第82話「辛い立場」

 小火竜たちの災難は続いた。

 敵は弱虫共五頭とその背に乗っている人間共だ。

 たったこれだけだ。

 なのに、手も足も出ない。


 いや、出してはいるのだ。

 手や足どころか、竜炎も出し惜しみせずに放射し続けている。

 しかし悉く躱されてしまう。


 弱虫共は一定の距離を保っており、押せば引き、引けば押してくる。

 そうやって適切に間合いを取り、炎が伸びる先を確認してから悠々と回避運動を取っている。


 火竜たちは皆、これをどれだけ続けても状況打破にはならないとわかっている。

 わかっているが、やるしかなかった。

 炎が止んだ途端、すぐにあの棒がクルクル回転しながら飛んでくるからだ。


 あの棒は危険だ。

 投げさせないためには、炎で牽制し続けなければならない。


 火竜は生まれつき火の力を宿している。

 だからといって、息をするように炎を吐けるわけではない。

 いくら歌が上手くても、不眠不休で歌える人間がいないのと同じだ。

 火竜たちは次第に疲弊していった。


 疲弊すれば余裕がなくなり、苛立ちが募っていく。

 苛立ちは冷静な判断を阻害し、更なる過ちを生む。

 辛抱できず、群れから飛び出した火竜は別働隊と同じ末路を辿った。


 群れからはぐれた一頭に雷竜が組み付く。

 もし一遍に三頭はぐれたら、火竜群を囲む小隊は二騎に減る。

 先程、実際にそういう状況が発生した。


 低空へ逃げる二騎を、怒り狂った火竜の群れが一塊となって追いかけた。

 何も疑わずに……


 木々の先端の少し上を滑るように逃げる雷竜たち。

 その進路前方の地上では、エシトスたちのスリングが空に向かって唸りを上げていた。


 まず、小隊二騎が通過。

 続いて火竜群がエシトスたちの上を通過しようとする。

 だが、


「撃てぇっ!」


 全地上班の伝声筒にレッシバルの号令が流れた。

 それを合図に、地上班は一斉にスリングから何かを放った。

 石ではない。

 炸裂弾だ。

 拳大の丸い手投げ弾なので、石弾と同じように投擲できる。


 ヒュ……


 スリングから放たれた炸裂弾は風切り音だけを残し、枝と枝の間にぽっかりと空いていた青空へ消えていった。

 程なくして、


 バババババァン!

 バンバァン!


 火竜群は炸裂に巻き込まれた。

 完全に意識が雷竜へ向かっている最中の出来事だ。

 避けられるはずがなかった。

 この爆発によってさらに数頭が墜落し、群れは削れていった。


 地上にも侵入者がいた。

 雷竜に気を取られ、そのことをすっかり失念していた。


 一体どうするのが正解なのか?

 火竜たちはわからなくなってしまった……



 ***



 火竜たちは追い込まれていた。

 数はいまでも優勢なのだが、その有利をうまく活かすことができない。


 数で勝っているのだから、多少強引でも突撃して蹴散らせば良いのでは?

 ……何度もそうした。


 だが奴らの動きは速く、激突する前に逃げてしまう。

 これを奴らが怯んだのだと解釈するのは間違いだ。

 追撃した個体は、閃光で目をやられて別働隊のように……


 奴らは巧みに群れを分断させ、はぐれた個体から順に落としていく。

 ならば孤立するまいと密集するが、爆弾と棒が飛んできて、どうしても分断される。


 低空へ逃れた雷竜を追うのも危険だ。

 下から爆弾が飛んでくる。


 あとは……

 高空で勝負するか?

 上策とは言い難いが。


 小火竜・小雷竜共に他の生物を狩る際の狩猟法は同じだ。

 日差しの中に潜み、高空から爪や牙で襲い掛かる。

 これは共通だ。

 獲物探しに適した高度も同じ位だろう。


 狩られる側にとってはどちらも高空から襲い掛かってくることに違いはない。

 ところが、小竜同士の戦いとなると話が変わってくる。


 有利な高度で戦いたい。

 相手を不利に追い込みたい。


 有利な高度……

 つまり火竜と雷竜では、得意とする高度が違うのだ。


 空は高くなればなるほど寒くなり、空気が薄くなる。

 火にとって辛い場所だ。

 火の力を身に宿している火竜にとって、高すぎる空は不利な場所だった。

 なるべく〈低い〉空で戦いたい。


 対する雷竜は違う。

 雷は火のように温度や高度の影響を受けない。

 高・低、どちらでも十分に実力を発揮できるのだから、雷竜は高度が高ければ高いほど良い。


 シグ竜たちは得意の〈高い〉空で戦えば良かったのだ。

 そうすれば森から追放されることもなかっただろうに……


 できればそうしたかった。

 だができなかったのだ。

 巣や稚竜を狙われたら、不利を承知で低空戦に付き合うしかない。


 しかし今日は逆だ。

 付近の森のどこかに火竜たちの巣がある。

 弱虫共を近付けたくない。


 数で圧倒できれば良かったのだが、少し見ない間に弱虫共は見違えるほど手強くなっていた。

 もはや火竜たちには、不利と知りつつ高空戦に付き合う道しか残されていなかった……


 そのときだった。


「ガオオオォォォ……ッ!」


 特大の咆哮が森と空を震わせた。

 その雄々しさは、人も竜も区別なくその場にいた者たちを一斉に振り向かせた。


 声は少し離れた地上からだ。

 衆目の中、木々の先端を騒めかせながら、一頭の小火竜が上がってきた。


 紹介も説明も要らない。

 貫禄に溢れた雄叫びが名乗りとなっている。

 ボス竜だ。



 ***



 ついに、小火竜のボスが現れた。

 身体が完全に森から抜け出すと、


「ゴォアアアァァァッ!」


 わかる。

 こういうときは人も竜も共通だ。

 きっと「コラァァァッ!」と怒鳴っているに違いない。


 激怒しているボス竜に対して不謹慎だが、レッシバルは村の親父たちを思い出した。


 親父というものは家族におけるボスだ。

 探検隊の〈任務〉がバレる度、親父たちからよく「コラァァァッ!」と怒鳴られた。

 子供自身や村にとって危ない悪戯だったからだ。


 きっとあのボス竜も親父と同じだ。

 群れを、家族を、危険から守る立派なお父さんに違いない。

 巣を守っていたが、子分たちだけでは手に負えないと判断して上がってきたのだ。


「すまない」


 レッシバルはボス竜へ詫びながら騎銃を取り出した。

 空中で次弾装填はできないが、事前に装填しておけば空中で一発だけ撃つことが出来る。

 飛び立つ前、発煙弾を装填してきた。


 本当にすまない。

 森で静かに暮らしているだけなのに、縄張りを踏み荒らしてしまって……

 だがブレシア人を絶滅から救うため、どうしても小竜たちの力が必要なのだ。



 ***



 森の小火竜に対するレッシバルの謝罪は終わった。

 許してもらえるとは思っていない。

 これから、さらにボスの尊厳を踏みにじるような真似をするのだから。


 一度、深呼吸をして気持ちを整えると、伝声筒で地上へ呼び掛けた。


「エシトス、出てきたぞ! 用意はいいか?」

「いつでも!」


 地上ではエシトスだけでなく、他の竜騎士たちも上を向いていた。

 これから、頭上を発煙弾が飛んでいく。

 その軌跡を見逃がさないようにするためだ。


 再びボス竜が咆えた。

「雷竜のボスよ、前に出てこい!」という意味だろう。

 つまり、ボス同士の一騎討ちで勝敗を決めようということだ。


 形勢は火竜側に不利だ。

 このまま続けたら、群れが総崩れになりかねない。

 だからこその一騎討ちだ。


 勝利できれば不利を覆し、侵入者共を追い返せるかもしれない。

 追い返せなかったとしても、封じこまれて萎縮してしまった子分たちの士気を高めることができる。


 英断だ。

 そして勇敢だ。

 余計に、自分たちがこれからすることの卑劣さが際立つ。


 多少の後ろめたさを感じるが、レッシバルはすぐに心の裏側へしまい込んだ。

 作戦の邪魔だ。

 こいつらを手懐けなければ次へ進めない。


 すでに散々、皆で話し合ったことだ。

 森の小火竜は、餌不足で悩んでいたシグ竜たちとは事情が違う。

 一度叩きのめして強弱をわからせるしかない、と。


 もはや躊躇うまい。

 村の子レッシバルは、軍人レッシバルに戻った。

 引き金にかけた指に力を入れる。


「許せ」


 パァァァンッ!


 放たれた発煙弾が空に真っ直ぐな線を引きながら、ボス竜の方へ向かっていく。

 驚いたボス竜は回避行動に移りかける。

 だが、軌道を見て当たらないと瞬時に判断し、こちらへの突撃を再開。

 小癪な真似と受け取られたらしく、さらに怒りを買ってしまったようだ。


 レッシバルは撃ち終えた騎銃をしまい、両手で手綱を握った。

 雷竜小隊はこれより、ボスがおっかないので逃げることにする。


 正々堂々?

 馬鹿々々しい。

 そんなことは都の正騎士共に言え。

 こちらは理に従うだけだ。


 理——

 悪ガキを追いかけてゲンコツするのが親の道なら、ゲンコツしに来る親から逃げるのが悪ガキの道だ。

 これが連々と続いてきた人類普遍の理だ。


 ボス竜に、村で鍛えられてきた探検隊の逃げ足を見せてやる!


「全騎、上昇!」


 号令一下、小隊は高空へと逃れていく。

 それを見たボス竜も斜め上への突撃に切り替えた。


 先頭を飛ぶレッシバルが振り返ると、ボスの牙からチラチラと漏れ落ちている炎が見える。


 ——熱そうだな。


 あの炎は親父たちのゲンコツに相当するものだ。

 何が何でもこちらへお見舞いするつもりなのだろう。


 しかし彼は恐れない。

 恐れるどころか、作戦がうまくいったとほくそ笑んだ。


 発煙弾はボスを狙ったものではない。

 狙いは、小火竜の巣だ。

 地上班に、巣の方向を知らせるために撃った。


 これより、地上班は巣を強襲する。

 ……ように見せかける。

 その間、空中班は囮になり、ボスを含めた火竜群を高空へ引き付けておく。


 逆に、強襲に気付いたボスが巣の防衛へ戻った場合は、地上班が囮に変わる。

 そして空中班が上から叩く。

 巣ではなく、ボスを。


 捕獲隊の目的は、あくまでもボス竜を従わせることだ。

 巣に危害は加えないが、加えるように見せかけて注意を分散させる。


 卑怯?

 別に構わないではないか。

 かつて、火竜たちもシグ竜たちに同じことをした。

 しかも見せかけのレッシバルたちと違い、実際に卵や稚竜に危害を加えている。


 巣を攻撃された雷竜たちは、持てるだけの卵や稚竜を連れて逃げた。

 だが気が立っている火竜はさらに追撃し、雷竜の仔たちは次々と落とされていった……


 これは勝手な憶測ではない。

 タンコブ岩に落ちていたフラダーカの卵がその証拠だ。

 だから実害を出した火竜たちに比べれば、卑怯くらいかわいいものだろう?


 怒り心頭のボスは何も疑わずに小隊を追いかけている。

 やがて、


「ゴォッ!」

「ゴッ!」


 巣に残っている雌竜たちが一斉に警戒の声を上げた。

 近くに見慣れぬ騎兵が現れたからだ。

 エシトスたちだ。


 火竜の巣は、木々をなぎ倒して作ったのか、上昇と着地がしやすい丸くて広い空間だった。

 ここまで大規模だと、巣というより集落に近い。

 そこに沢山の雌竜や稚竜が固まっていて、エシトスたちを睨んでいる。


 声は、小隊の上昇に付き合っていたボスにも届いた。


「~~~~っ」


 前では子分たちが「親分、助けて!」と泣き、後ろでは雌竜たちが「あんたぁっ、早く戻ってきてぇっ!」と悲鳴を上げている状況。

 空中戦の最中、ボスに迷いが生じた。

 何度も後ろ下方を振り返ったり、正面上方を睨んだり……

 上昇が止まり、空中で停滞してしまった。


 種族は違うが同じ男として、気の毒な立場だと同情する。

 同情はすれど、容赦はしないが。


 小隊も上昇から水平飛行に移り、カイリーを取り出した。

 しかしすぐには投げない。

 ボスの決断を待つ。


 身は一つ。

 しかし危機は二つ。

 さあ、どちらを叩きに行く?

 ヒタヒタと巣に迫る地上班か?

 子分たちをジワジワと削ぎ落していく空中班か?


 レッシバルたちはどちらでも構わない。

 空中班を選んでくれた場合、歓迎の用意は万全だ。

 全騎カイリーを振りかぶり、ボスに狙いを定めている。

 そして、その間に地上班は遠慮なく……


「…………」


 ボス竜は空中班を睨み続けている。

 やはり当初の予定通り、空の侵入者から片付けるのか?

 空中班の誰もがそう思った。

 だが次の瞬間、レッシバルは叫んだ。


「散開っ!」


 小隊が瞬時に反応して散らばり、誰もいなくなった空を業火が吹き抜けた。


 ゴオォォォゥッ!


 溜めに溜めた怒りの炎だった。

 とはいえ、小隊を焼き払うために吐いたのではない。

 子分たちの戦いを見ていたのだから、遠くからの放射では当たらない相手だということは百も承知だ。


 それでも全力で放射したのは、威嚇のためだった。

 大火炎を見せて怯ませ、その間に……

 ボスは、巣を選んだ。

 身を翻し、残火が残る空から地上班目掛けて降下を開始した。


「ガオオオォォォッ!」


「貴様らぁっ!」とか「許さんっ!」と叫んでいるのだろう。

 咆哮に気付いた地上班は、蜘蛛の子を散らすように木々へ逃げ込んだ。


 ボスは親切だ。

 わざわざ咆えてくれて「これからそっちへ行くぞ」と知らせてくれた。


 それに引き替え、空中班は不親切だった。

 ボスの降下を見るやカイリーをしまい、急降下で背後に迫っていた。

 咆え声一つあげずに。

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