第71話「岩場へ」

 帝都を発したトトル一行は数日後、ピスカータ村に着いた。

 トトルとレッシバル隊はここから別行動になる。


 トトルは村で待っていたワッハーブと取引を。

 レッシバル隊は一泊し、エシトスを加えた合計六人で明朝、西へ出発する。

 断崖の岩場へ。


 レッシバルはまずは小雷竜からと考えていた。

 村に近い方である岩場を先にし、その後に森林へ向かうという流れが自然だ。


 会談で意見を出し合った結果、迎撃艦隊の構成は〈巣箱〉四隻と、護衛の巡洋艦は多くても四隻に留めるべきだと決まった。

 迎撃艦隊は素早さが命だ。

 それ以上多いと動きが鈍る。


〈巣箱〉一隻につき一個小隊五騎。

 合計二〇騎で無敵艦隊を迎え撃つ。

 隊長殿は、これから残りの火竜隊予定の竜騎士一四人を集めなければならなかった。


 その間、再びエシトス先輩にフラダーカを預け、雷竜隊四騎の訓練を任せる。

 帝都から一四人を引き連れて戻ってくる頃には、雷竜隊として形になっているはずだ。


 あれ?

 確か、火竜隊の指揮をエシトスに任せるという話だったような……


 その通りだ。

 変更したわけではない。

 エシトスが小雷竜捕獲に参加しているのは、ラーダのためだ。


 留守の間、ラーダもフラダーカを相手に騎乗訓練を積んでいたので、小竜隊に同行できそうだ。

 後は、大人しく彼を乗せてくれる竜を入手しなければ。


 隊を無敵艦隊まで案内するだけだ。

 乗せてくれるなら雷竜・火竜どちらでも良い。


 ところが、野生の竜が認めるのは勇者だけだ。

 彼は魔法使いとして優秀なのだが、武力に優れた勇者かと問われると……


 そこでエシトスが乗りこなしてから、ラーダに引き継がせることにした。

 竜は最初、勇者しか受け付けないが、一度、人を乗せるという経験を積ませれば、後は余程の下手でもない限り、ひどい抵抗はしない。


 余程の下手——

 たとえば正竜騎士とか。

 竜に階級は通用しないので、横暴且つ扱いが下手だと〈二人目以降〉でも騎乗を拒まれる場合がある。


 その点、ラーダなら心配ない。

 横暴ではないし、フラダーカともうまくやれていたようだ。

 新しい竜ともきっとうまくいく。


 エシトスは大変だ。

 せっかく手懐けた竜を引き渡し、また一から……


 だが、今回の捕獲や訓練が無駄になることはない。

 小雷竜で培った経験は小火竜のときに役立つ。

 彼も〈本番〉で火竜隊を率いる隊長になる。

 レッシバルに次いで竜の扱いに慣れていなければならない。



 ***



 夜が明けて——

 ワッハーブを見送った後、トトル商会とレッシバル隊は、それぞれの仕事に取り掛かった。


 トトル商会は仕入れのために帝都へ上る班と、村で留守番をする班に分かれた。

 トトルは帝都へ上る班だ。

 寄り道しながら帝都へ向かう。


 手に入れた品々を、商会が直接帝都へ持ちこむことはない。

 寄り道先の商店や行商等へ少しずつ卸していき、帝都へ着くまでには全ての積荷を立ち寄った村や街の産物と入れ替える。

 出処不明の品々は、行商たちに少しずつ帝都へ持ち込んでもらうのだ。

 南から、北から、時には西からも……


 レッシバル隊も出発した。

 久しぶりに主を乗せたフラダーカが嬉しそうに先行し、その後ろをエシトスたち五人が馬で続く。


 アレータ海では丸腰だったが、今回は違う。

 フラダーカ鞍上のレッシバルは革鎧で武装している。

 宿屋号から帰るとき、ワッハーブに頼んで西方で発達している革鎧を調達してきてもらった。


 帝国では鉄製防具が一般的であり、陸軍竜騎士団でも鉄製だったが、レッシバルは革製を選んだ。

 大型竜なら鉄で身を包んだ竜騎士でも苦にならないが、小竜の場合は確実に動きが鈍る。

 小竜は素早さが命だ。

 鉄の鎧など論外だった。


 宿屋号で航空攻撃の話を切り出されたときから、重量のことを考えていた。

 陸軍でも重量のことは考慮しており、陸軍竜騎士の鎧は騎士団の物より軽量だったが、それでも小竜には重い。


 元より、空に斧槍を持って行くつもりはない。

 どうせ次弾装填はできないのだから、銃も地上に置いて行く。


 だが小道具はいくつか持って行きたい。

 小型連弩や炸裂弾等だ。


 小道具と竜騎士を合わせると、それなりの重量になる。

 その上、鎧?

 薄片鎧も鎖帷子もやめておいた方が良い。


 敵はこちらを撃ち落とそうと弾幕を張ってくるだろう。

 鉄製の鎧で身を守りたかったが、それでは小竜の長所が死んでしまう。


 彼は覚悟を決めた。

 革鎧で良い。

 銃弾のいくつかは鎧を貫くかもしれないが、致命傷は避けられるだろう。

 丸腰で弾幕に突っ込むよりはマシだ。


 勇敢というより度胸試しに近い。

 これが後に「真っ当な竜騎士になりたいなら陸軍へ、運試しがしたいなら海軍へ」と揶揄される由縁だ。


 海軍竜騎士団の命知らずは、この小雷竜捕獲行のときからすでに始まっていた。



 ***



 まだ日は高かったが、もう少しで岩場というところでレッシバル隊は野営した。

 ピスカータからここまで結構な距離だった。

 フラダーカを休ませなければ。

 明日、戦いが待っているのだから。


 焚火を囲みながら、レッシバルは陸軍竜騎士団に転向した頃のことを思い出していた。


 新米竜騎士だった彼はある日、座学を受けた。

 最初の竜騎士たちが、如何にして野生の竜を従わせたのかという苦労話だ。


 餌を運んだり、機嫌をとったりしていれば、竜の警戒心が次第に薄れていき、隣に座っていても威嚇してこなくなるかもしれない。

 だが、住処の隣に引っ越してきた〈お隣さん〉ではダメなのだ。

 騎竜にするためには、人間が主にならなければ。


 まだ主と認めていない人間がその背に乗ろうとすれば、必ず暴れる。

 だからどうしても人と竜の戦いになる。


 竜が諦めるまでしがみついていられれば人間の勝ち。

 人間を振り落とすことができれば竜の勝ち。


 この我慢比べに勝利し、我々は竜騎士団を組織することに成功したのだ。

 ……と講師を務めていた副団長は座学を締め括った。


 大型竜は食物連鎖の頂点に君臨している生物だ。

 小竜より小さい人間は、脅威どころか小物だ。

 卵や稚竜に危険がないとわかれば、小物が鱗に触れたくらいで怒りはしない。


 だから逆に、小竜よりは手懐けやすいともいえる。


 背に跨るまでは「小物が何かしているな」と眼中にない。

 跨られて初めて「小物が何をするか!」と暴れ出すのだ。

 それからしがみついて根性を見せれば勇者だと認めてもらえる。


 自分たちも、岩場で同じようにするつもりだったのだが……


 レッシバルはフラダーカの頭を撫でてやりながら、明日出会う小雷竜たちのことを思い浮かべた。


 小竜は大型竜に比べて感覚が鋭い。

 触れればすぐに気付くし、反応が早い。

 背に跨るより早く人間の企みを悟り、大暴れするのではないだろうか?


 孵化に立ち会い、ずっと育ててきたフラダーカでも初回の抵抗はあった。

 野生の小竜たちの抵抗は、フラダーカの比ではないだろう。


 加えて、彼らは生存を脅かされ続けてきた。

 同族・他種族問わず、敵対心で一杯のはずだ。

 岩場は決して暮らしやすい土地ではないが、そこを追われたらもう後がない。

 視界に入ったものは全て敵と見做し、排除しようとするだろう。


 リーベルのことがなければ、そっとしておいてやりたい。

 でも、後がないのは我々ブレシア人も同じだ。

 民族をリーベルから救うには、彼らの力が絶対に必要だ。


 よって、座学で聞いた穏便な方法は諦めた。

 手荒いが、敵対心の塊のような個体を大人しくさせる方法——

〈力尽く〉だ。


 竜舎でも実際にあった。


 個体によって性格が違うので、孵化から立ち会った〈親〉でも騎乗を拒む頑固な若竜がいる。

 そういうとき、成竜に騎乗した竜騎士が若竜を押さえ付けた。

 一騎で足りなければ数騎がかりで。

 その隙に〈親〉が跨る。

 後は通常の流れだ。

 諦めるまでしがみつく。


 フラダーカの親兄弟かもしれない竜たちに、手荒な真似はしたくなかったが、やむを得ない。

 明日は〈力尽く〉だ。


「グウゥゥゥ……グルルル……グウゥゥゥ……」


 レッシバルは撫でていた手をフラダーカの頭から下ろした。

 いつの間にか眠ってしまったようだ。

 幸せそうに牙の間から涎が垂れている。

 稚竜の頃から変わらない。


 明日は同族との再会だ。

 岩場上空を飛んでいれば向こうから飛んでくる。


「おおっ! 大きくなったな、フラ坊!」

「おっちゃん、兄ちゃん! 会いたかった!」


 ……という感動の再会にはならない。

 たとえフラ坊でも、縄張りに入ってくるものは敵だ。

 こちらは溜雷。

 あちらは放射。

 明日は雷の撃ち合いになるだろう。


 まずは血気盛んな雄竜が突っかかって来る。

 凌いだら他の雄竜も加わり、一対多数の戦いに。

 それでも撃退できなければボスが出てくる。


 このボスをねじ伏せたい。

 そうなればレッシバル組が新たなボスだ。

 以後、竜たちはある程度、従順になる。

 そうすれば初騎乗の抵抗が減り、その分だけエシトスたちの苦労も減る。


 ただし注意しなければならないのは、あくまでも〈ある程度〉だということだ。

 竜は犬や馬とは違う。

 従わせたからといって、すんなり背に跨れると思ったら大間違いだ。

 エシトスたちにとって明日は試練の日になる。


 試練はレッシバルも同様だ。

 小雷竜たちは大事な騎竜だ。

 なるべく傷つけないように制圧しなければ。

 岩場上空は、気苦労が絶えない戦場になるだろう。


 彼は篝火の明かりで小道具の確認を始めた。

 殺傷が目的ではないので、炸裂弾は空へ持っていかない。

 連弩もだ。


 代わりに閃光弾を多めに持って行く。

 他にも煙幕弾や音響弾もあるが、彼我共に高速飛行の最中では煙幕の効果は薄く、強烈な音は小雷竜たちだけでなく、フラダーカにも被害が及んでしまいそうだ。

 閃光弾なら後方へ投げれば、フラダーカの目は眩まない。


 後、もう一つ。

 カイリーを用意しておいた。


 カイリーは狩猟用の投擲武器だ。

 ブーメランに似ているが、投げた後、こちらへ戻ってこない。


 いや、むしろ今回は戻ってこない方が良い。

 どうせ空中では取ることも拾うこともできないし、下手に戻ってこられると、自分で投げたブーメランに当たってしまう危険がある。


 これは投げたら確実に失っていく消耗品だ。

 一本では足らない。


 そこで、帝都からここまでの道中、薪の調達ついでにちょうど良い形の物を集めておいた。

 拾う度、枝の両端を削り、布を巻き付ける。

 鋭い先端が竜に刺さって怪我をしないように。


 フラダーカの鱗は銃弾を弾いたが?


 確かに小竜の鱗は銃弾より硬いが、カイリーで狙うのは頭部だ。

 眼球に鱗はないので、もし目に命中したら失明してしまう。

 あくまでも怯ませるのが目的だ。

 刺突傷を負わせないようにしなければ。


 今日も野営の準備のときに拾ってきた。

 篝火の明かりを頼りに両端を丸く削り、布を巻き付けていく。


「…………」


 レッシバルは布を巻き終えたカイリーを見ながら明日を思う。


 どちらも僅かな差ではあるのだが、一般的に火竜は力に優れ、雷竜は速さに優れる。

 明日は、大型竜より速さに優れる小竜の、さらに小火竜より速い小雷竜との力比べだ。

 いや、正確には速さ比べか。


 一対一ならフラダーカの圧勝だ。

 いくら小雷竜といえども、カツオドリには敵うまい。

 だが、囲まれたら自慢の速力を発揮できない。


 レッシバルの仕事は、その囲みからフラダーカを離脱させることだ。

 そのときが来たら、閃光弾もカイリーも躊躇わない。

 それでも……


 岩場へは、狩りに来たのではない。

 力を借りにきたのだ。

 陸軍の大型竜と竜騎士のように、小竜と絆を作っていきたい。


 願わくは——

 どうか使わずに済みますように……


 淡い希望だ。

 しかしそれが無理だということは知っている。

 知っているからこそ、万全の用意を整えてきた。


 レッシバルは何度も死線を越えてきた。

 歳は若いが、歴戦の勇者だ。

 現実の戦場に希望や私情を持ち込むことはない。

 歯向かってくる敵に対しては、冷静に対処する。


 明日は、一頭の小雷竜をフラダーカとレッシバル二人掛かりで地に叩き落す。

 そして囲まれる前に離脱し、態勢を整えて次の一頭を狙う。

 これを繰り返し、最後はボスに勝つ。


 フラダーカよ、親類共に見せてやれ。

 鍛えてきたカツオドリの凄さを!

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