第38話
ひび割れたアスファルト。ガラスの砕けた街灯。そしてドラム缶に廃材を放り投げて暖を取るホームレスの集団。崩れかけたビルジング。スクラップと化したパトカーの部品を売る露天商の老人。彼らの前に青と白で色分けされた都市警備の兵員輸送車両が走り込んできた。
そして続々と降り立つヘルメット。防弾チョッキ。ゼネラル・パートナーズ・アルファ・アサルトライフルを持っている。完全武装だ。
「な、なんだぁ?」
「戦争でも始まるのか?」
「各員に目標を通達!アルファチーム。ベータチーム。ガンマチーム。それぞれは三か所のマンホールより地下道に侵入。アンバランスウィルス感染者の巣窟へと突入し、これを殲滅せよ!」
「了解!」
都市警備の突入隊は一斉に掛け声をあげる。
「アルファサポート五名。アルファストライク五名。アルファリーダーの十一名。各隊はそれぞれ同様の構成となる。各班はリーダーの指示に従って行動せよ!また四名以上の戦闘不能者が出た場合速やかに撤退。二チームが撤退を開始した時点で本作戦は失敗とみなし中止とする!各員慎重かつ大胆な行動をとれ!以上!!」
「了解!!」
合計三十三名の都市警備の突入部隊はアンバランスウィルス感染者がいると思われる地下道に突入していった。
一方そのころ。
『AKIRA』では。
「はいおじいちゃん。こちらの椅子に座ってお待ちくださいねー」
「いつもいつもすまないねぇ。『AKIRA』のお嬢ちゃんたち。またご飯を配ってくれるんだろう?」
「あ。サンドイッチとカフェオレは予防注射の後になります。ならんでお待ちください」
店内は等間隔にパイプ椅子が設置され、地域住民の高齢者が座っていた。
「おーい。嬢ちゃん達。先生に注射してもらったよ。飯をくれ」
「ほらよ。サンドイッチとカフェオレだ」
カウンターにいたアロットは紙にプラスチックのケースに入ったサンドイッチとカフェオレを渡した。
イッパイアッテナは使い捨てマスクをしている。
「おう。ありがとうな。ちっこい嬢ちゃん」
「おい爺さん。今日は店内での飲食は禁止だぜ。今は待合室として使ってるんだ。そのサンドイッチは広い道路で食べるか持って帰ってから食ってくれ」
「わかったよ」
イッパイアッテナが注意するとサンドイッチを受け取った老人はマスクをつけ直した。
そのわきを発砲スチロールの箱を持ったクースケが通って奥のビリヤード台がある部屋に向かう。そこにはジェイムズ氏とワクチン接種を受けている老婆がいた。
「はい。それじゃあ左腕をだしてください」
老婆は右腕を出した。
「あのね。反対側の腕をお願いしたいんだけど」
「あたしゃこっちの腕で注射を受けたいんだよ」
ジェイムズ氏は左腕の袖をめくった。
注射跡がある。
「ダメだよ。ワクチン接種は一回。サンドイッチとカフェオレも一人一セット」
「ケチだねぇ。死んだアタシの旦那はもっと気前が良かったよ」
「お嬢さんの旦那さんはさっき注射受けてそこのドアから出て行ったよ。ほれ。旦那と仲良くサンドイッチ食べて来なさい」
老婆と入れ替わりにクースケが入ってきた。
「注文の品。届けに来たぜ」
「おお。済まないねクースケ=クン」
発砲スチロールの箱には保冷剤と共にワクチンの瓶が大量に入っていた。ジェイムズ氏はそれらを速やかに冷凍庫に入れる。
「このワクチンはアメリカ製だ。非常に信頼性が高く値段も安い。が。低温で保存しないと品質が劣化してすぐに使い物にならなくなってしまうんだ。管理は適切に。電源コンセントはプラグをしっかりと差し込んで。同じ冷蔵庫に沸かしたばかりの麦茶を入れて冷まそうなどと間違っても考えない事だ。庫内の温度が上昇してワクチンが使用不可能な状態になってしまうからな」
「不便なワクチンだな」
「クースケ=クン。君。アンバランスウィルスのワクチン接種はしたのかね?」
「俺注射嫌いだし」
「それはいかんな。今すぐしたまえ。ワクチン代金は。今日のアルバイトということで。遠慮するな」
ジェイムズ氏はクースケに半ば強引にワクチンを注射した。
「一切自粛せず好き勝手に行動するスラムの住人達だがこうやって食べ物を配給する。そういえば彼らは進んでワクチン接種を受けに来るんだ。例えばそう。ある国で全体的に恐ろしい伝染病が流行したとするじゃないか。ならば一回目の接種は三万新円。二回目は七万新円。受けたら支給する。そう言えば彼らは大喜びでワクチン接種を受けに来るんだよ。高齢者も若者も。男も女も。この国の政府はそれをやらないんだ」
「何言ってるんだあんた?」
「単なる独り言さ」
「おーいお医者さん!お医者さん!急患だよっ!!」
先ほど追い出した老婆の声がする。
「なんだね。今日はワクチン接種をするからよほどの重病人で尚且つ支払い可能な奴しか治療しないぞ。支払いできるならサメでもイルカでもクジラで治療してやるぞ」
「重症で支払い可能な奴だよ。紹介してやるからお駄賃おくれ!」
それを聞いてジェイムズ氏は。
「わかった。今すぐ心臓停止したナウマンゾウの蘇生措置にかかろう」
と、立ち上がった。
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