第7話 リオナルド・サーシスという男 2

エレクはグレンを押して、強引に店から出すがすでに手遅れだった。


 グレンの挑発にしっかりのせられた三人はエレクたちに続いて店からでてくる。


「おいおい、随分なこというじゃん?さすがに黙っておけないよ?」


 ぶつかった男が腰から剣を抜いた。それにあわせて、残りの二人も剣を抜く。

 周りの野次馬がどんどん増える。このままだと、周りの人たちにも被害がおよびかねない。


「グレン!こんな人の中でやめろよ!危ないだろ」


 今にも抜刀しそうに腰をひくくしたグレンをエレクは止めに入る。


「ここで無視したほうが被害がひろがるだろう」


 グレンはエレクに目線さえ向けずに目の前の三人に向き合っていた。

 こうなったグレンは言うことを聞かない。男たちとグレンとの間に緊張感が漂う。


「はぁ。しょうがないか」


 エレクはグレンの間合いからぬけだすと、両手を地面につけた。


 その瞬間きんっ、と音が響くとグレンと三人の剣が交わりだす。

 きんっ、きんっ。


 頭上で繰り広げらる『手合わせ』に、野次馬は数をましていく。


 なんで増えるんだ。危ないだろう。

 エレクはもうひとつため息をつくと口を開いた。


「『大地よ。我らを護る盾となれ』」


 エレクがつぶやいた瞬間、石畳でできた足場は崩れ、一気に成人男性の身長くらいまで土と一緒に盛り上げた。体中を精霊たちが包み込み、エレクはこの暖かさをひどく懐かしく感じた。


 エレクは盛り上がって石畳のはがれた土に触れる。


 おぉ。場所が変わると土まで変化するのか。『ウィンドーウッド』の土は水気が多く含まれていて、じっとり重いのに対して、ここの土は、水気もすくなく乾燥しており、さらさらと軽い。


 本当に盾のようにもりあがった地面をみて、周りにいた人たちにざわめきがひろがる。


「おぉ!?なんだ!?あの兄ちゃんか!?」


「すごい!!」


 どうにかエレクに野次馬の目を移すことに成功したようだ。土をいじりながらエレクはほっと、一息ついた。


「っは!俺らは国の騎士様だぜ?この国にいれなくしてやろうか!」


 グレンと剣をあわせながら、ぶつかってきた男が声をあげた。振り上げてきた剣をグレイはきれいに受け流す。


 キィンン

 三人を相手に全く引けをとらないグレンの剣の腕前は相当なものだと思う。


「騎士?この国の騎士はこんなもんかよ」


 はっ、と息をはきながらグレンも言い返した。

 気持ちはわからなくはない。エレクやグレンのなかで「騎士」と言われて真っ先に思いつくのは父アーレンスの護衛であったノアだからだ。グレンに剣術を教えたのもノアである上に、『手合わせ』ではいつも瞬殺だったという。


 それが。あの有名なサーシス領、サーシス家の騎士がこの程度とは。グレンの落胆が手にとるようにわかった。


「ばかにするなよ!」


 大きく振りかぶった男の剣をまたもやきれいに受け流すグレン。相手も相当焦っているようだ。さっきから攻撃が似たり寄ったりで、グレンにあたる気配すらない。グレンもまだ余裕そうだ。

 だが、グレンも内心焦っているだろう。なにせ、グレンから攻撃をしかけることはできないのだから。


「いつまでも受け身でいるんじゃねぇよっ!」


 わめく男にグレンは言葉をかえさない。


 エレクも思案した。グレンの得意とする魔法は火属性の魔法だ。今おかれている状況とはすこぶる相性が悪い。周りにいる野次馬、立ち並ぶ木製のお店たち、植えてある植物。グレンが魔法を展開したら、野次馬のひとたちの衣服に燃えうつり、植物、お店への被害もまぬがれない

いだろう。


 ただ剣術のみで戦ってもいいのだろうが、グレンの頭にも残っているのだと思う。つい数日前の、痛々しい、同胞たちの姿が。


 切り刻まれたような子供、刺し傷、切り傷だらけの女性。周りにひろがったおびただしい量の血痕、ただよう血の匂い。忘れたくても忘れられず、ここへの道中も少しの血の匂いでも胃酸が逆流しそうになった。今、この男たちに傷を負わせてしまうと多少の血でもそうなることは必至だ。


 魔法も展開できず刀をふるうこともできない。

 今この受け身でひたすらに男たちの気力をそいでいくのが考え付く最善の方法だった。


きんっ、きぃぃんっ


 エレクが思案している今、この瞬間も、剣は交わり続けている。

 時間に比例して男たちの表情に余裕がなくなり、焦りの色が強くなっていく。


「くそっ!これだと堪えれないだろう!」


 男は半歩グレンの間合いから離れると、火炎魔法を展開した。男のもつ剣の先からごうごうと炎がでている。

 さすがのグレンも表情を崩した。


 それはそうだ。今まで自分が耐えてきた火属性の魔法を目の前の男が展開したのだから。周りに危害が及ぶとわかりきっている火属性の魔法を、この国を守ることが役目である騎士様が、だ。


「いくぞ!ファイアーソード!!」


「『水よ!我に従う球となれ!』」


 男がグレンに向け、術を放つ瞬間にエレクも水魔法を展開させた。

 エレクが右手を男の剣に向けると、大きな水の球が男の体もろとも包み込む。


 ぽちゃん、と音が響いた。


 男は何が起きたのかわからない様子で、手足をうごかしてもがく。息ができなくて苦しいのだろう。その動きは次第に大きくなる。


 水になかで男の手からはなれた剣がふよふよとただよっていた。剣から発せられた炎はきれいに消火された。

 のこる二人の男たちはもはや抵抗する気もないようで、呆然と座り込んでいる。


「エレク、開放してやれ」


 刀をおさめたグレンがエレクに声をかける。


 視線はいまだその存在感をはなっている大きな水の球だ。もがく男が必死に外にでようとしているが、魔法でできた水だ。なかから出られるはずもない。魔力の差で、エレクの魔力を上回れば、はじきだしてでることも可能だが、今の水中の男にはそんな余裕もないようだ。


「うん。火も消えたしね」


 エレクは開いていた右手をぐっと握る。直後、大きな水の球もはじけて形をなくした。あたりにちらばる水とともに、からん、と離された剣が地面で音をたてた。


「やっぱり、術をといたときに、そのものもろとも消せないんだよね。絶対に残るんだ」


 水浸しになったあたりを見回して、エレクは恨めし気につぶやいた。


 目の前の男たちは完全に戦意を喪失していた。水浸しの男も、がたがたと震え、目の前に転がる自らの剣すら拾おうとしない。


 終わった。周りで傍観していた野次馬の人たちですら思っただろう。戦いは、終わった、と。


 エレクとグレンが買い物を済ませようともう一度『モース工房』に戻ろうとしたところだった。


「なんのさわぎだ!!」

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