第58話「空中捜索」
上昇していたフラダーカは不要になった数本の稲妻をバラバラと吐き出し、水平飛行に移行した。
第三次攻撃に備えて、上昇しながら次の溜雷を作り始めていたのだった。
なんと賢い竜だろう。
「ありがとう、フラダーカ。おまえのおかげで皆助かった」
「ガァウ!」
レッシバルが首を撫でながら褒めてやると、嬉しそうに一声咆えた。
「…………」
暫し放心する。
厳しい戦いだった。
勝ったという実感が湧かない。
命拾いという言葉の方がしっくりくる。
沈没した海賊船の周囲を大きく一周、二周、と旋回している内に段々と戦闘の興奮が冷めてきた。
「そういえば——」
ネイギアスの海賊船にどうしてリーベル兵が乗っていたのだろう?
落ち着きを取り戻すにつれ、疑問が浮かんできた。
ネイギアス海賊はややこしい。
正規軍入りを目指している行儀の良い一家もいれば、都市と契約はしているが自由を優先している一家もいる。
あいつらはリーベルと親しい一家だったのだろうか?
「もしかしたら——」
ふと、一抹の不安が過った。
シグの仕事に迷惑をかけてしまったかもしれない。
彼は海上封鎖問題に関するリーベル担当官だ。
その幼馴染が船諸共、海軍魔法兵に溜雷を撃ち込んで木端微塵にしてしまった。
まずかったか?
「でも、悪いのはあいつらではないか」
別にこちらから攻撃を仕掛けたわけではない。
魔法艦かどうかを確認していただけだ。
なのに、いきなり撃ってきた。
しかもフォルバレントにも攻撃を仕掛けようとした。
シグにはすまないが、戦うしかなかったのだ。
「ん?」
レッシバルは自分の「いきなり撃ってきた」という独り言に引っかかった。
そういえば、自分たちより先に撃たれた者がいた。
海賊船の後ろについていた商船だ。
僅かな水夫たちが避難した後、砲撃を受けて爆散した。
あれほどの大爆発だ。
亡くなった者の方が多いかもしれないが、まだ生存者もいるかもしれない。
事情はわからないが、撃たれたということは海賊の仲間ではなかったということだ。
救助しなければ。
——空から探し、フォルバレントに拾ってもらおう。
伝声筒を取り出す。
だが、
「レッシバル! 無事か?」
掴んだ途端、トトルたちの声が溢れ出た。
偶然にも、両者が伝声筒を取り出したタイミングはほぼ同時だった。
戦闘中、フォルバレントの船尾からずっと心配していたのだ。
フラダーカがレッシバルを連れて雲海へ逃げてくれた後、一同はネイギアス海賊との交戦準備を進めていた。
ところが突然、奴らは何かと戦い始めた。
何事かと望遠鏡を向けると、丸い視界の中で小さな影が海賊船に纏わりついている。
レッシバルとフラダーカだ。
——おまえらだけでも生き延びろ、と伝えたのに!
失念していた。
フラダーカもピスカータ育ちだった。
大人しく言うことを聞いてくれるはずがなかった。
でもいまは探検隊魂を発揮している場合ではない。
改めて「即刻逃げろ!」と強く伝えよう。
トトルは伝声筒を取り出しかけた。
だが、
「…………」
中止して、ポケットに戻した。
逆の立場だったら、やはりフォルバレントが退却できる時間を稼ごうとするだろう。
ならばレッシバルたちの退却を促すためには、自分たちが早く遠ざからなければ。
彼らの気持ちを理解したトトルたちは面舵を一杯に切り、西へ針路を変更したのだった。
回頭中も船尾から戦況を見守っていた。
だから海賊船が吹っ飛ぶところも見た。
まさか、あのリーベルの熟練魔法兵を返り討ちにするとは……
フォルバレントの甲板が喜びに包まれた。
レッシバルの勇気と皆で可愛がっていたフラダーカのお手柄に沸く甲板。
しかし喜びはすぐに心配へ変わった。
あいつらは無事だろうか?
硬い鱗で守られているフラダーカはともかく、レッシバルが心配だった。
戦いに行くわけではないので、通常、皮革の鎧も着けずに偵察に出ていた。
ところが海賊船と戦闘になり、激しい集中砲火の中を突っ込んでいった。
何発かは食らっているかもしれない。
早く安否を知りたかった。
でも突撃中に話しかけたら集中の妨げになる。
却って危険度が増してしまうと悟り、グッと堪えていたのだ。
幸い、レッシバルは無傷だった。
フラダーカも怪我はない。
被害といえば、何発か鱗に当たって鬱陶しかったくらいだ。
〈兵は神速を貴ぶ〉というのは本当だった。
速さは攻撃に役立つだけでなく、身を守る術でもあるのだ。
暫し、互いに生き延びられたことを喜んだ後、本題の救助の話に入った。
正直、殺されていたかもしれない海に好き好んで近づきたくはないかもしれないが、遭難者を放置するわけにはいかない。
話を聞いたトトルたちは、フォルバレントの針路を再び東へ戻した。
海で困っている船がいたら助け、漂流している者がいたら拾う。
たとえ相手がネイギアス人やリーベル人だったとしても。
それが海を往く者の心得だ。
海賊に撃たれたのだから、後続船に乗っていたのは海賊ではない、というレッシバルの話も一理ある。
海賊ではないというなら、尚更救助せねば。
これは他人事ではない。
もしかしたら、漂流しているのは自分たちだったのかもしれないのだから。
レッシバルたちは先行して上空から捜索し、ラーダは船首に立ち、生命の気配を感知しようと集中を深める。
他の船員たちも救助の用意を整えていく。
針路、アレータ島近海へ。
一人でも多くの遭難者を救えると良いが……
***
フォルバレント号は後続船が沈没した辺りで停船した。
ボートを下ろし、急いで救助を開始する。
急ぐ理由は二つある。
一つは遭難者のため。
もう一つは自分たちのためだ。
アレータ島の近海はもう安全ではない。
本当は以前から危険な場所だったのかもしれない。
封鎖艦隊のことばかりで、ネイギアス海賊のことを失念していた。
奴らの縄張りはネイギアス海の少し外側の海だ。
そこで待っていれば獲物の方からやってくる。
……と思っていた。
でも今日から認識を改める。
奴らは遙か外のアレータ海まで出張してくる。
しかも魔法使いを乗せて……
遠出する海賊はさっき戦った連中だけではないだろう。
グズグズしているとそいつらが来るかもしれない。
フォルバレント一同、もう海で魔法使いと戦うのは懲り懲りだ。
生存者へ呼び掛ける声に力が入る。
「おーい! 生きている奴はいないかーっ!」
「助けに来たぞーっ!」
しかし、周囲に反応はない。
後続船は海賊船の砲撃が火薬に命中し、内側から爆発して沈んだ。
殆どの者は即死している。
運良く生きていたとしても無事ではない。
水夫たちの声に手を振り、大声で応えられるはずがなかった。
仕方なく、人影らしきものを見つけると接近し、一つ一つ確認して回った。
皆一様に衣服がボロボロだ。
爆風でやられたという意味ではない。
元からという意味だ。
どうやら彼らは奴隷だったらしい。
腕が鎖で繋がれている。
伝声筒で報告を受けたトトルたちは海賊船の行動に合点がいった。
あいつらはアレータ海まで狩りに出てきたのではなく、奴隷を売りに行く途中だったのだ。
奴隷は条約で禁止されているが、「奴隷」という品名で売買しなければ良いだけだ。
実際には別の品名で流通しているというのが現状だ。
自分たちの手で攫ってきたのか?
ロミンガンで仕入れたのか?
あるいは両方か?
きっとリーベルや北方の国々で売り捌くつもりだったのだろう。
ところが海の真ん中で小竜が飛んできて、その背には人間が乗っていた。
甲板の下に何を積んでいようと、レッシバルからは見えなかったのに……
それでも後ろ暗い彼らは、慌てて証拠隠滅を図った。
遠くに船が見えただけなら落ち着いて対処できたのかもしれないが、空から見下ろされるというのは想定外だったのだろう。
その結果が後続船撃沈とフォルバレント号追撃だった。
「妙な海賊共だったな」
甲板のトトルは、望遠鏡で生存者を探しながらポツリと呟いた。
いま、こうして救助活動をしているから積荷が奴隷だったとわかったのだ。
レッシバルたちが上空を通り掛かった時点ではわからなかった。
そのままネイギアス商船の振りをしてやり過ごせば良かったのに。
処罰者不在の条約がそれほど恐ろしかったのだろうか?
だとしたら、随分と臆病な奴が海賊になったものだ。
通りすがりの交易船をやり過ごす度胸もないなら、奴隷貿易などやめておけば良かったのだ。
トトルがそう感じるのも無理はなかった。
杖計画を知らないのだから。
***
午後、予想通り暗雲が低く垂れ籠め、逆に波は高さを増していった。
やはりこれから荒れるようだ。
急がねば。
レッシバルとフラダーカは上からの捜索を続けていた。
周辺を見渡し、気になるものが見つかると高度を下げて確認に行く。
人間、もしくは人間のようなものだったら付近のボートに連絡し、違っていたら高度を上げて次を探す。
ボートだけだったら高波の影に隠れた生存者を見落としていたかもしれない。
竜は海の魔法に対してだけでなく、遭難者の捜索にも威力を発揮した。
波に視界を遮られることがない空から発見し、ボートが指示された地点へ向かう。
そうやって次々と救助していった。
いや、〈次々〉というのは言い過ぎか?
実際にはすでに亡くなっている者の方が多かった。
焦げていたり、手足が千切れていることから、水死というより最初の爆発で亡くなっていたようだ。
おそらく砲撃前に飛び込んだ水夫は海賊で、奴隷たちの見張り員だったのだ。
彼らは船内各所へ火薬樽を配置してから避難した。
結果は御覧の通りだ。
生存者は僅かで、生きていたとしても重傷か重体だ。
あとは目撃したフォルバレントを沈めれば救助する者がいなくなり、海賊共の証拠隠滅は完了する。
胸糞が悪い。
いまもフォルバレントへ運んでいた重傷者がボート上で息を引き取った。
これでは明日どころか今晩中に殆どの者が……
レッシバルの伝声筒から「ちくしょう……!」という憤りの声が漏れ聞こえてくる。
何とも痛ましい。
「誰か、誰か無事な奴はいないのか……!」
左右下方を見渡しながらレッシバルも悲憤を漏らした。
いや……
あれほどの爆発の中で、無事な奴などいるわけがない。
それは彼もわかっている。
それでもせっかく引き上げたのに、後からポツポツと亡くなっていくのはやっぱり悲しい。
「ほら見ろ、おまえなんかに誰も救えるものか」と大きな何かに指差されているようで腹が立つ。
「必ずや、一人も残さず引き上げてやるぞ!」、と意気に燃え、海面に視線を走らせていく。
そのときだった。
「フォルバレントよりレッシバル!」
トトルからだった。
「こちらレッ——」
「大至急戻ってこい! 早く!」
伝声筒を取り出して応答しようとするも、その言葉を遮られてしまった。
何があったのか?
声から焦りや狼狽が伝わってくる。
商会長を務めるだけあって、普段の彼は温厚な男だ。
怒鳴ることも、取り乱すこともない。
こんな彼は珍しい。
何があったのか尋ねても、「とにかく早く戻れ!」の一点張りで要領を得ない。
空中で首を傾げるが、只事でないことは確かだ。
伝声筒では済まず、帰還を求められるというのが理解に苦しむが、戻れというなら戻るしかあるまい。
レッシバルは「了解」と短く返し、フラダーカを旋回させた。
「グルル?」
「ああ、何だろうな?」
眼下ではまだ捜索が続いている。
ボートから身を乗り出し、浮かんでいる者を確認している様子や、数人の生存者をフォルバレントへ運んでいるボートが見える。
最後にもう一度確認した。
左右下方だけでなく後方遠方も。
漂流者らしき人影はない。
また、水上では概ね生死の確認が完了しつつあった。
あとは生存者たちを運ぶだけだ。
安心したレッシバルは前を向き、着船に集中することにした。
飛び立つときと違い、着船は少々難しい。
陸なら着陸予定地点から多少外れても問題ないが、船では正確に狙った場所へ降りなければならなかった。
着船予定は、マストとマストの間だ。
毎日、偵察から帰る度に翼をぶつけないよう細心の注意を払っている。
船首か船尾に降りられると楽なのだが……
フラダーカは小型種の若竜だが、それでもすでに小屋ほどの大きさだ。
そんな大きなものが船首や船尾に勢いよく飛び乗ったら転覆の危険がある。
ピスカータでいろいろ試してみた結果、甲板中央へ着船するのが一番安全だった。
その代わり、竜騎士に高い着船技術が求められてしまうが。
前方のフォルバレントがどんどん大きくなっていく。
——少し速いか?
手綱を操り、フラダーカに速度を下げさせる。
これも一気に下げると失速するし、速すぎれば勢い余って船の反対側に落ちる。
手前で空中停止してからゆっくり甲板に接近する方法もあるのだが、竜の羽ばたきは力強い。
村で試したとき、マストの近くで棒立ちだった船員が羽ばたきの横風に吹き飛ばされて海へ落ちた。
面白かったので落ちた者も含めて大笑いで済んだが、甲板の近くであまりバタバタとやらない方が良いと学んだ。
いま、甲板は生存者と手当てしている船員で一杯だ。
着船のために何とか中央を空けてくれている状況だろう。
今日は特に難しい着船になる。
真上で空中停止し、ゆっくり降下することも考えた。
横風よりはマシかもしれない、と。
だが甲板に落ちた風は、横風となって四方八方に吹き荒れる。
……笑えない。
やはりレッシバルたちが頑張るしかない。
失速しないギリギリの低速で接近した後、羽ばたくのではなく翼を立てて減速しながら甲板中央にそっと降りるのだ。
フォルバレントがさらに大きくなった。
甲板で手旗を上げている船員が見える。
「いつもより静かにいくぞ、フラダーカ」
愛竜に声をかけながら、レッシバルは手綱を握り直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます