第8話 リオナルド・サーシスという男 3

「なんのさわぎだ!!」


 耳をつんざくような怒号が辺り一帯に響き渡る。物理的に周りの建物がゆれるのを感じた。大切なことなのでもう一度言う。物理的に、だ。


「せ、正騎士長様!いえ、新しい剣をと、店に来たところこの者たちが喧嘩を申し込んできたため……」


 腰をついて座り込んでいた長髪の男がばっと顔を上げ、早口でまくし立てる。


 現れたのは三人の男たちで、この国の人たちは三人で行動したがるのか、と考えたくらいだった。


 正騎士長とよばれるだけあって、目の前に立つ男は屈強という言葉を体であらわしたような風格だ。エレクからしたら長身にみえるグレンでさえ、この男の前ではとても小さく見える。

 二メートルを優に超える身長に惜しみなくついた筋肉。鍛え上げられた肉体と、それが当たり前とでも言うような表情はどこか、今は亡き父を連想させた。


「それでも、もう少し被害をおさえることはできなかったのか」


 その台詞には、あきらかな失望感がにじんでいる。正騎士長とよばれた男は、ざっと辺りをみまわし、周辺にいた人たちを散らすと、エレクたちに敵意の目をむけた。


「お前たちのこの行為は処罰に値する。そこにいる三人とともにご同行願おうか」


 いつのまにかエレクに向き合うように歩を進めていた正騎士長が言葉だけとは思えない圧をかけてくる。今にも足は震えだしそうだが、どうにか目を合わせる。グレンは向かい合ってない分まだ楽なのか、さっきまで体を動かしていたためまだ熱がさめきっていないのか、腰にかけてる刀に手をかけていた。相手が実力行使にでたら抜刀するつもりだろうか。どこまで肝がすわっているんだ。俺は今すぐこの場から立ち去りたいくらいだというのに。


 しばらく嫌な沈黙が続く。


「どうなんだ」


「なぁ。これをやったのは君たちか?」


 蛇に睨まれた蛙のようになっていたエレクの耳に能天気な声が響いた。


 反射的に顔をそちらに向けると、鮮やかなスカイブルーの髪が目に映し出された。空の青と相まみれてその色はいっそう輝いて見える。正騎士長の巨体にかくれていままで見えなかったが、スカイブルーの髪の青年の隣には同じような身長のブロンドの髪の青年がいた。


 ずくん。

 お腹のあたりが重くなる。魔力量が圧倒的なのだ。


 スカイブルーの青年に見つめられた長髪の男は、あたふたとたじろぐ。ひゅっ、と息をのむ音さえ聞こえた。


「いえ!自分たちはこんなこと……!その者たちの術かと!」


 長髪の男は必死に言葉を紡ぐ。あまりの必死さに、こちらから事を説明してあげたいくらいだ。

 そしてひとこと助言するなら、まちがいではない。


 今スカイブルーの青年が見ているのはエレクが先ほど街の人たちを護るために創った土の盾と、消火のために水浸しになったここの辺り一帯だ。さらに詳しく説明すると、エレクが展開した地の魔法で激しく隆起した石畳と、水の魔法で水たまりのようになっている足元だ。


 長髪の男が言うことは何もまちがっていない。


 どうするか。エレクが頭を悩ませていると、スカイブルーの青年と視線が絡んだ。エレクの瞳に、スカイブルーの青年のもつ、レモンイエローの瞳が鮮明に映し出される。


「へぇ!すごいな。これだけ土を隆起させるなんて」


「へ?」


 その瞳には純粋に尊敬の色が浮かんでいた。口から思わず間抜けな声が漏れる。スカイブルーの青年はそのまま隆起した土地に近づくと砂を触りだす。さらさらと青年の指から滑り落ちる砂はやはりとても軽そうだ。


「これ、盾みたいだな」


「リオナルド様!程々に……」


 きらきらとした目で砂遊びを始めたスカイブルーの青年に、ブロンドの青年がハンカチを差し出す。砂を触るのはやめて、手をふけ、ということだろう。


 先ほどから黙り込んでいる正騎士長も真剣に隆起した土地をながめていた。


「領民を護ってくれたのだろう?礼を言う。ありがとう」


 砂と戯れるのをやめたスカイブルーの青年はにっこりとエレクたちに笑いかけた。グレンと、ブロンドの青年は思い切り眉をしかめたが、エレクは笑みを返した。


「こちらこそ」


 握手をもとめてくるスカイブルーの青年に応じてエレクも手をだすと、エレクはグレンから、スカイブルーの青年はブロンドの青年から全力で拒まれる。グレンによって強く握られた右手が悲鳴をあげている。


「うむ。領民を守ってくれたのには礼を言おう。だが、これだけ土地が隆起しているんだ……。しばらく通行止めにでも……」


 スカイブルーの青年が話している間、一言も口をひらかなかった正騎士長が口の周りの髭を撫でながら顔をゆがませる。「費用が……」というつぶやきからして、この場所でこれだけ土地が隆起してるのはまずいのだろう。たしかにこのままでは通行の邪魔にもなるが、エレクたち

の目的である『モース工房』の扉を開くことができない。


 仕方ないか。あとでこっそり直す予定だったが、この場でやらないと場が収まらないようだ。エレクは隆起した土地に手を当てると、口を開いた。


「直せますよ。『大地よ。もとある姿へ』」


 みるみるうちに隆起していた土地はもとの姿にもどった。割れた石畳は修復できなかったが、ひとまず通行に問題はないだろう。水浸しだが、それもそのうちに渇くはずだ。目を丸くした正騎士長は何度もエレクと元通りになった土地を見る。エレクは気にすることなく土地に手をおいたまま「『ありがとう』」と呟いた。


 エレクの周りを飛び回っているであろう精霊たちが喜んでいるのが伝わってきた。


「見事……」


 正騎士長はそう言葉を漏らすと、いままで力んでいた目を垂れさせてほほ笑んだ。

 その顔はやはりアーレンスに似ていた。


「名前をうかがってもよろしいですか?」


 正騎士長の問いかけにエレクたちは大きく頷いた。


「エレク。エレク・リーフバーグ」


「グレン・アルムハウザー」


 にこりと最後に笑みを向けると、エレクたちは『モース工房』の店内に戻っていった。





 仲睦まじく『モース工房』に入っていった二人の後ろ姿をスカイブルーの青年はじっくりと眺めていた。


「リオナルド様。明日からの学園生活で使う品を買わなければいけないのでしょう?」


 ブロンドの青年がしびれをきらしたようにいつまでも『モース工房』の入り口を眺めているスカイブルーの青年に声をかける。


「ああ。行かないと」


 『リオナルド』とよばれたスカイブルーの青年はすぐに返事したが、視線は『モース工房』の窓から見える二人から離れることはない。


 ぼろぼろの衣服を身に着けているのに、グレン・アルムハウザーと名乗った男のさげていた刀はぴかぴかだった。近くでまじまじと観察したわけではないが、手入れが行き届いているのがすぐにわかった。


 俺ももっと武器を大事にしないとな。


 次また会うことがあれば、あの男に手入れに仕方について聞いてみようか。


 それに、エレクという青年。あれだけ自在に土を操れるのだから、土属性の魔力を操るものなのだろうが、なぜかすこし違和感を感じる。

力を持つものと対峙するとき、なにか熱いものを感じるのだ。それが、その者の持つ魔力を感じ取っているのかはわからないが、エレクには感じなかった。

 戦いじゃなく作業向きの力の使い方をするものなのだろうか。何にせよ、あのグレンという男とは近々再開するだろう。


 リオナルドはまた会える日に思いを馳せて、ブロンドの青年の方へ歩を進めるのだった。

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