第3話 旅たちと別れ 1

「グガァアア、グガァァ」


 まだ太陽も昇りきれていない朝方。いつもは静かな鳥に分類される『ウィンドーバード』たちが今日は忙しなく飛びまわっていた。


「なんだ。さわがしいな」


 グレンは倒していた体のままエレクに問いかける。


「うん。ウィンドーバードたちがね。村のほうでなにかあってるのかな」


 朝陽が目に染みるのか、グレンはゆっくりとまばたきを繰り返していた。

 伏せられた赤色の瞳が光に反射してきらきら光る。


「狩ってきた獲物がバードたちの嫌いなものだったとか」


「ああ。前も大騒ぎだったもんな」


 生態系の関係上、何かが何かを食べて成長していく。それは避けられないことだ。前回ウィンドーバードたちが大騒ぎしたときは、父さんたちが『外の世界』から狩ってきたバードたちの5倍はくだらないような尻尾の大きな鳥を目撃したときだった。自分たちが食べられるかもしれない恐怖に耐えられなかったんだろう。まぁ、その狩られた獲物はエレクたちが筆頭に村の皆でおいしくいただいたのだけれど。



 そろそろ村に戻って出発の準備でも、そう考え、エレクが腰を浮かした瞬間だった。


ぱあんっ


大きな音が森一帯に響き渡る。音と時間差で飛び回るウィンドーバードの一匹が空から重力に逆らえず落ちてきた。胸にぽっかりと大きな穴をあけて。


エレクは咄嗟に臨戦態勢をとる。グレンも腰にかけている刀に手をかけた。

そのまま周囲を警戒したが、人の気配は感じられない。精霊たちの気の流れも探ってみるが、エレクたちの周辺ではなにも変化はなかった。


「なんでバードが?」


 グレンは警戒を解かず、エレクだけで落ちてきたウィンドーバードを観察した。


 今日飛んでいたウィンドーバードのなかでもそれなりに大きい個体で、それを貫通する大きな『なにか』に貫かれ、即死していた。目は開かれ、くちばしも大きくあいたままだ。

 エレクは目を閉じさせ、くちばしもあわせてやる。グレンも目を閉じ、手をあわせた。


「ん?」


 そのまま焼いて埋めておこうと手を構えたエレクは小さな違和感を感じ、構えていた手をさげた。そのまま座り込むと、ウィンドーバードの傷口を観察する。


「どうかしたか」


 グレンが警戒を解き、エレクに近づく。


「これ、火属性の魔法だ。少しだけど風の魔力も残ってる」


エレクは傷口の周りの少し焦げた毛を触る。ぽろろ、と焦げた毛はエレクの指先で塵になった。


「火属性?そんなの」


 グレンはそこで言葉をとめた。表情が固まる。


「火の球を飛ばして、速度をつけるために風魔法で補助してる。それに、残った魔力の痕跡は一人のものだ」


 グレンの顔が困惑にゆがむ。そうだろう。この村で、火の魔法と風の魔法をこんな威力で使うことができる人なんて、一人しかいないのだから。


「ノアさん……?」


 その唯一の人の名がグレンの口から洩れる。


「村へ急ごう」


 ウィンドーバードの亡骸を燃やし、土に埋める。


 その最中も、エレクの頭の中は、一言であらわすなら、「うそであってくれ」だ。グレンは、ノアのことが頭を占めているだろうが、残っていた魔力はノアのものじゃなかった。

 エレクと違い、グレンは精霊の気や魔力の流れを感じることができない。というのも、エレクは自身以外にこういうことができる人物は知らないが。


 だから、村の人物でその魔力を使える人間が、「村の平和の象徴」であるウィンドーバードを襲撃した、と考えているのだろう。

 だが、残っていた魔力はノアのものではない。

 それがどういうことなのか。


 頭に浮かぶのは最悪の事態ばかりで、「うそであってくれ」とねがうことしかできない。握りしめた右の手がちりり、と痛む。


 『ウィンドーウッド』の森は迷ったら出てくることは不可能だと噂される森の一つだが、エレクやグレン含む村の住民からしてみれば、幼いころから慣れ親しんだ『庭』だ。迷うことなく生い茂る草木を分け、最短ルートで森を進んでいく。


 その数刻後、エレクの期待は、砕け散ることとなる。


 願いは届くことはなかった。


「……なん、で」


 エレクは走っていた足を止める。並走していたグレンもエレクに倣って足をとめた。エレクたちの目の前に広がるのは、燃え盛る『ウィンドーウッド』の村の姿だった。


「水よ!燃え盛る炎を払え!!」


 ぎりっ、と奥歯が鳴る。エレクは感情のまま手を合わせ水魔法を展開する。


 ぱんっと何かが爆発するような音をたてて、水が雨のように降り注ぐ。炎は一向に消える気配はない。


「やめろ!消すのは無理だ!村の、村の人たちを救助に行くぞ!森からぬけださないと!」


 もう一度水魔法を展開させようとしたエレクの手をグレンが掴み、やめさせる。グレンも何が起こっているのかわからないといった顔をしていたが、村人の救出が先だと考えたんだろう。


 濁りのないファイアーレッドの瞳に見つめられ、エレクは魔法の展開をやめた。

 二人で、今度は一歩一歩慎重に村へと歩を進めていく。現実だとは思えない光景に頭がくらくらする。


 『ウィンドーウッド』の村が燃える。

 その事実が意味しているのは、『侵入者』だ。


 『ウィンドーウッド』の村や森にはたくさんの精霊が住んでいるという。世界の様々な恩恵はこの精霊たちのもたらすものだといわれている。


 『ウィンドーウッド』の村、森は昔から精霊の加護が強く、それを受け継ぐ『ウィンドーウッド』の村の住民も精霊の加護を強くうけている。生まれたときに人は体に何かしらの魔力をまとって生まれ、『ウィンドーウッド』の村に生を受けると、その魔力に波長の近い精霊の加護が得られるのだという。


『ウィンドーウッド』自体、風の加護の強い村なことから、グレンの場合は、生まれ持つ『火属性』の魔力にあう火の精霊と風の精霊の加護を得ている。


 話がそれたが、そのため、村の誰かの火の力で村が、ましてや森が燃えるなんてありえないことだ。昔、エレクとグレンが森で修業している最中にグレンの火属性の魔法で炎が木に燃え移ったことがあったがすぐに消えた。燃え移った木には焦げ跡すら残らなかった。ほかの精霊たちの力によって相殺されたのだ。つまり、これは、村以外の『侵入者』の魔力が原因だということだ。


 そして、ここまで火が広がるまで、対処することができなかった、ということは。


 ぞわっ。


 そこまで考えたとたん、背筋に嫌な汗が伝う。もうエレクたちは村のすぐ傍まで来ていた。


 ここまで村に近づいているのに、どうして誰ともすれちがわない?

 だめだ。考えるな。まだ誘導の途中とかで誰も村からでてきていないんだ!

 でも、どうしてこんなにも、静かなんだ……?


「……っは、は」


 鼓動がどんどん早くなる。吸い込んでいるはずなのに肺が酸素を受け入れてくれない。


「落ち着け。まだわからないだろう」


 エレクより数倍頭がきれるグレンだ。エレクが考えていることなんてとうに考え付いているはずだ。それでもグレンは冷静さを欠いてはいなかった。


 エレクはすう、っと息を吐きだす。


 冷静になれエレク。村の人たちだって弱くはないんだ。ましてや、村にはノアもアーレンスもいる。大丈夫、大丈夫だ。


 自分に言い聞かせるように何度も「大丈夫」を繰り返す。握りしめたままの拳はじっとりと汗をかいていた。


 それはあまりに突然だった。


 エレクたちはいままで以上に警戒して村へと向かっていた。いろいろな自然の気の混ざる森の中、精霊の気の変化にもきをつけていたはずだ。


「かくれろっ!」


 グレンが言葉を発した瞬間エレクの膝はがくりと折れ、地面に倒れこんだ。

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