幻の精霊使い

秋澄そら

第1話 成人の儀1

「エレク・リーフバーグ。グレン・アルムハウザー。精霊のもとに生まれ、精霊の力を宿しものたちよ」


 やっと。この瞬間が。


「その証を我の前に現したまえ」


 村長の声が消えるか消えないかくらいのところで、エレクはばっ、と風を切る音が聞こえるくらい激しく目の前の村長に向かって右手を突き出した。それに呼応するようにエレクの右の手の甲に刻まれた紋章が赤く光りだす。しん、と静まり返る建物の中、隣に立っているグレンも、静かに首に巻いたスカーフを外し、首筋に刻まれた紋章を露わにした。



 人の住む街から遠く離れた森の中、精霊の加護を受けし者たちが集う村『ウィンドーウッド』。

『ウィンドーウッド』に生をうけた者たちは生まれつきその体のどこかに紋章が刻まれている。


 人によって紋章の位置、模様は様々だが、親と似たような場所に刻まれていることが多い。その言い伝え通り、エレクの父アーレンスは右の手の平に、エレク自身も右の手の甲に精霊の加護を受ける紋章が刻まれている。


 その精霊に守られし『ウィンドーウッド』の村には破ってはならない二つの掟があった。


 一つは、『成人の儀を終えぬものは村の外にでてはいけない』。

 小さい頃は、こっそり抜け出そうとして見つかり、酷く叱られるという経験を村の住民なら一度は経験しているだろう。エレクとグレンも、ともに何度も脱出を計画し、見つかっては、父の護衛であるノアに何度も叱られた。村で一番叱られていたのは自分たちだと二人とも自負している。


 二つ目は、『村の外の種族に紋章を見せてはならない』

 これは叱られるたびにノアから口酸っぱく言われ続けた。「紋章を見られたらどうするんですか!」と普段は温厚なノアが唯一声を荒げるくらい大切なことみたいだ。当時のエレクたちはみんな体のどこかに刻まれている紋章をなぜ見られたらいけないのか。疑問で仕方なかった。


 でも、もう村の掟も関係ない。

 この儀式が終われば、俺たちは自由に村の外を旅できるんだ!


 エレクは、胸の高鳴りを体に感じながら、赤く光りながら浮かび上がる自らの紋章から目を離さなかった。


「あぁ。精霊の女神よ。この者たちに女神のご加護を……」


 あたりに白い光がぱあっと降り注ぐ。

 村長を中心に白い光の線が森全体を照らし包み込む。


 この光は「成人の儀」の終了を意味し、エレクとグレンが「成人の儀」を終え、一人前になったことを村全体に知らせた。


「グレン!やったな。俺たちやっと外の世界にでられるぜ!」


「あぁ。これでノアさんに叱られることなく森の外を見ることができる」


 飛びつくような勢いで振り返るエレクに、グレンも眉を寄せ笑いかける。


 外に出たらどうしようか。そればかりが頭を占める。

 外の世界には、たくさんの種族が住んでいるって聞くし、森よりたくさんの動物もいるらしい。ノアたちが外の世界から持って帰ってきてくれる『お土産』にもおいしいものがいっぱいだ。そしてなにより、外の世界は、父さんたちより強い人たちがたくさんいるみたいだ。


 そんなひとたちと手合わせできたら、と思うと、今からわくわくがとまらない。


「外にでたらやっぱり魔法学校か?強いやつがたくさんいるって聞くしな」


 喜びを隠せず、エレクは紋章の刻まれたまだ暖かな熱をもつ手の甲を撫でた。祝福ムードでお祭りの用意をしてくれている村の人たちのもとへ歩く足取りも重力を感じないくらい軽い。


「そうだな。腕のたつ者たちが集う場所、とノアさんも言っていたからな」


 魔法学校。それは成人を迎えた者なら試験に合格すれば誰でも通うことができる魔法を学ぶ学校だ。腕を磨くこと、知識を深めることが生きがいであるエレクたちにとって、条件の揃う他とない場所だった。


 成人の儀を終えた二人の気持ちはすでに明日からの希望に満ちているようだ。エレクは自身の周りに浮かぶ小さな光に触れると、小さく微笑んだ。


「顔が緩んでるぞ。……精霊か?」


「うん。俺には姿も顔も声もわからないけど、お祝いしてくれているんだなーってことは伝わってきたからね」


「そうか。よかったな」


 グレンもエレクに倣い、手を宙に浮かべた。その周りにもちらほらと精霊たちが集まっていく。グレンは精霊を視ることも感じることもないようだが、精霊たちの纏う気が温かいから、グレンも精霊からは好かれているんだと思う。


 頭の上の鳥たちも祝福してくれるようにまるく円を描いて飛びまわっていた。

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