第9話 適正検査 1
「ここであってるんだよな?」
エレクがそう呟きたくなるのも無理はなかった。国随一の魔法学園だと聞いていたため、それなりの校舎だろうと予想はしていたが、これは誰が想像できただろうか。
目の前に立ちふさがる高い壁。右をみても左をみてもどこまで続いているのか目視では確認することができない。壁を見上げると奥に大きい城のようなものがみえた。
ここが今日から俺たちの居場所になるんだな。
エレクははやる気持ちを抑え、たくさん人が並んでいる列に紛れ込んだ。
「結局ノアと合流できなかったな。なにしてるんだろうな」
「心配することないだろ。あの人は俺たちの何倍も外の世界のことを知ってるんだから」
グレンは首に巻いたスカーフ越しにノアからもらったペンダントを触る。かちゃり、と鳴った音は誰の耳にも届くことなくスカーフの中に飲み込まれていった。
たくさん人がいたがそこまで待つことなくエレクたちは門の前までたどり着くことができた。
「推薦書などはおもちですか?」
門の前にたつ髪の短い女性が二人に微笑みかけた。茶色の髪が太陽の光に反射して控えめに光を放っていた。
「あります!」
エレクは大きく頷くと、グレンの分と合わせて目の前の女性に提出する。女性は笑顔を張り付けたまま二枚の書類を受け取ると「はい」と隣に立つもう一人の女性に手渡した。
ぼんっ。
隣の女性の手に書類が触れたとたん小さな爆発音とともに書類は跡形もなくきえた。
「ん!?」
エレクは驚いて声をあげたが、女性たちは表情を崩さない。
「火属性の魔法か?」
グレンは表情こそ変えないものの、そこそこ驚いていたようで、エレクに問いかけた。
エレクも消えた紙を渡された女性を凝視する。魔力の動きが見られなかったからだ。普通、魔力を使うと、体内から体外に魔力を放出することになり、多少なりとも魔法を使った人の魔力に動きがあり、その魔力もしばらくはその場に残る。だが今は、女性から魔力なんて感じられず、この場にはそれっぽい魔力も残っていない。
エレクは首を傾げた。
「違うと思う。魔力に動きがないから……」
「あら?もしかしてこういうものを見るのは初めてですか?」
二人して首をかしげて列を止めてしまっているエレクたちに最初の女性が声をかける。これ、と示したのは何も書かれていない一枚の紙きれだった。
その紙切れからは微量な魔力が漏れだしており、ただの紙切れではないことがわかった。
「魔道具っていうんですよ。この学園長の魔力が込められているんです。この紙にかかれた推薦書しか私たちの手の中で燃えることはありません」
女性はもう一度にっこり微笑むと、その白紙の紙も隣の女性に手渡した。
紙は先ほどと同じように小さな爆発音とともに消えた。
「あなたたちの推薦書には魔力を隠す魔法がかけられていました。よほど過保護な親御さんなのですね」
にこにこした女性に先を促され、渡されたアルファベットの書かれた紙とともに、エレクとグレンは大きな高い壁に負けず大きい扉をこえた。
※
「うぇぇ。きもちわるい……」
先に音を上げたのはエレクのほうだった。
扉を越えて学園内に入ると、体の表面が何かに包まれたような生暖かさに包まれた後、びりびりとあらゆるところからエレクの体に魔力が流れ込んできた。いろいろな属性の魔力が入り混じった空気そのものでさえエレクには耐えがたいものだった。
「おい、大丈夫か。人に酔ったか?」
座り込みそうになるエレクにグレンは心配そうに声をかけた。
「いや……。ここ、いろんな種類の魔力であふれてて、気持ち悪い」
例えるなら香りだ。とエレクは思った。
様々な香りが混ざり合い、それが鼻孔を刺激してきたら誰でも気分が悪くなることだろう。
見ようと思えば目にも色とりどりの魔力の流れが映り込むが、今はいらない。
この場所に集まっている様々な人の持つ魔力とともに、エレクたちを照らしている電球や、飾られている絵画や壺、漂っている空気からですら魔力を感じ、学園に入って早々、音をあげたくなった。
「……やっぱりお前の感性すごいな」
グレンが何やら感心しているようだが今のエレクには素直に喜べる余裕はなかった。
『はい、静かに。みなさんお揃いですね』
透き通る声が耳を刺激する。あたりを見回すと、みんなきょろきょろと視線を彷徨わせており、エレクと同じように声の主を探していることが伺えた。
慣れもあり、幾分かましになった嫌悪感に胸をなでおろしながら、聞こえる声に耳を傾ける。
『まず、受付で渡した紙を見てください。AからFまで、あるいはSのアルファベットが記載されていると思います。それがあなたたちのクラス割です。それでは、自分のクラスのアルファベットが記されている地点へ移動してください』
話が終わると同時に空中にAからF、そしてSのアルファベットの光が浮かび上がった。その光からも魔力が漏れだしている。
ここは本当に何にでも魔力を使うみたいだ。
「Fかぁ。グレンはどうだった?」
「Sだな。どういう基準かはわからないが、一緒のクラスではないみたいだな」
グレンは少しだけ眉をひそめた。
エレクもそれに倣い眉を寄せる。グレンとは小さいころからずっと一緒に育ってきたから、なんか変な感じがする。でも、ここで頑張るって決めたんだ。
エレクとグレンは目を合わせるとどちらともなく、自分のクラスの方へ歩を進めた。
たくさんのひととすれ違う。髪色も服装も様々で、魔力の種類も様々だ。
エレクはよし!ともう一度自分に気合を入れなおした。
『みなさん、移動はおすみでしょうか。次は検査に移ります。自分の属性をすでにご存じの方も多いと思いますが、再確認です』
ざわっ、と空気が揺れた。エレクも例外ではなく、わくわくする。
自分の属性!これはこれから先、魔法を学んでいくうえで基本になることだ。
エレクはまだ自分の属性を知らない。それを検査する方法がなかったからだ。
グレンの火属性のようにわかりやすければよかったのだが、エレクの魔法の展開は自然にある様々なものを利用して作られる。水魔法は、水蒸気や雨、土魔法は土地、光は太陽とか、闇は影。風はどこにでもあるし、逆に火は身近にないから苦手だ。
属性が違うからと言ってほかの属性の魔法を使えないわけではないが、難しいらしい。自分の属性の魔法はすごくつかいやすいと聞く。エレクは使いやすさで言えば『風』かな、なんてのんきに期待を膨らませていた。頭痛と嫌悪感は既にどこかへ消えていた。
『目の前にある水晶に手を触れてください。その時に光った色があなたの属性です』
属性は全部で大きく6つに分類され、その属性により色がある。グレンのような火属性は赤、水属性は青、土属性は茶で、風属性は緑。珍しいが光と闇は黄色と紫だ。
まわりの人たちに倣い、エレクも水晶に手を触れた。
しん。
「あれ……?」
水晶の冷たさが指先から伝わる。触れているのは間違いないはずなのに、エレクの前にある水晶はなんの反応も示さなかった。
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