第6話 リオナルド・サーシスという男
「ここが、『サーシス領』か……!」
目の前に広がる、まるで童話に出てくるお城の街のような風景にエレクは思わず感嘆の声をあげた。
行きかう人々は皆、童話の挿絵や村の大人たちが聞かせてくれた話の中でしか知らない、いまだエレクが目にしたこともないような佇まいをしていた。小綺麗なドレスに身を包んだ女性や、筋肉を自慢するかのように黒いタンクトップのようなもの一枚で歩く屈強そうな男の人。全身を黒いローブのようなもので覆っている人さえ目に入る。
エレクは自身が身に着けている衣服を見て、少しだけ悲しくなった。白を基調とした村独自の服にベージュの麻でできたパンツをはき、革のベルトを腰で服とパンツをとめるようにしめる。生まれた時から見慣れ、着慣れた服だがこうやって外の世界にでると、「田舎から都へでてきました」感じがいなめない。
その村の衣服も今はもうぼろぼろだ。
ここでは、これだけの人とすれ違ったのにみんな違う服を着ているのか。
村ではみんな同じ格好だったのにな。
エレクは数日前のことを思い出し、眉をひそめた。
あのあと、とにかくひたすら歩き、ここまでたどり着いた。案内はもちろんノアだ。途中、『馬』という四足歩行の動物に乗った人たちともたくさんすれ違ったが、ノアが乗ることを許してはくれなかった。歩くことに意味があるらしい。笑顔で言い切ったノアに、エレクは森に生息する狼や、バードたちの背中にのって遊びまわっていたことは内緒にしておこうと心にきめた。
そんなノアもこの街にはいってすぐにどこかへ行ってしまった。
どうしたらいいのか。エレクはうんうん、と頭をひねらせた。
あたりを見回すと溢れんばかりの人に比例しているかのように隣との隙間もないくらいたくさんのお店が所狭しと並んでいる。味の想像がつかないような食物を販売している店や、ロープや小さいナイフなどを扱っているお店、真っ暗で怪しげな雰囲気を纏った店など、歩いているだけで一日が過ごせそうだ。
「なぁ、グレン。宿を見つけたらまたこの場所に戻ってこないか?」
俺は立ち並ぶ店から目を離さずに隣を歩いているはずのグレンに声をかける。
「明日の試験って何を使うんだろうな?武器のひとつくらい持っていたほうがいいかな?どうおもう……グレン?」
呼びかけても返事がない。隣にいると思っていたのはどうやらエレクだけだったらしい。
きょろきょろと目を配らせると案外近くでその姿を確認できた。
『モース工房』
そんな看板が立てられた建物内にグレンは入っていた。
「こんにちはー。グレン、何見てるんだ?」
エレクも見失わないように店内に入った。
カラン、と木製の扉にとりつけられた鈴のようなものが鳴る。そこはいかにも武具専門店といった感じの細身の剣から大剣、斧に槍、弓まで幅広くおいてある店だった。
グレンが興味もちそうな感じだな。
あまり武器を扱うのが得意でないエレクは真剣な表情で武具を見つめるグレンを見て、くすりと笑った。
「こいつに似た武器がないか、と思ったんだが……。やっぱり取り扱ってはないか」
グレンは腰にさしている自らの武器に視線をむけると、小さくため息をはいた。エレクもざっと店内を見回したが、グレンの扱う武器と同じような形状のものは見つからなかった。
「それ、刀、っていうんだっけ?このへんのプレートに武器の名前書いてあるけど、刀って文字はないな」
「そうか」
しゅん、とするグレンには悪いが、ないものはしょうがない。
エレクもなにか使えそうなものはないか、店内を巡回した。本当に種類が豊富でグレンほどではないが、エレクもわくわくする。
「ん?これ便利そうじゃないか?」
「そんな小さな剣、何に使うんだ」
店の端にひっそりとおかれていた短剣に手を延ばす。持ってみても軽くて、使い勝手がよさそうだ。明日、試験のために購入しても、そのあとつかわないなんてことにはならないだろう。
「明日の試験にむけてっていうのとー……解体!」
にかっと笑うエレクに対し、グレンは怪訝そうに眉をよせた。「お前は試験で武器は使わないだろう」といいたげな顔だが、もしもがないとは限らない。試験の内容もわからないんだ。備えあれば患いなしだろう。
「まぁ、いい。俺も刀を研ぐ道具を買ってくる」
どんっ
振り返ろうと踵をかえしたグレンと、店内に入ってきた人がぶつかった。
といっても、肩が少し触れた程度のようで、どちらにもたいした怪我はなさそうだ。
「すまん。怪我は……」
「おいおい、うそだろー?ここどこだと思ってるんだよー?」
咄嗟にグレンが謝罪の言葉をのべると、ぶつかった男は顔に手を当て、頭をのけぞらせながらグレンの謝罪に言葉をかぶせる。
非常に芝居じみた動作ではあるが、周りには人が集まってきた。
その男の連れは二人で、一人は、長い髪を束ねることなくおろしており、だいぶ暑そうな印象を与える。もう一人は、伸びた髭をそのままに、顔はだいぶ赤い。連れの二人はどちらも中肉中背という感じで、なにがおもしろいのか終始にやにやしている。
「お子様にここの武器ははやいんじゃないのか?」
「実力的にも、まぁ見る限り金銭的にも?」
「ママぁ、って頼んでも多分買えないとおもうぜ?」
髭、長髪、ぶつかってきたやつと順番になにか話したかと思うとけらけらと下品に笑い出した。グレンとエレクを頭からつま先までじっとりと見て、「金銭的」を強調してくる。
まぁ、お金がないのも事実で、このぼろぼろの格好を見れば、そう口にだしたくなるのも無理はない。先に服を買っておくべきだったか。少し後悔するが、後の祭りだ。今はこの状況をなんとかしなくては。
店内は、しん、と静まり返っている。
武器を眺めていたお客さんはそそくさと店からでていき、なんだなんだと、野次馬精神に駆られたひとたちだけが残った。
「グレン。出よう。面倒くさくなりそうだ」
エレクはグレンの腕をひく。抵抗するだろうと強めに力を込めたが、グレンは思ったよりあっさり、店の出口に歩を進めた。
エレクは拍子抜けしたが、すたすたと歩いていくグレンについて出口に足を向ける。
「俺に文句つける前に自分たちの腰にさげてるやつはどうなんだ。手入れが行き届いてなさ過ぎて、飾りかと思ったぜ。あぁ、それとも剣の腕前に合わせて、それなのか?」
店の扉に手をかけつつ、グレンは淡々と言い放った。顔は相変わらずの無表情だが、どうやら相当おこっていたらしい。
あっさりひきすぎるとおもったらこれだ。
今度は俺が顔に手をあててのけぞりたいくらいだ。
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