第7話「騎士の罪」

 海賊船が見えなくなり、海軍のガレーも退散し、後には焼け焦げたピスカータ村だけが残された。

 生存者は難を逃れた少年探検隊のみ。

 他は斬られたか、撃たれたか、攫われたか……


 巡回隊は、待っていた少年たちを村へ連れてきたが、再びさっきのように乗せて離脱することにした。

 もうあまり時間が残されていなかった。


 しかし、予想通り反発が起きた。

 当然だ。

 村の皆をこのまま放置して行こうなどという話に、従うはずがなかった。

 シグですら反発した。


 気持ちはわかる。

 巡回隊にとっても知人であり、友人たちだ。

 本当はこのまま留まり、全員弔ってやりたい。

 だがそれを許さない状況が迫りつつあった。


 ゴブリンの夜襲だ。

 巣から出ていた偵察の規模や遭遇場所から推測して、おそらくは今夜……

 夜のゴブリンは危険だ。

 甘く見るべきではない。


 さっきの戦闘で、騎兵が駐留していると誤解し、夜襲を中止してくれれば良いが、逆もあり得る。

 戦える個体をすべて出して、総力戦を挑んでくる可能性もある。


 いまから出発すれば、余裕をもって砦に逃げ込めるが、いまからでは、全員の埋葬が終わる前に夜になる。


「……うん」


 シグやレッシバルたちのようなある程度成長し、物分かりの良い子供たちはそれで折れてくれた。

 残るは小さな子供たちだ。


 嫌だ、嫌だと愚図る子供たちに、隊長はこう諭した。


「ちゃんと神官に来てもらった方が良いのではないか?」


 大慌てで埋めるのではなく、葬式をやってもらった方が親たちも喜ぶんじゃないか、という提案だ。

 神官を連れて来たり、近隣の村に手伝ってくれるよう頼んだり、葬式の準備を整えるために砦へ行こう、と説得した。


 物は言いようだ。

 ただ砦へ逃げようと言うだけでは、梃子でも動かなかっただろう。

 親にちゃんとした葬式をやってあげた方が良いという話は、子供たちの心に響いた。


 泣きべそをかきながらではあるが、立ち上がって馬の側に行ってくれた。


 巡回隊はホッと胸を撫で下ろした。

 どうしても言う事を聞かなければ、縄で縛り上げ、鞍に括り付けて退却する予定だったのだ。

 そうせずに済んで、本当に良かった。


 方針が決まったところで全員騎乗した。

 日はまだ高い。

 これで夜襲を避けることができる。


「総員、敬礼!」


 村から出ると一斉に馬首を返し、隊長の号令で全員敬礼した。

 少年たちも一緒に。


 敬礼は別れの挨拶とか、死者への敬意といった意味合いだが、今回は詫びも含まれていた。

 少なくとも騎兵たちの心情はそうだ。


 詫びというのは、一晩、潮風に晒してしまうことだけではない。

 今晩、とっくに壊滅したとも知らず、ゴブリン共が村へ殺到してくるだろう。

 せっかく気合いを入れて来たのに、得られる物が炭しかないと知ったら、どれほど頭に来ることか。

 必ずその辺にある物へ八つ当たりをする。

 焼け残った柱、割れずに済んでいた壺、そして村人たちの骸にも……


 明日以降、準備を整えてやってきたとき、原型を留めていないかもしれない。

 死してなお、そんな目に遭わせてしまうことについての詫びだった。



 ***



 後日、親たちを弔った後、少年たちは帝都の孤児院へ送られた。


 砦は軍事拠点だ。

 一旦は砦で保護するが、ずっとそのままというわけにはいかなかった。


 モンスターと海賊から狙われているとわかった以上、子供だけで村に住まわせるわけにもいかず、余力のある大都市へ送るしかなかった。


 孤児院送りは可哀想だったが、不幸中の幸いといえることもあった。

 少年探検隊は散り散りになることなく、同じ孤児院に行けることになった。

 これからも一緒だ。


 幸運なことはもう一つ。

 少年たちの孤児院は、元騎士団長が運営しているところだった。

 騎士になりたいという少年たちの夢にとって、これほど良い環境はない。


「元気でな」


 少年たちを乗せた馬車が出発する日、巡回隊の隊長は複雑な思いで見送った。


 親との死別で悲しむ彼らには希望が必要だった。

 これからの孤児院暮らしにも必要だ。

 ゆえに「夢が叶うと信じて頑張れ」と励ましてしまったのだ。


 しかしその夢が叶うことは絶対にない。

 断言できる。


 これから大変な努力を要するが、広い意味での騎士になることはできるだろう。

 だが少年たちが目指しているのは正騎士だ。

 誰でも正騎士に志願することはできるが、家柄の良さと財力が問われるので、事実上、裕福な貴族だけで占有されている世界だ。


 それでも構わない。

 嘘だったと後からバレても、いまのあの子たちには必要な光だ。

 隊長は自らにそう言い聞かせて、馬車に手を振ったのだった。



 ***



 五年後、帝都の孤児院——


 孤児院では、少年探検隊が皆一緒だったおかげで、着いたその日から一つの派閥として振舞うことができた。

 それでも多少の小競り合いはあったが、概ね平和に暮らせた方だと言えるだろう。

 元騎士団長の院長が温厚な人物だったこともあり、大人の理不尽も他所と比べれば少ない方だった。


 ピスカータの子供たちは、そのような比較的安全な環境で育った。

 天の助けか、あるいは父母たちの加護があったのかもしれない。

 おかげで夢を見続けることができた。


 では、探検隊一同、いまは念願の正騎士に?

 いや……


 孤児院は文字通り、親を失った子供を引き取って育ててくれるところだ。

 子供は大きくなったら独り立ちして、孤児院を去る。

 最年長のシグにもその時期がやってきた。


 そこで、ある日、探検隊全員で院長に正騎士の夢を打ち明けてみた。


 正騎士の試験がどういうものかは理解している。

 帝都で暮らしていれば、嫌でも知る。

 だから、元騎士団長の推薦があれば心強いと考えたのだ。

 どうかシグに力を貸してほしい、と皆で頭を下げた。


 しかし、院長の答えは、


「やめておきなさい」


 ずっとシグを賢い子だと褒め、何にだってなれると励ましてくれていたのに……

 これでは誰も納得できない。


 院長は、決して口先だけで褒めていたわけではない。

 本当に優秀な子だと思っている。

 それでも反対するのには、金の問題以外にも訳があるのだ。


 帝国の騎士には三つの身分がある。

 試験に合格した者が初めになる従騎士。

 その上が準騎士、一番上は正騎士だ。


 従騎士は現役の正騎士か準騎士について経験を積むのだが、家柄が良い者は正騎士につけられ、そうではない者は準騎士につけられる。


 準騎士は有能だが出自が良くなかった者たちだ。

 正騎士付きになれなかった者は準騎士にしかなれず、どんなに功績を積み上げようとも正騎士になることはない。


 そして彼らを束ねる騎士団長は正騎士の中から任命される。

 つまり、かつて院長は正騎士だったのだ。


 だからこそ知っている。

 子供たちが憧れているものが、如何に汚いものなのかを。



 ***



 正騎士を目指す——

 実は、そのこと自体は難しくない。

 試験の出願料は子供の小遣いで払える額だし、募集要項に家柄や財力についての注意書きはない。


 一見、何人にも門戸を開いているように見えるが、それは違う。

 そんな常識的なことは、わざわざ書くまでもあるまいということなのだ。


 だから勘違いしている受験者がやってきたら、貧乏人め、身の程知らずめ、と非常識を嗤う。

 そういう嫌な試験だった。


 しかも金がかかるのは、試験のときだけではない。

 合格後、出世していくのにも金が掛かる。


 どこまでいっても金、金、金。


 院長はその汚さに嫌気が差していた。

 だから騎士になりたいという夢を応援するはずがないのだ。


 それと、反対する理由がもう一つ。

 騎士という仕事がもう長くないのではないか、と予感していたからだ。


 昔の帝国は簡単だった。

 ルキシオのすぐ東は広大なセルーリアス海だ。

 その大洋を越えてくる敵はなく、ひたすら西へ進んでいけば良い。

 歴史の教科書を見ても、そういう考えだったことがわかる。

 その頃の帝国は、版図拡大に伴って西へ、西へと首都を遷都していた。


 ところがモンスター出現以来、征西軍は西側諸国を攻略する軍から、東を目指してくるモンスターを押し返し、内陸を奪還する軍という意味に変わった。


 さらに悪いことは続く。

 天険の要害と信じてきたセルーリアス海を越え、軍艦がルキシオ沖に現れ始めた。

 東の島国、リーベル王国からだ。


 彼らは別に、帝国へ戦いを挑みに来たわけではない。

 交易船団の護衛として随伴してきただけなのだが、港を砲撃しようと思えばできる距離だった。


 今回は交易目的だったが、次回もそうだとは限らない。

 敵は西だけではない。

 東からもやってくる可能性がある。


 帝国は、いきなり突きつけられた事実に戦慄した。


 いつまでも西に拘っている場合ではない。

 慌てふためいた帝国は海に目を向け始め、ルキシオに遷都した。

 また可及的速やかに、海軍力も増強しなければならない。

 ただ、その予算がなかった……


 海では、騎兵の本領を発揮できない。

 これからは陸より、海を優先しなければならない。

 皆わかっている。

 それでもこの国の主役は陸軍であり、騎士団なのだ。


 何をするにも、彼らが望み通りに予算を取ってから。

 その残りで、各種政策を行っていくのだ。

 十分な艦隊増強などできるはずがなかった。


 その結果が、ピスカータ村だ。


 民たちはもう気付いている。

 税が高いのも、海賊を防げないのも、陸軍が予算を取り過ぎるせいだと。


 陸軍が不要だとは言わないが、これからは海の時代だ。

 陸軍の、特に騎兵の出番は減っていく。

 騎兵が馬から下りなければならないときは、確実に近付いていた。


 彼らは馬を下り、剣技を生かして斬り込み要員になるとか、何らかの形で次の時代に適応していくしかない。

 できなければ、規模縮小、下手をすれば没落の道が待っているだろう。


 なのに、征西のためと称して予算を貪り、内部は腐敗だらけ。

 親代わりとして、かわいい孤児たちをそんな仕事に就かせたくなかった。



 ***



 結局、シグは院長の勧めもあって役人を目指すことになった。

 正直、孤児たちが不服なのは院長の目にも明らかだったが、民衆のために働きたいというなら、むしろ騎士以外の方が役に立てる。


 役所なら不正がないとは言わないが、ある程度までなら、頑張りだけでも出世できるだろう。

 従騎士時代から、酒場の賭け事のように賄賂を積み上げ、一番高かった者が出世できる狂った世界よりマシだ。


 院長は、役所に対しての推薦状をしたためた。

 シグを高く売り込もうというのではない。

 本当に優秀な子だから、孤児だと侮ることなかれと差別を事前に戒めるための推薦状だ。


 これが院長の罪滅ぼしだった。


 騎士団長時代、征西軍指揮官の一人として、前途ある若者たちを西へと追いやった。

 間違っていると知っていながら……


 孤児院の子供たちは、その若者たちの遺児だ。

 気付いていない振りはできない。


 ピスカータ村の大人たちは、征西で戦死したわけではない。

 だが、征西軍のせいで海軍の予算が削られ、南方警備に十分手が回らなかったことが原因だ。


 現役の騎士たちのように「海軍の怠慢だ!」と責任逃れはしない。

 それでは騎士として潔くない。

 院長は老いてなお、真の正騎士なのだった。


 やがて、危なげなく登用試験に合格したシグは、孤児院を去って行った。

 その日、誇り高き老騎士が自ら背負った罪が、一つ償われたのであった。


 いつか、すべての罪が償われたと、彼自身を許せる日がやってくると良いのだが……

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