第67話「小竜の夢と魔女の皮肉」
無敵艦隊を空から攻撃する——
高らかに宣言してみたものの、誰もトライシオスに付いていけなかった。
レッシバルでさえも。
「……気は確かか?」
最も当てにしている海の竜騎士からも正気を疑われ、多少の落ち込みを禁じえなかった。
だがトライシオスは仕方ないと思い直した。
誰だって、初めて見聞するものをすぐに受け入れられはしない。
だからこそ、これから理解してもらうのだ。
まずは確認する。
雷竜と、いつどこで出会ったのか?
「いつどこで、って……」
レッシバルは明かすのを一瞬躊躇った。
さっきまでなら「貴様が知る必要はない!」と突っ撥ねるところだ。
まだその感覚が残っていた。
急には変われない。
でも、いまは違うということを頭では理解している。
杖計画を滅ぼすという一点において、自分たちとトライシオスの意見は一致している。
〈老人たち〉を信じ切ることはできないが、この件が解決するまでは信じて良いと思う。
帝国を嵌めても、次は連邦の番だとこいつ自身が言っているのだから。
考えた末、レッシバルは正直に明かすことにした。
名はフラダーカ。
帝国南方でタンコブ岩と呼ばれる巨岩の側で卵を拾った、と。
「フラダーカ……〈偉大な雷〉か。強そうな名前だね」
「おまえ、わかるのか?」
さすが情報通の国だ。
大陸南部の方言がわかるとは。
褒められたトライシオスは少し照れ笑いしながら、地図を出して場所を確認した。
「タンコブ岩……」と呟きながら、正確に巨岩の場所へ人差し指を落し、そこから少し西へ滑らせる。
指が止まった場所は海岸だった。
海岸といってもピスカータのような砂浜ではなく断崖の岩場だ。
名は特にない。
海岸から少し内陸へ進んだところに街道が通っているだけだ。
辺鄙な場所なので、大人たちから近付くなと注意されていた。
モンスターや肉食獣が跋扈しているとか。
巡回隊を征西軍に投入していたので手薄になり、いまは子供の頃より悪化しているだろう。
トライシオスは「なるほど」と呟きながら、コクコクと頷いていた。
——何かあっただろうか?
レッシバルは現在の街道を見ていないので、子供の頃を振り返ってみるが……
オオカミか何かに食い千切られたゴブリンの残骸が気持ち悪かったことくらいしか思い出せなかった。
——こいつの策とあの辺りの海岸に何の関係が?
レッシバルは不思議がるが、トライシオスは世間話の一環で尋ねたわけではない。
語ろうとしている策に必要なことだから確認したのだ。
おかげで彼が掴んでいる情報が正しいと確信できた。
「いきなり『無敵艦隊を空から』ではわからなかったかもしれないな」
言葉足らずを詫び、彼は詳しい説明を始めた。
要するに、こう提案しているのだ。
もっと人と小竜を集めて、小竜隊を組織しよう。
ソヒアム等の補給艦は防盾艦化するのではなく、フォルバレントのような竜の母艦に改造する。
この母艦群で小竜隊を運び、無敵艦隊を迎撃しよう。
「そんなことが……」
あまりにも荒唐無稽すぎる。
女将以外の全員が思わず呻いてしまった。
本当にそんなことができるのか?
困惑するのはわかるが、できる、できないと問答を繰り返しても仕方がない。
こういうことは当事者に尋ねるのが一番だ。
「どうだい? ソヒアム号の艦長」
トライシオスはザルハンス艦長に尋ねた。
「…………」
即答できない。
考えもしなかったことだ。
補給艦で竜を運ぶなんて。
でも頭ごなしに「前例がない!」と突っ撥ねはしない。
トライシオスは正しい。
前例があることは無敵艦隊がすでに対策済みだ。
前代未聞の攻撃を仕掛けるしかない。
いま重要なことは補給艦本来の用途に合致しているかではなく、補給艦で可能かどうかだ。
その方向で考えてみる。
フラダーカは若竜だ。
あと少しだけ大きくなるが、大体あの位の大きさのものが乗り込んでくると想定する。
まず、発着の邪魔になるものはすべて甲板から撤去しよう。
敵探知円の外側で発艦させるのだから砲撃戦にはならない。
大砲も撤去する。
砲がないのだから砲弾も火薬も必要ない。
修理用の資材等も最低限で良い。
これでかなり広い空間を確保することができる。
すると、補給艦一隻当たり……
「詰めて六頭……状態良く運ぶなら五頭」
「では一艦につき、一個小隊五騎で」
海軍竜騎士団の一個小隊五騎という編成はこの日から始まった。
随分、あっさりと。
***
補給艦をネイギアス製鋼化装甲板で防盾艦にする案は消えた。
だが、装甲板は予定通り提供してくれるという。
「……?」
不可解な話だ。
ネイギアス製は決して安物の粗悪品ではない。
敵射程外から小竜を発艦させるのだから、提供してもらっても使い道がなくなってしまった。
他国への売り物にした方が良いのではないか?
だが、探検隊の疑問に対してトライシオスは首を横に振る。
「逆だよ。ワッハーブ経由で提供するから、ザルハンスが海軍で使うといい」
いや、だから「使え」と言われても、一体何に?
「ルキシオで建造中の帆船軍艦に貼り付けて防盾艦にするといい。帝国の——」
帝国の動向を探っているリーベルの密偵の前で、無敵艦隊来襲に備えて防盾艦を作っていますという振りをしろ。
どうせ通常艦では歯が立たないのだから、無駄な努力を重ねている振りで、密偵の目を引き付けてもらおうではないか。
「…………」
暫しの沈黙。
だが探検隊はすぐにトライシオスの狙いを理解できた。
「帆船軍艦は、囮というわけか!」
「その通り」
もし標的が他国だったとしても、やはり頑丈な防盾艦を作って対抗しようとするだろう。
悪あがきとしりつつ。
だから帝国が防盾艦に力を入れることは自然な流れだと言える。
でもこれだけでは囮として弱い。
そこで帆船軍艦の防盾艦化と並行し、陸軍竜騎士団も増強する。
「ちょっと待ってくれ」
竜騎士団と聞き、レッシバルが反応した。
「承知の上での話だと思うが——」
前置きの後、陸軍の竜は大型種だと反論した。
大型竜は強力だが、その自重ゆえにあまり遠くまで飛べない。
仮に戦場海域まで無理矢理飛ばしたとしても、あんなに鈍重では遠くから見つかって魔力砲の的になるだけだ。
フラダーカだからやれたのだ。
大型竜の数を増やしても本作戦の役には立たない。
トライシオスは静かに頷いていた。
レッシバルの言う通りだ。
しかし狙いが違うのだ。
「君たちブレシア人は、自分たちのことがよくわかっていないようだ」
現在、帝国は海も陸も封鎖中だ。
ゆえに他国からどう見られているか、知る由もないのかもしれないが……
前回征西軍は、竜を防魔の長壁の近くまで辿り着かせることができた。
各国でそのことが評判になっている。
この場合の評判とは、高く評価しているという意味ではない。
脅威と感じているということだ。
リーベルもその一つだ。
弱小海軍は眼中にないが、大陸最強の陸軍、特に竜騎士団を警戒している。
帝都攻略戦において最大の脅威となる部隊だから。
いまも密偵は、帝国軍が山岳地帯で大型竜を殖やし、訓練に励んでいる様子を本国に報告していることだろう。
だからこそ、奴らの目が釘付けになるように大増強してみせるのだ。
奴らを騙そうと思ったら、防盾艦だけでは弱い。
帝国陸軍の次期主力部隊を囮に使うくらいのことはしないと。
増強が始まったら、噂も流そう。
装甲板で補強したとはいえ、所詮は弱小海軍だ。
無敵艦隊に敵うはずがなく、コテンパンにやられて敗走するのが目に浮かぶ。
やはり当てになるのは陸軍だ。
竜騎士団だ!
「……という噂はどうだろう?」
「……り、陸軍竜騎士団を……囮に……」
話の規模の大きさに圧倒されているレッシバルの横で、シグは一人静かに舌を巻いていた。
帝国に潜伏しているリーベルの密偵は有能な連中だろう。
有能だから噂を鵜呑みにせず、裏に何かないか探るはず。
でも……
その何かを、見つけられるだろうか?
防盾艦と陸軍。
帝国にこの二つしかないことは誰の目にも明らかだ。
船大工は日夜問わず改装作業に励み、竜騎士は死に物狂いで訓練に励む。
他の者たちも懸命にそれぞれの職務を全うする。
別に、何の不思議もないだろう?
その裏で……
小竜隊を用意していると想像できるだろうか?
帝国をいくら見張っても、そこに真実はない。
真実は、ここにある。
迷信の双胴船に。
***
皆、トライシオスの策が段々わかってきた。
勝ち目がない艦隊戦を捨て、小竜隊による航空戦を仕掛けようということだ。
艦対艦で無敵を誇る奴らも、いままで見たことがない航空戦隊には即応できまい。
これは奇襲だ。
リーベルに知られてはならない。
知られれば直ちに対策され、帝国の命運は尽きる。
そのような事態を防ぐため、関与する者を厳選し、それ以外の者には一切知らせない。
たとえ、同じブレシア人だったとしても。
囮が念入りになるのも頷ける。
使者ではなく、トライシオス自らが宿屋号へやってくるのも機密保持のためだ。
そういうことなら、小竜を小竜と呼ぶのも控えた方が良いだろう。
ということで、暗号名を付けることになった。
何か、良い名はないか?
浮かんでは消え、浮かんでは消え……
皆で悩んでいると、レッシバルが挙手した。
「〈ガネット(カツオドリ)〉はどうだろう?」
ガネットは、フラダーカがなりたかったものだ。
だがどれほど憧れても、竜がカツオドリになれはしない。
ならば、せめて暗号名だけでもガネットと呼んでやりたい。
夢を叶えてやりたい。
「ガネット……」
「うん、いいんじゃないか」
全員、異議はなかった。
誰も小竜のことだと連想することはできないだろう。
魔法艦隊へ急降下で襲い掛かるガネット……
良い名だ。
小竜はガネット。
ガネットを収容する母艦は〈巣箱〉と呼ぶことに決まった。
この場で決まった暗号名があと一つ。
密盟の名だ。
いつまでも「密盟」というのも何かコソコソ悪巧みをしているようで決まりが悪い。
何か良い密盟名を付けようという話になった。
帝国と連邦の関係を推知されない名……
いろいろ出たが、最終的には女将の案に決まった。
〈最終的に〉というのは、ここでもまた一悶着あったからだ。
小竜の名と違い、女将案について反対者が出た。
そこで多数決をとることになったのだが……
結局、賛成七票、中立一票、反対一票で女将案が可決された。
今後は女将案に従い、この密盟を〈シージヤの集い〉と呼称する。
中立はワッハーブだった。
〈シージヤ〉という言葉の意味がわからなかったからだ。
シージヤとは、大陸南部の方言で〈短剣〉とか〈刃〉を意味する。
つまり、先程の投げナイフのことだ。
この名には「投げナイフの集い」という女将の皮肉が込められていた。
レッシバルは断固反対だ。
しかし、七対一ではどうにもならなかった。
元はと言えば己の行いが招いたのだ。
どんなに不服でも、公平な多数決の結果を潔く受け入れるしかなかった。
「ま、まあ、いいよ。それよりも——」
レッシバルは再び手を挙げた。
補給艦の話になってしまったので言いそびれてしまったが、このままでは本作戦が成立しなくなる。
小竜隊というが、それほど沢山の小竜がどこにいるのだ?
母艦を増やしても乗せる小竜がいなければ意味がない。
もっともな質問だ。
だがトライシオスはその点を失念していたわけではない。
さっきのザルハンスといい、いまのレッシバルといい、探検隊の連中は問題提起が上手い。
おかげで楽に話を切り出せる。
「竜は——ここだ」
トライシオスは皆にも注目するよう促しながら、広げてある地図の一点を指で軽くトントンと叩いた。
全員の視線が集中する。
そこは、フラダーカとの出会いを説明していたときに指でなぞっていた断崖の岩場だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます