝国海軍だが、あまり油断しすぎると奇跡が起こる虞がある。

 帝国艦が魔法艦への接弦に成功するという奇跡が。


 奇跡は起こるのか?

 第二艦隊は起こると信じている。

 信じているからこそ、魔法艦の舷側に突っ込んでいけるのだ。


 接弦が早いか?

 魔力砲の準備完了が早いか?


 残念ながら魔力砲が先だった。

 これは仕方がない。

 接舷するには微妙な距離が残っているし、相手は最強の艦隊だ。

 最強の艦隊の水兵は優秀だった。

 敵が目前に迫る中、いつも通りに装填作業を完了できたことは素直に褒めるべきだろう。


 砲撃が先に来る!

 それでも第二艦隊は止まらなかった。

 帆船軍艦の装甲板はネイギアス製だ。

 リーベルの砲撃にも耐え得る。


 対するリーベル軍各艦は、砲術士官が指揮刀を抜いた。


「撃ち方、用意っ!」


 これより一斉砲撃が始まる!


 …………


 あれ?

 おかしい。

 砲撃が始まらない。

 砲術士官はまだ指揮刀を掲げたままだ。


 世界で流れている噂はリーベル海軍にも届いていた。

 遠距離戦には強いが、近距離戦には弱い、と。

 忌々しい噂だ。

 迷信だ、と吐き捨ててやりたい。


 でも全くの迷信だと言い切れないのが悔しい。

 稀ではあるが、魔法艦隊は敵艦の接近を許してしまうことがあった。


 世界には、ネイギアス海のような群島海域がある。

 海域を航行中、詠唱陣に立っていた魔法兵が新米揃いだったりすると、島影に隠れている敵艦の探知に失敗してしまうときがあった。


 新米には後で特訓を課す。

 だが、それは海戦終了後だ。

 とにかく目の前に迫る敵に対応しなければ。

 熟練魔法兵や魔法剣士は奮闘してきた。

 時には奮闘及ばず魔法艦に傷が付くときもあったが……

 傷をつけた武勲艦たちはすべて海の底に沈めてきた。

 そうやって世界最強の看板を守ってきた。


 想定外のことが起きても冷静に対処し、後で原因を研究し、対処法を考案する。

 これがリーベル海軍の歴史だ。

 ゆえに昔と違い、現代の魔法艦隊には近距離戦の備えがある。


 だから帝国艦隊如きの航海術で嵐の中を航行してきたことには驚いたが、近距離戦になったことには全く慌てていなかった。


 奇跡など起こらない。

 起こさせない。


 接近した艦を仕留める術はある。

 あるが、まだ遠い。

 あと少し……もう少し……


 ——!


 帝国艦隊が〈射程〉に入った。


「撃てぇぇぇっ!」


 指揮刀が振り下ろされ、艦首から艦尾に向かって順に右舷側砲が火を吹く。


 ドンッ、ドンッ、ドォンッ!


 砲口から火を吹く様は派手だが、通常弾らしい。

 魔法兵が何らかの魔法を付与していた形跡はなかった。

 通常弾が少し当たったくらいでは、ネイギアス製装甲板を貫通することはできない。


 おまけに全弾外れたようだ。

 砲弾はすべて両艦隊の間に着弾し、水柱を立てただけだった。


 全弾?

 魔法兵の誘導なく全弾命中は難しいかもしれないが、きれいに全弾外れるというのも不自然だ。


 この戦いはおかしい。

 白兵戦を挑みたがっている帝国艦隊を引き付けてからの砲撃開始。

 障壁を展開しないし、砲弾への付与を行わない魔法兵たち。

 そして全弾着水。

 魔法艦隊にとって絶体絶命の状況だ。

 なのに、


「右舷、第二射用意!」


 いや、初撃で勢いを殺せなかったのだから、帝国艦隊に突っ込まれるのが確実となった。

 第二射用意より白兵戦に備えるべきでは?


 そのときだった。


 ゴガガガガガッ!

 ゴォッ、バキバリンッ!

 バキバキバキ……!


 目前に迫っていた帝国艦隊が、突然現れた氷山に乗り上げてしまった。

 水柱の位置だ。


 さっきの砲弾は、通常弾ではなかった。

 氷の魔法が付与されている氷装弾だった。

 着水後、急速に周囲を凍結させ、氷山を形成した。


 過去の新米の失敗から、現在、すべての魔法艦は咄嗟砲撃用として付与弾を備えている。

 今回、これを用いた。


 魔力砲が狙っていたのは帝国艦隊ではなかった。

 突撃前方の水面だった。

 結果は大成功だ。

 全ての敵の勢いが止まった。

 氷の上では突っ込むことも引くこともできない。


 あとはいつも通りだ。

 リーベルの敵はすべて海に沈める。


 右舷側砲第二射の準備が整っていく。

 いつもと違うのは、魔法を自由に使えないことだ。

 核室の精霊の力を使えないし、魔法兵も障壁を張れずにいる。


 総司令官のご命令だから仕方がない。

 魔法を詠唱している気配を消せ、と。

 よって第二射も付与弾で行う。


 魔力砲の傍らには貫通弾と火装弾の箱が集められた。

 ……これだけあれば〈足りる〉だろう。



 ***



 帝国第二艦隊の勝利は目前だった。

 魔法艦から牽制の砲撃があったが、全弾外れて水に落ちた。

 敵はしっかり狙えないほど浮足立っているようだ。


 接弦など生ぬるい。

 防盾艦の艦首を魔法艦の舷側にめり込ませる。

 魔法艦には障壁が展開されているというが、砲弾は防げても軍艦は防げまい。


「突っ込めぇぇぇっ!」

「オオオォォォッ!」


 第二射は間に合わない。

 その前に魔法艦へ体当たりできる。


 艦隊の士気は最高潮だった。

 皆が勝利を確信していた。

 提督でさえも。


 だが、敵初撃の着水地点に差し掛かったときだった。


 ゴガガガガガッ!

 ゴォッ、バキバリンッ!

 バキバキバキ……!


 全艦に激震が走った。

 着水地点に突如現れた氷山に激突してしまった。

 さっきまで何もなかったのに!


「!?」


 魔法艦にぶつかろうとしていた勢いが、そのまま帝国艦隊に襲い掛かった。

 激突の衝撃で竜骨にヒビが入り、艦前半部が氷山に乗り上げた。

 航行不能だ。


 一瞬だった。

 ほんの一瞬で帝国第二艦隊がすべてやられた。


「これが、世界最強……」


 提督は周囲を見渡すが、無事な艦は一隻もない。


 わかってはいた。

 もしかしたら勝てるかもと思いはしたが、心のどこかではわかっていた。

 相手は世界最強の艦隊だ。

 善戦はできても最後は敗れるだろう、と。


 だからこそ敗れる前に一隻でも多く削りたかった。

 もっと善戦できると思っていたのに、一太刀浴びせることも叶わなかった。


 提督の固く結んだ口から歯軋りの音が漏れる。

 いくら何でもこれは……

 弱小海軍の手が届く相手ではないとはいえ、近距離でも届かないなんて!


 彼が若い頃から流れていた「近距離戦なら勝てる」という噂は迷信だった。

 魔法艦隊は近距離戦でも世界最強だった。

 突撃進路のすぐ前方に氷山を作れるような化け物だった。


「提督、どうしますか?」


 斜めに傾いた甲板で、器用に平衡を保ちながら参謀がやってきた。

 さっきの衝撃で頭をぶつけたらしい。

 頭に巻いた包帯から血を滲ませている。


 戦うのか?

 戦うとしたら、動けない艦でどう戦うつもりなのかを尋ねていた。


 本当はどう戦うのかを立案するのが参謀の仕事なのだが、現状では仕方がない。

 艦が氷山に乗り上げてしまっているのだ。

 回避行動も取れないのに作戦もへったくれもない。

 お手上げだ。


「やむを得ない。降伏しよう」

「!」


 そんな!

 提督!

 と言わんばかりの視線が集まるが、皆すぐに俯いてしまった。


 提督の言う通りだ。

 もはや第二艦隊にできることはなかった。


「さあ、白旗を掲げよう」

「……はっ」


 命令はメインマストの見張り員に伝えられ、すぐに白旗が掲げられた。


 対するリーベル側は反応がない。

 捕虜を護送する船について話し合っているのだろうか。


 白旗で降伏の意思は伝わったと思うが、手旗信号を追加しようかと相談していたときだった。

 見張り台の伝声筒から叫び声が。


「敵艦発——」


 敵艦発砲!

 言い終える前に途切れたが、報告の叫びが見張り員の最後の言葉だった。


 ドォォォンッ!


 爆音と共に見張り台が吹っ飛んだ。

 火装弾だった。

 魔法艦から飛んできた。


「奴ら、白旗を!」


 提督の隣で参謀が呻いた。

 白旗を掲げてから時間が経っている。

 白旗と砲撃のタイミングが重なってしまった不幸な事故ではない。


 リーベル軍はしっかり確認してから白旗に撃ち込んできた。

 つまり、こういう意味だ。

 貴艦隊の降伏は受け入れない。

 戦闘を続行する、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る