第5話 旅たちと別れ 3
「誰だ……!……エレク!グレン……」
そこには父、アーレンスと、ノアがよりそうようにたたずんでいた。
部屋中がノアの魔力で満ちている。ノアはアーレンスの傷口に必死に治癒魔法をかけていた。
「ノア……」
エレクは生きている人に会えたことで一気に安堵し、膝を折った。
ノアはエレクたちが無事なのを確認すると、すぐにアーレンスに向き直った。
アーレンス胸部には深く、長いやりが刺さっている。たくさんの汗をかき、必死に治癒魔法をかけ続けるノアには悪いが、もうアーレンスが息をふきかえすことはないだろう。
「アーレンス様、アーレンス様……っ。」
見たことのない、酷く歪んだ顔に涙をいっぱいに浮かべたノアがアーレンスに必死に語り掛ける。
「ノアさん。だめだ、やめよう」
グレンがノアに手を延ばす。ノアはその手を振り払うことはなかったが、魔法をやめることもしなかった。
「エレクが!グレンが……!あなたの愛する息子たちが帰ってきましたよ!渡すものがあるのでしょう……?伝えることがあるのでしょう……っ!」
ノアを取り巻く魔力がどんどん跳ね上がっていく。アーレンスを包む光も、比例して大きくなった。
「……ぁ。ノア……」
その時だった。
アーレンスの口がわずかに動く。
「父さん……っ」
エレクとグレンもアーレンスへの距離を一気につめる。
紡がれる言葉を聞き逃すまいと耳をすませた。
「もう……いい。ノ、ァ……。いままで、よくやって……。ありがとう……」
「アーレンス様!目を開けてください!アーレンス様!」
アーレンスはノアをしっかり見つめ、小さく口角をあげてから目を閉じた。紋章が欠片に変化したのはそれからほどなくしてからのことだった。
ぱあんっ
大きな音とともにノアの魔力があふれる。アーレンスをとりまく光もどんどん小さくなり、やがて消えた。アーレンスの目が開くことはもう二度となかった。
アーレンスが生を終えてしばらくその場に立ち尽くしたが、火の手がすぐそこまで迫っていたのもあり、その場から立ち去った。動こうとしなかったノアはグレンが腕をひいて離れさせた。アーレンスの亡骸は、エレクがその場で地の魔法を展開して埋めた。
「申し訳、ございません。アーレンス様を、お守りすることが……できませんでした」
火の粉を潜り抜け、森を抜けるところで、ノアは立ち止った。腕はグレンに掴まれたままだが、だらんと脱力しきったノアの腕をつかんでおく必要があるのかはわからないくらいだ。
「私はここに、残ろうと……」
ぱんっ
先ほどのノアの魔法があふれ切ったのに類似した音が耳を刺激した。
加えてエレクの右手はいやに熱い。
「エレク……?」
グレンの困惑したような声が聞こえるが無視した。目の前でぽかんとした顔をしたノアも知ったことじゃない。ノアの声を聞いた瞬間、エレクのなかでなにかがはじけた。抑え込むことはしなかった。
「ふざけんなよ!父さんがいなくなったら俺たちなんてどうでもいいのか。父さんから最後の言葉をもらっておいて、ここでノアまでしぬつもりかよ!」
口から責をきったように言葉があふれ出す。涙と一緒に色んな感情がぐちゃぐちゃで、よくわからない。
「……もうだれも、いなくならないでよ……」
エレクは、その場にしゃがみこんだ。ぽたぽたと涙が地面をぬらしていく。
もう、うんざりだった。死んでいく人達をみるのは。
昨日まで笑いあって言葉を交わしていた人たちが冷たくなっているのは。
「エレク……」
耳を刺激したのはどちらの声だろうか。働かぬ頭を思考させようとした瞬間、エレクの体は温かい何かに包み込まれる。触れた部分からゆっくりと熱をわかちあう感覚が身体を支配していく。
「申し訳ございません!もう、口にも出しません!あなたたち二人を何があってもお守りいたします!」
あぁ。この体温はノアか。温かい。
とくん、とくんと感じる心臓の鼓動にひどく安心した。
俺、生きてるんだ……。
この時、ノアの泣いているところを初めて見たと、あとからグレンが言っていたが、霞んだエレクの視界ではとらえることができなかった。
炎が目に見えて、近づいてきて、エレクたちは急いで森を脱出した。
待ち望んだ外の世界にこれた解放感などは少しも感じなかった。
※
「エレク。グレン。これを。アーレンス様からの贈り物です。『精々がんばれ。音をあげて帰ってきたら一生森で働かせてやる』とのことでした」
森を抜け平坦な道を歩きながら、ノアが小さな箱を二人に手渡す。
どこにかくしていたんだ、なんて言葉が咄嗟に頭をよぎったがこれを聞くのは野暮だろうか。
エレクもグレンも手を延ばして箱を受け取った。
「手袋?」
エレクの箱には一枚の手袋が、グレンの箱にはスカーフが入っていた。どちらも黒いシックなデザインで、アーレンスが選んだとは思えない代物だ。
用途はすぐに察することができた。
「きちんと、かくしてくださいね」
ノアはいつもと同じようににっこりと笑うと、もうひとつ手渡してきた。
「これは私からです。これはあなたたちが持っておくべきだ」
それは、父アーレンスの紋章の欠片だった。ぱきっと二つに割られて、銀のチェーンまでつけられている。
あのとき、もってきていたのか。チェーンなんてどこから出したのだろうか。
「ノアは、いいのか?」
エレクの問いかけにノアは振り返ることなく答えた。
「それがアーレンス様との約束でしたから」
ノアは雲一つない晴れやかな青空を見上げ、小さくつぶやいた。
「約束、はたしましたよ」
エレクもグレンもそれ以上追及することなく、チェーンを首にかけ、父アーレンスからの贈り物を装着した。
ここから二人の少年の物語が幕をあける。
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