第35話
「このワシリーサはゲーム内で造られた君の母親のデータをセックスワーカーロボットにインストールしたものだ。ぶっちゃけ君のお母さんが若返って生き返ってセックスワーカーロボットになった」
「なんじゃそりゃ」
「何言ってるの。アタシこの人の母親じゃないわよ。アタシはこの人のオ・ク・サ・ン」
ワシリーサの瞳が赤く明滅する。
「ほら。96.72%の確率でアタシの夫じゃない」
「めっさロボですやん」
まぁ息子だから若い頃の亭主とかなりの要素が一致する。
「紀元前のワルキューレは昨年4月1日にサービス終了したゲーム。その時にゲーム内のデータもすべて失われたはずだ」
「じゃあなんでその中にあったはずのお袋のデータがセックスワーカーロボットになってるんだ?」
「それ。君に協力して私に何かメリットがあるのかねクースケ=クン?」
「え?」
「私は自分の利益にならないことはしない主義でね。例えばコルデー=クンは焼けた免許証。つまりIDを持っていた。免許証を取得できるという事は車が所有できる可能性があるという事だしそれには相応の財産を持っているという事だろう。つまり治療費を取りはぐれる心配はない。実際は少々違ったが今は別の形で支払いをしてくれている。イッパイアッテナ=クンは投資に見合う十分なリターンが得られるだろう。で、この件に関して私が君に助力して何か得があるのかね?」
クースケは大慌てでスマートフォンを取り出すと口座残高を確認する。銀行に預けてある新円は。
一応数百万新円ほどあるが。
果たしてこれで足りるのだろうが?
彼がロボットになってしまった母親の為に自分の全財産を使うべきか頭を悩ませていると『AKIRA』の店内に都市警備(シティガード)のクラウズがやってきた。
クラウズはクースケに見知らぬ女が抱き着いているのを見ると何となく上機嫌になった。
「ソイカフ。いや。今日は本物のコーヒーで」
笑顔でカウンター内のコルデーに注文するクラウズ。
「あ。ごめんなさい。もうソイカフ煎れちゃいました。造り直しますね」
「じゃあ代わりにサッカリーンではない本物の砂糖と、脱脂粉乳でない本物の牛乳をお願いします」
「やぁクラウズ=クン。この前の裁判では大活躍だったそうじゃないか。法廷で被害者遺族の奥さんは私の夫はオナホによって殺害されたんですとハンカチを嚙みながら訴え、すると裁判長はオナホとはなんですか説明してくださいと訴え、さらに風俗店代理人側の敏腕女性弁護士はオナホが原告の訴えは無効でありますオナホが被害者を殺害した事実はなく被害者は病死ですなぜならばこのオナホは未使用なのだからですと証拠品のオナホを提出しながら眼鏡を光らせつつ語り、すると原告の妻はそんなはずはないわ夫はオナホによって殺されたのよハンカチを食い破り、さらに裁判長が木槌を叩いて静粛にオナホについて説明を求めていますオナホとは何ですかと尋ねる」
「裁判史の歴史に残りかねないヒドイ判例についての話はやめましょう」
「で、今日はコーヒーを飲みに来ただけかね?」
「いえ。今日もお力を借りに来ました。実は都市警備の人員が一名。この近辺が行方不明になりました」
「ほう。この辺りには監視カメラはないのに随分とまぁ自信たっぷりと言うじゃないか。そもそも君達都市警備というのは契約している企業。金持を護るために存在する。大昔に存在した”警察”などというボランティア団体とは違うのだ。この辺りには君らと契約している連中はいなかったはずだろう」
「行方不明になったのは新人で。大昔の”警官魂”というのを持っているタイプです。私は個人的な利益の為に単独でこの店にやって来てジェイムズ=サンとお会いしたり。あ、コルデー=サン。今日はなんだかトーストも食べたい気分ですね。お願いできますか」
「畏まりました」
「私が時折このエリアにやって来るのを彼は目撃していたようでして」
「都市警備は二人一組で行動するのが原則だ。だが彼は単独でこの辺りに来てロストしたと」
「そうなります」
「トーストです。バターとジャム。別売りになりますが?」
「両方頂きます」
「この辺りは諸般の事情で監視カメラをつけない事にしているんだ。その方が都合のいい連中が多くてね。一応『AKIRA』に迷惑をかけなければ後は自由。そういう決まりがあるくらいだ。ただ、それを厳密守っているのは全体の六割程度かな」
「この店にジェイムズって奴はいるかあああああああああああ!!!!!」
『AKIRA』の店内に銃を持った男が入って来た。
カウンターにいたコルデーが素早くハンドガンで仕留めた。店内にいた別の女性店員が立ち上がる。
「コルデー=サンはそのままお客さんの応対してて。あたしがこのゴミ片づけとくわ」
「お願いしますねロベルタ=サン」
初対面の相手に=サンづけできない無礼な相手には社会人として礼儀を教えねばならない。ネオサイタマの常識である。
「都市警備の人間なのだからいつ如何なる時でも命を落とす覚悟はできていたはずだろう。銃撃戦などで」
「はい。自分も一応都市警備の人間なのでそれくらいの覚悟はあります。結婚するならそれを御存知の女性がいいですねぇ。あ。コルデー=サン。今日は何かデザートも食べたい気分です」
「趣味で造ったレーズンヨーグルトがあるんですけど。召し上がります?」
「じゃあ頂きます」
「なら問題ないだろう。スラムの路地に死体が一つ。増えるだけだ」
「いえ。それは問題ないのですが。通常の銃撃戦と違って所持品が回収できていません」
「遺族に送りたいと?殊勝だねぇ」
「そういうわけでなく。携帯に残された個人情報の方が問題でして」
「なるほど。都市警備の情報が色々入っていて一般人の手に渡ったとして対して役には立たんだろうと」
「はい。ですから回収に助力して頂ければそれなりに謝礼はできます」
「そうだね」
ジェイムズ氏は視野を狭くした。レーズンヨーグルトを歓喜の表情でスプーンで突っ込むクラウズの奥に、とても金に困ってそうな若者の姿が見える。
ふむ。彼が適任だろう。
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