第122話「最強の秘訣」
帝国第二艦隊の白旗を吹っ飛ばした後、無敵艦隊の砲撃は止まなかった……
ド、ド、ドドドォン!
ドドン! ドン、ドン!
ドォン、ドンッ!
撃ち出される砲弾は貫通弾が多い。
出撃前から、帝都に潜伏していた密偵からの報告で、帝国艦隊の帆船軍艦はすべて防盾艦に改装済みであることを知っていた。
だからまずは貫通弾で装甲板を削る。
ガァンッ! ドガァッ!
ゴォンッ、ゴガァッ! ガンッ!
命中!
また命中!
いくらネイギアス製装甲板とはいえ、同じ所を繰り返し撃たれればいつかは穴が開く。
そして穴が開くと透かさず火装弾が撃ち込まれ、帝国の防盾艦は内部から焼かれた。
対する第二艦隊は必死に抵抗し続けた。
火装弾が艦内にまき散らした火に砂や海水をかけ、懸命の消火作業を続けた。
だが限界はやってくる。
貫通弾で削られ、焼かれた艦体はやがて崩壊する。
このまま艦に留まれば艦の崩壊に巻き込まれて命を落とす。
そう判断した艦長が退艦を命じるのは当然だった。
「やむを得ん! 総員退艦!」
氷山に乗り上げた艦首が丁度盾のようになり、艦尾からボートが脱出していく。
一艘、二艘、三艘……
ところが、
ドン、ドォンッ! ドンッ!
盾からはみ出たボートをリーベルの砲弾が襲った。
「ぎゃあぁぁっ!」
「うわあああぁぁぁっ!」
帝国兵たちは次々とやられていった。
流れ弾ではない。
世界最強の艦隊の砲兵は狙いが正確だ。
すべて狙い通りに命中した。
「退艦中止! 戻れぇっ!」
艦長は直ちに命令を撤回したが、一人も戻ることはできなかった。
「なぜだっ!? なぜ白旗を、なぜ部下たちを——」
ガガガッ、バキバキバキッ!
艦長の叫びは、耐えきれず崩壊する艦体に押しつぶされて消えた。
***
無敵艦隊の残敵掃討が続く。
帝国艦隊は白旗を掲げていたが、受け入れるつもりはない。
よって彼らはまだ敵なのだ。
敵は倒すのみ。
とんでもない屁理屈だ。
真面な人間は誰も納得しない。
ミルアベルトも内心では納得していなかった。
無敵の魔法艦隊に憧れて海軍に入ったが、世界最強の舞台裏など見たくなかった。
「リーベル海軍は、なぜ世界最強でいられるのか?」
海軍に入ったばかりの頃、上官から問いかけられた。
新米だった彼は、魔法艦が他国艦より優れている点を挙げていった。
〈海の魔法〉とか、魔力砲の性能とか。
結果は不正解だった。
尋ねられているのは世界最強の理由だ。
「他国より優れている点を挙げよ」ではない。
弱虫が最強の剣を手にしても、無敵の存在になれはしない。
ミルアベルトの耳にはいまでも、正解を語る上官の冷たい声が残っている。
正解は……
「同じ敵に、二度と会うことがないからだ」
人は失敗から学び、いつか乗り越えていく。
生きてさえいれば。
その中から、魔法艦の攻略法を思い付く奴が現れるかもしれない。
ゆえに、リーベル海軍は戦った相手を全員海に沈めてきた。
白旗を掲げようが、和平交渉を申し込んでこようが、情けは無用だ。
投降兵も自分の中の情けも、魔力砲で粉砕しろ。
それが、
「世界最強でいられる秘訣だよ」
「…………」
まだ実戦前の新米には、きつい教えだった。
当時は魔法艦が汚く見えたものだ。
でも実戦に出て、すぐに理解した。
世界最強は綺麗事ではなかった。
敵も必死なのだ。
死に物狂いでこちらを殺しに来る。
そんな恐ろしい敵が今回の敗戦をよく反省し、次の戦いでは攻略法を引っ提げてやってくるかもしれない……
新米ミルアベルトも世界最強の〈掟〉に従わざるを得なかった。
それから月日は流れて、いまは参謀として甲板に立っている。
目の前で繰り広げられているのは虐殺ではない。
用心だ。
参謀としてはそれで通すべきだ。
それでも白旗を掲げている相手を撃つのは、気分の良い作業ではない。
魔力砲の砲手たちの中にも真面な人間はいる。
ついに耐えられない者が出始めた。
「もう嫌だ、嫌だぁぁぁっ!」
見れば、帝国兵たちが砲撃の合間を縫って、こちらによくわかるように無数の白旗を振っている。
その白旗に躊躇いなく照準を合わせることができる奴は悪魔だ。
砲手は悪魔ではなく人間だったらしい。
魔力砲の装填作業を放り出し、頭を抱えてしまった。
人間として、砲手は間違っていない。
しかしここは戦場だ。
リーベル兵としては間違っている。
砲術士官は砲手の顔に指揮刀を突きつけた。
「何の真似だ! 敵前逃亡か?」
敵前逃亡は死刑だ。
敵を殺したくないなら、自分が死ぬしかない。
士官からどちらにするか問われた砲手は……
涙を拭いて、兵士に戻った。
その様子をミルアベルトは黙って見ているしかなかった。
砲手の気持ちはわかるが、砲術士官の気持ちもわかる。
士官の仕事は砲手たちを統率し、砲撃を滞りなく行うことだ。
たとえ本心では〈秘訣〉に反対だったとしても。
参謀としては士官に賛同する。
泣いて蹲っていれば敵が消えてくれるわけではない。
ならばさっさと片付けて終わりにするべきだろう。
悪魔の所業を。
***
リーベル艦隊は総勢六四隻の大艦隊だ。
とはいえ、帝国艦隊へ全艦で一斉砲撃をしているわけではなかった。
砲撃しているのは前衛艦隊と本艦隊合わせて三〇隻くらいだ。
だから帝国艦隊も抵抗することができたのだ。
付与弾の滅多撃ちに遭いながらも、帝国第二艦隊の提督と参謀たちはそれでも生きようと藻掻いていた。
艦尾から装甲板を外し、穴が開いた艦首装甲板に内側から当てて補強する。
これで少しは耐えられるが、一時凌ぎに過ぎない。
そこで考え出したのが、艦尾砲で最後尾艦の氷山を割る作戦だった。
全艦突撃とはいえ、先頭艦と比べて後方艦は追突しないように速度を抑えていた。
そのおかげで深く乗り上げてはいなかった。
最後尾艦に伝声筒で確認すると、氷山には艦首がめり込んでしまっただけで乗り上げてはいないという。
つまり、氷山を割って脱出させることができれば、この艦を救助艦にできるということだ。
リーベル艦隊は自分たちに近い順に帝国艦を潰している。
奴らが順番に拘っていてくれる内に、最後尾艦を脱出させなければ!
「各艦、艦尾砲の準備が整い次第、砲撃開始! 氷山を砕け!」
白旗を掲げながら砲撃するという嘘つきのような有様だが、相手は白旗を狙って撃つ連中だ。
いまさら気にしても仕方がなかった。
「撃てぇぇぇっ!」
「てぇぇぇっ!」
艦首に砲撃を受けながら、その振動の中で氷山に照準を合わせる。
しかも急がなければ間に合わなくなるという緊迫した状況の中で、生き残っている帝国艦たちの艦尾砲が次々と火を吹いていった。
ドン! ドォンッ! ドン——!
結果は、遠、遠、近、遠、近……
第一射の弾着結果を元に、砲手たちが狙いを修正する。
そして第二射!
氷山は……
ゴガァッ!
ビキッ! ビシッ、ビキビキバキッ!
ズズゥンンンッ!
割れた……
氷山がひび割れ、最後尾艦が解放された!
「よしっ!」
提督も周囲の兵たちも希望に目が輝く。
とはいえ、問題がまだある。
ボートで近付こうものなら付与弾が飛んでくる。
どうやって最後尾艦に乗り込めばいい?
だが、提督と参謀たちがまだその答えを出せない内に、風を掴んだ最後尾艦が動き出した。
氷山から脱出できたことは、確実に魔法艦隊からも見られている。
間髪入れずに動き出すことは間違いではない。
「提督、これより救助に向かいます!」
最後尾艦改め救助艦の声が伝声筒から流れてくると、水兵たちの表情と声に明るさが戻った。
提督も心が決まった。
「総員、艦首の〈盾〉からはみ出ないよう注意しつつ、速やかに退艦せよ!」
「はっ! ボート用意!」
悩むまでもなく、答えは一つだった。
救助艦が来たら、魔力砲にやられないようボートで近付き、舷側から何本も下ろされている縄梯子に取り付く。
これしかない。
魔法艦隊は、まだ白兵戦の先陣を切ろうとしていた艦に集中している。
その間に、救助艦はまだ助かりそうな艦の艦尾をゆっくり通りながら生存者を拾っていった。
提督も縄梯子の一つを必死に上がった。
命拾いできた嬉しさと、囮役を全うすることができなかった悔しさを噛みしめながら……
***
リーベル艦隊は帝国艦隊の艦尾砲に気付いていた。
最後尾艦が氷山から脱出できたことも知っている。
知っていながら、近い帝国艦から順に破壊し続けた。
帝国だけではない。
世界中が誤解していることがある。
魔法艦隊の攻撃対象は敵艦ではない。
敵艦に乗っている人間だ。
だから敵艦の破壊にかまけて、救助艦が目に入らないわけではなかった。
わざと一隻見逃がしておいたのだ。
その一隻に帝国軍の将兵が集まるように。
〈掟〉はリーベル側にとってもきつい作業だ。
さっきの砲兵のようなことがこれ以上起きないよう、一隻で済ませたい。
血気盛んに突っ込んできた防盾艦の始末が終わった頃、救助艦も粗方の生存者たちを収容し終えた。
そろそろ頃合いだ。
「前衛艦隊より追撃艦を出せ! 残敵を掃討せよ!」
総司令官の命令を受け、前衛艦隊から三隻の魔法艦が〈すぐに〉救助艦追撃に向かった。
すぐに……
準備がいいのは、いつものことだからだった。
いつも通り、追撃命令が下ることを知っているからこその準備の良さだった。
いつもの遠距離戦でも、敵艦が水没後のトドメを忘れたことはない。
リーベル海軍にとって、これが戦だ。
世界最強の座から引き摺り下ろされたくなければ、逆らった者は全員海の底に沈めるしかない。
追撃艦三隻が動きだしたときには、救助艦はもう西へ逃走を始めていた。
東からの順風を受ければ逃げ足は速まるが、追撃艦の追い足も速まる。
兵員満載の重い一隻と適正人員の軽い三隻が追いかけっこをしたら、重い救助艦が捕まるのは必然だった。
三隻はあっと言う間に追い付き、標的を射程に捉えた。
ところが遠巻きに並走するのみで、砲撃が始まらない。
追撃艦たちに一つの問題が起きていた。
付与弾が尽きていたのだ。
帝国艦隊の防盾艦が思っていたより硬かった。
てっきり帝国製の装甲板だと思っていたが、他国製だったらしい。
これまでの砲撃で付与弾を使い果たしてしまった。
そこで、追撃艦たちから総司令官に許可を求めてきていた。
魔法を使っても良いか、と。
「いや、それではネイギアスに……!」
提督の隣で伝声筒を聞いていたミルアベルトは反対するが、付与弾が尽きたらどうするのか?
魔法禁止を貫けば、救助艦を仕留め損なう。
通常弾は沢山あるが、普段より接近して撃たなければならず、その距離は敵艦からの砲撃も届く。
障壁が張れないので、下手に接近しすぎれば白兵戦を仕掛けられる虞もある。
魔法を解禁すれば、救助艦を仕留めるのは簡単だ。
通常弾に魔法を付与することもできるし、魔力砲に直接魔法を装填することもできる。
いつも通りに安全な遠距離から誘導射撃で木端微塵にできる。
ただし、これほど南下してしまった現在地では、ネイギアス艦隊に感知されることを覚悟しなければならない。
「~~~~っ」
ミルアベルトは苦虫を嚙み潰したまま俯いてしまった。
ややこしいことになってしまった。
〈掟〉と作戦が衝突してしまうなんて。
しかしいつまでも沈黙していられない。
追撃中の三隻に早く返答しなければ。
沈黙を破ったのは総司令官だった。
「まあ、仕方があるまい。誰も——」
誰も、帝国艦の装甲板があれほど強靭だとは思わなかったのだから。
まるでリーベル製かネイギアス製のようだった。
……いや、ネイギアス製だったのかもしれない。
帝国海軍の財力では、全艦の装甲板をリーベル製で揃えることはできまい。
考えられるのは、ネイギアスから帝国への極秘軍事支援だ。
「〈老人たち〉め……」
表では関税問題で揉めておきながら、裏では装甲板を提供していたのかもしれない。
長距離砲撃を凌げれば、リーベルを妨害できると思ったか。
「本国からの小言は、ワシが甘んじて受けよう」
総司令官の心は決まった。
……無敵艦隊の運命を左右する決断を、大して悩まずあっさりと。
「魔法の使用を認める! 通常通り、敵を討て!」
追撃艦たちの魔法が解除された。
各艦の詠唱陣では、魔法兵たちが本来の使命に戻っていく。
すぐに魔力砲の砲口の奥が赤く光り出した。
かつて、北一五戦隊を全滅させたときのように赤々と。
「撃ち方、用意!」
三艦の砲撃は魔法を直接装填する火力弾の一斉射撃だ。
準備が整うと、砲術士官たちは指揮刀を高く掲げた。
…………
……掃討戦の詳細を記すのは控えたい。
あまりにも酷すぎる。
リーベルにとって、白旗を掲げる者の命と世界最強の看板を比べたら、後者の方が大切だった。
それだけだ。
この日、帝国第二艦隊を全滅させた遠征艦隊は予定を変更した。
台風の後ろを西進するつもりだったが、アレータ島を先に済ませることにした。
帝国はネイギアスから軍事支援を受けていた。
でなければ、あの帝国艦のしぶとさは説明がつかない。
では、証拠として一隻拿捕すれば良かったのかもしれないが、無駄なことだ。
証拠を突き付けても、お決まりの言い訳が待っている。
ネイギアス製の呪物は転々と諸国を流通し、最終的に誰の手に渡るかは与り知らん、と。
お互い無駄な話はやめるべきだ。
ウェンドア会談など無駄だった。
三国同盟に加盟しておきながら、帝国に装甲板を提供しているような〈くそじじい共〉と話すことなど何もない。
であれば、アレータ島は早急に抑えるべきだ。
帝国討伐の後に控えているネイギアス討伐のために。
征東軍には少々遅れると連絡しておこう。
洋上待機などしていたら上陸が遅れて、帝国陸軍が浜の防備をより一層固めてしまうと抗議されそうだが……
そのときは北岸へ艦隊の一部を派遣して、征東軍の上陸支援をしてやれば良い。
遅れによる不利は取り戻せる。
もう魔法の気配のことを気にする必要はない。
岩島へ向かうのは前衛艦隊ではなく、遠征艦隊全艦だ。
ネイギアス艦隊が待ち伏せていたら、六四隻で捻り潰してくれる。
総司令官は遠征艦隊全艦へ命令を下した。
「全艦、アレータ島へ向かえ!」
***
帝国第二艦隊は一隻残らず海の底に沈んだ。
無敵艦隊は近距離でも無敵だった。
彼らの勇気は、無駄だったのか……
…………
違う。
無駄なんかじゃない。
巣箱艦隊は無敵艦隊の正確な位置を知らない。
リーベル軍が南下してくるというのは、トライシオスの予想だ。
誰も「絶対に南下してくる!」という確信があるわけではない。
だから魔法の気配がないと告げられた途端、艦隊内で迷いが生じてしまった。
このままアレータ島で待つべきか。
それとも帝都沖へ合流すべきか。
雷竜・火竜合わせてたった二〇騎しかいない。
待ち伏せ組と合流組に分けたら、数が少なすぎてどちらも遂行できなくなる。
分けられない以上、どちらかに絞らなければならないが、判断の基礎となる情報がない。
巻貝でトライシオスに情報を求めたが、出撃中の魔法艦に密偵はおらず、大陸東岸に現れたという報告がないことから「セルーリアス海のどこかを航行中」としか言えなかった。
巣箱艦隊は迷いの霧に巻かれて一歩も動けない。
この霧、無敵艦隊の位置をラーダが感知できれば綺麗に晴れるのだが……
だから、誰かが無敵艦隊に魔法を使わせなくてはならない。
その誰かが第二艦隊だった。
無敵艦隊の付与弾に耐えられたのはネイギアス製装甲板のおかげだが、消火作業や補強作業を諦めなかったのは彼らの勇気だ。
彼らがしぶとかったから無敵艦隊に付与弾を消耗させ、ついには魔法を使わせることができた。
また彼らのしぶとさは、無敵艦隊にネイギアスの関与を疑わせ、アレータ島へ積極的に向かわせることにもなった。
追撃艦三隻からのトドメの魔法攻撃を食らいながら、提督たちは無駄死にだったと涙したことだろう。
でも、彼らの勇気は無駄なんかじゃない。
無駄どころか、無敵艦隊の位置が天敵にバレるように仕向けた。
救助艦が撃たれたとき、南の水平線の向こう側で——
ソヒアムの艦首に立つ天敵の一人が伝声筒を掴んだ。
「こちらラーダ、無敵艦隊を捕捉した!」
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