第29話「失意の帰郷」
竜舎での一件の後、静養して健康を取り戻したレッシバルは、エシトスと一緒にピスカータ村を目指していた。
随分と月日が経ってしまったが、久しぶりに墓参りの帰郷だ。
帝都から村へは、馬で何日もかかる。
家族の命日だからと簡単に帰郷できる距離ではなく、孤児院時代は、帝都の神殿で祈りを捧げるしかなかった。
大人になると準騎士になり、騎兵第七一戦隊所属となった。
七一戦隊は、帝都北西の村々を巡回するのが任務だ。
その後の北一五戦隊、竜騎士団第六戦隊も南方は通らない。
これでは帰りたくても、なかなか帰れない。
……というのは、口実だ。
長期休暇だってあったのだから、帰郷することは可能だった。
本当は、焼き滅ぼされた故郷を見たくなかったのだ。
だからずっと、帰郷を延期する理由を並べてきた。
準騎士が身一つで帰ってきて何になる?
帰るなら、南方砦の司令になって、海岸を守る大量の大砲や、巡回する騎兵の増員、そういった手土産を持参できるようになってから。
もっともらしい言い訳だ。
しかし、除隊によって、南方砦の司令になれる可能性は潰えた。
大砲も騎兵も、そして竜も連れてくることはできなかった。
そのことを、両親たちに詫びなければならない。
除隊と騎竜剥奪をきっかけに、ようやくその決心がついた。
エシトスは何度も帰郷している。
探検隊の中で最多だ。
彼の場合は、詫びに帰っているのではなく、焼け跡を片付けたり、墓を綺麗に維持管理するためだったが。
陸軍に入ったレッシバルとは違い、彼は孤児院退所後、配達屋をやっていた。
モンスターに占領されていない帝国領内を南北に走り、荷を届ける。
その合間に、少しずつ瓦礫を片付けていった。
おかげで村はいま、墓以外は更地に戻り、かつての惨状を思い出させるものはない。
レッシバルが帰郷を決心できたのも、彼の功績が大きい。
二人は隣村に泊まり、朝になってから故郷の村へ向かった。
別に更地で野宿でも良かったのだが、墓に供える花が要る。
そのために一泊したのだった。
村で買った花を持ち、しばらく馬を歩かせて行くと、次第に風景が見慣れてきた。
昔、林だったところはいまも林だし、落雷でもない限り、目印の大木も健在だ。
やがて——
ザァァァン……
ザァー……
孤児院へ出発する日、励ますように見送ってくれた波の音が優しく出迎えた。
おかえり、と。
二人はピスカータ村へ帰ってきた。
***
村に到着すると、まっすぐ墓へ。
案内はいらない。
まだ幼かった自分たちが葬式を執り行ったのだから、その場所がわからないということはない。
墓前で馬を下りる。
「皆、今日はレッシバルが帰って来たぞ」
「ただいま」
二人は、一つの墓石の前へ一緒に花を置いた。
村の本来の墓地は別の場所にあるのだが、あの日の犠牲者たちはここにまとめて埋葬されていた。
レッシバルの家族も、エシトスの家族も大きな一つの墓石の下に眠っている。
そのような埋葬になってしまったのにはわけがある。
ネイギアス海賊に村が滅ぼされた日、巡回隊の隊長の機転で、子供たちを避難させることに成功したのだが……
翌日、村は隊長の想像通りになっていた。
八つ裂きだ。
あの日、ゴブリン共が夜襲を予定していた。
ところが、いざ村へ雪崩れ込んでみると、昼間の内に海賊の襲撃で滅んだ後だ。
奪える物は何も残っていない。
頭に来た奴らは……
翌朝、隊長は二隊に分かれて出発した。
部下数騎を護衛に付けた子供たちの集団と、隊長と残りの騎兵に神官を加えた先行隊だ。
正解だった。
先行隊が到着すると、村人たちはもはや原型を留めておらず、〈どれ〉が〈誰〉の物かわからない。
隊長たちにとって彼らは友人だったが、ほくろの位置や手足の形を正確に覚えているわけではない。
身内に判別してもらうしかないのだが、この惨状を子供たちに見せるわけには……
そういう事情があって、一つにまとめて埋葬されることになったのだった。
当時、幼かったレッシバルは、無断で一まとめにされていたことに不信感を抱いたものだが、いまならわかる。
隊長たちは、いい人たちだったのだ。
八つ裂きにされた家族を、見せないようにしてくれた。
墓には、レッシバルの両親の名も列記されている。
埋葬されてから随分経つが、エシトスが定期的に手入れをしてくれていたおかげで読める。
レッシバルは両親並びに村人たちへ報告した。
正騎士を諦めて準騎士になったこと。
その後、竜騎士になったこと。
そして——
結局、大砲も竜も、この村に持ち帰ることができなかったことも。
ここに、巫女がいないことが残念だ。
巫女なら霊感があるので、レッシバルに伝えてあげられたのに。
彼は仇を討てなかったことを詫びているが、両親も村人たちもそんなことは気にしていない。
そんなことより、逞しい若者に育ったことを喜んでいた。
それに……
この子はすべて終わったと打ちひしがれているが、まだだ。
むしろ、これからが本番だ。
いま、東の海の遙か彼方、魔法王国でとんでもないことが行われている。
外法などという表現では生温い。
邪法だ。
この子は——
竜将レッシバルは、その邪法を止めるために生まれてきた勇者だ。
そうとは知らず、何もかも無駄だったと墓前で嘆いているが、そんなことはない。
村の潰滅を見て、敵が海にいると知った。
陸軍での日々は、その敵に〈届く〉武器は何かと探し求めてきた日々だ。
無駄なものなど一つもない。
悪魔の国には、英雄ロレッタ卿の〈海の魔法〉があり、誰も敵わない。
彼女はリーベルの誇りそのもの。
だったら何だ?
ロレッタ卿がリーベルの誇りなら、レッシバルはピスカータの誇りだ。
英雄を超える英雄だと信じている。
〈海の魔法〉にだって勝てる。
しかし、いまは悪と戦うための武器がない。
だから早く会いに行け。
もう近くまで来ている。
〈遠く〉まで〈届く〉竜将の相棒が。
***
エシトスは、ぜひ、レッシバルに会わせたい者がいた。
だが、村には二人しかいないし、他に誰かがやってくる気配もない。
「本当にここなのか? 別の日だったんじゃないのか?」
レッシバルにしてみれば、当然の問いだ。
対してエシトスは、
「場所はここで間違いない。ただ——」
ただ、期日については、正確にこの日と決めていなかった。
というより、決められる相手ではないのだ。
随分と曖昧な説明だ。
レッシバルが首を傾げてしまうのも無理はないが、エシトスは「会えば理解できる」と言うばかり。
待ち人は今日か、明日、遅くとも明後日までには現れるはずだというが、それまで暇だ。
レッシバルは懐かしい場所を見て回ることにし、エシトスはこのまま村で待つことになった。
一人残り、野宿の用意を始める。
待ち人とは何度も会っているが、いつもこんな感じだ。
彼が先にやってきて、ここで到着を待つ。
随分とだらしない待ち人だと思うかもしれない。
だがこれには、仕方がないと納得せざるを得ない理由があった。
待ち人の正体は、海の交易商人だ。
いま、その商人と組んで仕事をしている。
船だから、場所の約束は守れるが、期日については難しい。
いつ到着できるかは風次第なのだ。
大体の予測はできるが、実際にどの位の遅れが出るかは、そのときになってみないとわからない。
これは陸の者が融通を利かせるしかなかった。
ゆえに、野宿しながら商人の船が現れるのを待つ。
ピスカータの浜を待ち合わせ場所に選んだのは、お互いにわかりやすかったからだ。
ここで、客から預かった品を商人に渡し、またその逆に、客へ届ける品を受け取る。
ずっと一人で細々とやっていたのだが、商人と組んでからは仕事の幅が広がり、エシトスは大助かりだ。
反面、商人にとっては儲けのない話だ。
場合によっては損になることも……
交易商人なら、船倉一杯に交易品を積みたいというのが本音だ。
余計な物を積んだ分だけ、自分の品を積む面積が減るのだ。
普通の商人は嫌がる。
こんな話を受けてくれるとしたら、その配達屋と余程親しい商人だけだろう。
その点、エシトスは待ち人と親しかった。
なぜなら、幼い頃からの仲間だから。
交易商人の名はトトル。
少年探検隊の一員であり、レッシバルと一緒にタンコブ岩へ小便をかけに行った道具屋の息子だ。
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