第19話「群と軍の違い」
槍のようにとがる針葉樹と、上から殴りつけてくるように爆発する砲弾。
その間でレッシバルはひたすら耐えていた。
最初に砲音がした地点からかなり遠ざかっているのだが、頭上ではまだ爆発が続いている。
信じられないが、最初の砲撃は十分に引き付けてから撃ったものだったらしい。
命中率を高めるためにそういう撃ち方をするときはあるが、まさかあの距離が、フェイエルムにとって引き付けだったとは……
バァァァンッ!
再び轟音。
彼の後ろで、前で、爆発が絶え間ない。
いつまで続くのか?
どこまで届くのか?
もしかして、ずっと終わらないのでは?
もう、身を低くしながら竜を御しているのか、恐ろしくて竜にしがみついているのかわからない。
恐ろしいなどと、帝国の竜騎士にあるまじき!
味わっていない者は気楽に一喝してきそうだが、無理もあるまい。
これほどの目に遭わされながら、臆病風に全く吹かれないなど嘘だ。
レッシバルは必死に悲鳴を飲み込んでいた。
悲鳴を上げたら、そのまま心が挫けてしまいそうで……
いつ終わるかわからない音と熱の暴力。
しかし彼は見事耐え抜いた。
射程距離無限の砲など、この世に存在しない。
離れ続けていれば、いつかは射程外に出られる。
ただ、その距離が異常に長かっただけだ。
砲音が、ようやく止んだ。
恐る恐る、ズレた兜を直しながら頭上を見上げると、空は爆発のち晴れだった。
「……助かった」
溜め込んだ悲鳴が一瞬で安堵に変わり、緩んだ口から漏れだした。
「…………」
肩は落ち、放心状態になってしまった。
それが一〇秒程続いた。
「……あっ!」
やっと気力が戻った彼は大事なことを思い出した。
——味方の救援!
呆けている場合ではなかった。
レッシバルは高度を上げ、竜を急がせた。
竜を南東へ向かわせながら、彼は最後に一度だけ振り返った。
長壁は静まり、黄土色の細い線に戻っていた。
いまならわかる。
ここはすでに射程圏内だったのだ。
そうと知っていれば用心したのだが、知らないものは用心しようがない。
当たり前のことだが、彼は改めて思い知ったのだった。
***
ミスリル砲から逃れることに成功したレッシバルと竜は、一息つくことが出来た。
大きく吸って、大きく吐く。
遠く前方に本隊が見えてきた。
さすがは野戦においては大陸最強の陸軍だ。
……もう単に「大陸最強」とは言えない。
どうしても「野戦において」が付いてしまう。
初めは浮足立ってしまったかもしれないが、戦いながら立て直すことに成功したようだ。
長距離砲の方へ、どんどん追いやられているという感じではない。
それでもモンスターの数が圧倒的で、ジリジリと後退させられているようだ。
——間に合ったぞ。
彼は深呼吸を何度か繰り返した後、気合いを入れ直した。
劣勢はここまで。
これから反撃開始だ。
竜も主に続いて頬と下顎を膨らませていく。
「こちら竜六戦隊、これより敵中央へ縦断放射を仕掛ける!」
いまレッシバルは本隊後方から接近している。
そのまま上を通り過ぎ、敵前方から後方へ向かって縦断するように竜炎を放射する。
その前に、味方へ注意を呼び掛けたのだった。
応答はすぐに返ってきた。
「こちら本隊——」までは聞こえたが、その後は喚声で打ち消されてよく聞こえなかった。
竜がいれば形勢を逆転できる!
不利な戦いを強いられていた分、心強い援軍の到着に味方が沸いたのだ。
本隊通信兵の応答後段は聞こえなかったが、注意が伝わったことは確認できた。
前衛部隊が竜炎を避けるために素早く後退し、モンスター前列との間に空き地ができた。
「さあ、空けたぞ。存分にやってくれ」という明快な応答だ。
レッシバルは、味方と対峙するモンスター共へ意識を集中する。
炎は十分蓄えられ、牙の間から漏れるほどだ。
攻撃用意よし。
次は高度だ。
これは先日のように低空ではなく、少し下げるだけに留めた。
低空を避けたのは、味方に突風を浴びせないようにという配慮もあるが、先日と違って今回は大群が相手だ。
一匹でも多くのモンスターに炎を浴びせ、味方前衛部隊の切り崩しを助けた方が良い。
そこで、火勢が多少弱まっても範囲が広い、広域放射を選択した。
弱まるといっても、竜の炎だ。
即死する数が多少減るという意味であり、死に損なう者が増える分、却って地獄が増す……
最後に突入進路だが、今回は簡単だ。
攻撃の対象範囲は広いし、精密に狙う必要もない。
「進路このまま! 三番、撃ち方よーい!」
隊長と二番騎はもういない。
一体誰に向かって?
薄気味悪いかもしれないが、別に幽霊が見えているというわけではない。
訓練で染み付いた癖という奴なのだが、一騎になってしまったいま、なんとも物悲しい……
味方の後衛から中衛の上を抜ける。
ワァァァッという味方の歓声を竜の腹に受けながら、レッシバルはひたすら前方を目指す。
皆で叫んでいるから、何と言っているのかは判別できない。
それでもいくつかは拾えた。
「やっちまえ!」とか「行けー!」とか……
ああ、やってやる。
炎で道を切り開きに行ってやる!
皆の期待に応えようと、手綱を握る手に力が入った。
前衛の頭上を越えると、人の波が急に途切れて空き地に出た。
味方が空けてくれた放射開始地点だ。
前列のモンスターが何か叫んでいるが、今日は気にしない。
こいつらはトロールの子供たちとは違うのだ。
戦いに来たのだろう?
人間を殺しに来たのだろう?
だったら……
竜が、あぎとを開いた。
——だったら、人間に殺されることも覚悟しておけ!
「三番、撃てぇぇぇっ!」
ゴオォォォゥッ!
口いっぱいに溜め込んでいた炎が、モンスターに降り注いだ。
炎は軸線中央の悲鳴と命を焼き尽くした後、野火のように左右へ広がっていった。
転げ回って炎を撒き散らす者、仲間にしがみついて巻き添えにする者……
一瞬で静かな炭になった中央とは逆に、軸線の両脇は阿鼻叫喚の地獄と化した。
放射を終え、レッシバルは上昇した。
振り返ると、味方の突撃が再開し、焼け崩れた敵前衛へ楔となって突き刺さっていく。
第一射は成功だ。
だが、彼の仕事はこれで終わりではない。
竜に次の炎を溜めさせながら戦場全体を見渡し、狙いを定めると再び下降して放射。
味方を焼かないように注意しながら大群を削っていく。
二射、三射、四射……
五射目の準備をさせながら、どこへ放射しようかと探していたときだった。
「妙だ……」
レッシバルは違和感を覚えた。
空と陸の連携攻撃は強力で、征西軍は一時の苦戦が嘘のように押し返している。
そのことは喜ばしい。
北、東、南と三つの群れで構成されていた敵陣形は、突撃を受けて歪み、もはや綺麗な半月状ではなくなっていた。
ジワジワと後退しながら、南の群れは急速に東の群れに合流し、東の群れは増えた分が北の群れに流れている。
上から見ているとよくわかる。
これなら手薄になった南から突破できそうだ。
彼が違和感を覚えたのはそのことだった。
ジワジワと後退し、包囲の一方を空けるなど、まるで軍のようではないか。
モンスターは〈群〉だ。
〈軍〉ではない。
群れを率いるリーダーはいるかもしれないが、基本的にその周りに集まっているだけだ。
襲い掛かるときはリーダーのタイミングに合わせるが、返り討ちに遭ったら、散り散りに逃げていく。
そう、逃げていくのだ。
自分だけ助かろうと、相手に背を向けて一目散に逃げる。
ところが、眼下の群れは違う。
征西軍の方を向き、凌ぎながら後退している。
尚且つ、突撃を柔らかく受け止めながら、陣形の変更まで行っている。
「……もし」
もし、こいつらが群れ集まっているのではなく、指揮官に率いられている軍なのだとしたら?
人が聞いたら馬鹿々々しいと嗤うかもしれない。
それでも構わない。
胸騒ぎが消えないのだ。
レッシバルはモンスター共が〈軍〉であると仮定して考えてみた。
モンスター軍は、征西軍を全滅させたい。
そのために北西へ追い込もうとしていた。
北西には長壁がある。
奴らも、あの長距離砲には痛い目に遭わされているのだろう。
軍ならば、敵をそちらへ追い込もうと考えるのは当然だし、実際、そうしようとしていた。
ところが、竜が帰ってきたので作戦を変更した。
長壁に追い込むのは諦め、別の場所へ誘導する。
どこへ?
征西軍にとって、ろくでもない場所であることは確かだ。
だから北と東の層を厚くし、南を空けたのだ。
「南……」
再度、地上を確認する。
モンスター軍は征西軍の動きに合わせ、東を厚くしたり、北から押したりを繰り返している。
将軍たちも、この動きを妙だと感じているようだ。
南へ流れて行こうとする征西軍を、必死に東へ向かわせようとしていた。
現在、征西軍の進路は東南東。
しかし南が空いていれば自然とそちらへ進みたくなるもの。
進路は東南東から南東へ変わりつつあった。
レッシバルは東を塞ぐ群れの南側に第五射を浴びせると、南へ向かった。
南に何があるのか確認してこなければ。
竜騎士たる者、己の現在地を常に把握しておかなければならない。
そのために、地形を覚えておくことは必須だ。
だから南に何があるのか、彼には心当りがあった。
それが正しいのかを確かめてくるのだ。
できれば記憶違いであってほしいが、確か、この先には……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます