第2話 成人の儀2
「エレク!グレン!成人おめでとう!念願の外の世界だなあ!」
「あの悪戯ばかりで村をこまらせてたお前らが成人かぁ。大きくなったなあ」
「アーレンスもノアも寂しくなるんじゃないか?」
村の真ん中の噴水のそばまで行くとたくさんの村人が既に集まっていた。皆、仕事を終えた後だろうが疲労は一切感じられない。酒を片手に煽りながらはなす者もいれば、何かを食べながら談笑に混ざる者もいる。村人たちは、楽しそうにエレクとグレンの昔話に花が咲かせていた。
「父さんたちは済々するよ、とか言いそうな気がしない?」
エレクは眉を寄せながら、父、アーレンスの仕草をまねる。周りから「似てないな!」と声が上がるが、気にしない。
「ノアは……」
村人たちと父さんたちの物真似で盛り上がっていると、後ろから肩を叩かれる。ここにいる全員がエレクの肩に手が添えられるまで気が付かないほど気配を消せる人物など、この村には一人しかいない。エレクは肩に添えられた手の白さを確認すると、恐る恐る後ろを振り返る。
「『気を付けていってらっしゃいませ』。でしょうか?」
「ノア……」
にっこりとほほ笑むノアとしっかり目が合った。
「まったく、あなたたちは。こういう時は真っ先にお父様に報告なさるのが礼儀でしょう?家で息子たちがかえってくるのを楽しみに待たれていますよ」
きれいな眉を寄せ、ノアは整った顔をゆがませる。腕を組み、小さく息を吐く仕草は些かわざとらしい気もするが、彼がすると様になって見えるのが不思議だ。
「見つかったならしょうがないや。グレン、帰ろうか」
「父さんが待ってるらしいからな」
エレクたちがいてもいなくても盛り上がりそうな村人たちに軽く視線を送ると、ノアの後を追うようにエレクたちは父のもとへ走った。
※
ばんっ。
木でできた扉をエレクが開け放つ。中にいるアーレンスがびくりと身体を揺らす程、勢いがよかったようだ。
「父さん!只今もどりました!」
「もどりました。無事、成人の儀を終えることができました」
家の奥に座る、父アーレンスにむかい、エレク、グレン、共々声をかける。
アーレンスは最近延ばし始めた髪と同じ金色の髭をひと撫ですると、ふたりを一瞥した。
「そうか」
ためらいがちに言葉を発するアーレンスに、ノアが家の扉をしめつつ咳払いした。これもかなりわざとらしいものだったが、アーレンスには効果があったみたいだ。アーレンスもノアに倣い、ひとつ咳払いすると、エレクたちにむきなおった。
「エレク。グレン。ふたりとも成人おめでとう。これでお前たちも、大人の仲間入り、だな」
アーレンスはしきりに髭に手をやりながら、恥ずかしさを紛らわす。いつのまにかアーレンスの隣に並んでいたノアも「おめでとうございます」とにっこり笑っていた。
「ありがとう。父さん、ノアも。村の外に出れるなんて今からわくわくしてるよ」
エレクは紋章の刻まれた手をぐーぱーとせわしなく動かすと、小さく笑った。
「グレンもそうだろ?」
「あ、あぁ。父さん、ノアさん、ありがとう。俺も明日からが楽しみで今日眠りにつける自信があまりない」
グレンも無意識に紋章のある首筋を指でかく。
そんなグレンの様子を見て、エレクはこみあげてくる笑みを必死に耐える。
いつもと同じように無関心のような顔をしているが、上ずった声がグレンも喜んでいることを物語っていた。口数が少ないのは相変わらずだが、言葉の橋端にうれしさがにじみ出ている。エレクも結局口元が緩むのを抑えきれず、終始にやにやとした顔をさらし続けた。
それからゆっくりと四人で食事を楽しむ。
森の外でとれたという空を飛ぶ『魔物』と呼ばれる種族を煮たものや、森でとれたキノコや山菜を炒めたもの、たくさんの料理を四人で次々に口へ運ぶ。目の前に広がる料理がなくなるのに時間はかからなかった。
体格のいい男四人で食卓を囲むのだ。必然だった。
「さて、エレク。グレン。お前たちは俺たちが引き留めても、明日になれば、『外』にでるんだろう」
おもむろに口をひらいたのはアーレンスだった。もう空になった皿に視線を投げかけつつ、意識は確実にエレクたちにむけられていた。
エレクと同じ色をした瞳が「どうなんだ」と、問いかける。
「いくよ。俺は外の世界でもっと強くなる。父さんより、ノアより、もっと強くなって、母さんみたいに亡くなっていく人たちを助けるよ」
エレクは迷うことなく言い切る。アーレンスに真正面からむきあい、嘘一つない真っすぐな瞳で。
グレンは隣で「俺もです」と言いかけて言葉を飲み込んだ。エレクのように強い信念があるか、と問われたときぼろがでそうだったからだ。握りしめた拳が震える。
でも、俺のような捨てられた子供を育ててくれたこの人たちを守れる力が欲しいと思う。
「俺も、強くなりたいです。大切なひとを守れる力がほしい」
エレクがアーレンスから視線をはずしてグレンを見る。
エレクより身長も高く、体格もいいグレン。普段、口を開くことが少なくてもその存在感は相当なものなのに、そのグレンが隣で魔力があふれ出すくらい闘志をもやしているのだ。視線を奪われるのは至極当たり前のことだった。
やっぱり、かっこいいな。こいつ。
エレクも負けじと、もう一度父であるアーレンスに目を向けた。
「アーレンス様。エレクもグレンも興味本位などではないと思いますよ」
暫しの沈黙が四人の間にながれる。
漂う緊張感のなか、ノアがにっこり微笑んだ。アーレンスは「わかっている」と呟くと、もう料理ののっていない皿を早々に片付け、エレクたちの目の前に二枚の紙を広げた。
何の装飾もない木製のテーブルに並ぶ二枚の紙。
エレクは父から視線をずらすと、その紙に書かれた文章に目をすべらせる。
「『魔法学園への入学推薦書』……?オリエール魔法学園……って、ノアさんの!」
先に内容を理解したのはグレンだった。立ち上がったグレンにあわせて、がたんと音をたてて椅子が後ろに倒れる。
そんなグレンの反応を見て、ノアは笑みを深くした。
「ええ。私が通っていた学園です。サーシス家が治める領地に建つこの国隋一の魔法学園ですよ」
「ノアが推薦書を用意してくれたんだ。まあ、その、なんだ。がんばってこい。ふたりとも」
アーレンスの言葉にグレンが頷く。
エレクひとり混乱していた。
え?魔法学園?俺たちが夢にまで見たあの学園のことか?
それをノアが?
まず、ノアは魔法学園卒業だったのか。そこに俺たちも通える……?
「エレク?どうした」
心配そうにのぞき込むグレンに俺はとりあえず抱き着いた。
※
「それでは、良い夜を。」
「明日が楽しみだからって、遅くまで起きておかずにはやく休むんだぞ?」
あれから騒ぐだけ騒いだエレクたちは、アーレンスからの熱い抱擁を受けて、森へと向かった。
成人の儀を受けた日の夜は森の奥で過ごすならわしがあるからだ。
久しぶりの父からの温かさが離れていくのは少し寂しく感じたが、もう夜も更けようとする時間なため、森への道を急いだ。
「いよいよ明日か。いい旅立ちになるといいな」
「あぁ。なるさ。精霊様たちがついてるんだ」
エレクたちはどちらともなく横になると、ほどなくして眠りについた。
希望に胸を躍らせ、明日への一抹の不安も抱かずに。
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