第26話

 半壊した戦車が店の前に鎮座するカフェバー。『AKIRA』。

 店が入っている建物も崩れかけたビルジングである。建物の四階には『FIRE BOME』という売れないロックバンドグループが住んでいるらしい。

 『AKIRA』に戻って来たクースケをいきなり背後から飛び掛かり、押さえつけ、首に足をかけて窒息死しかけないポーズで拘束する男がいた。


「この凶悪殺人犯の証拠が見つかったってのは本当ですかジェイムズ=サン!!!」


 先ほどまで都市警備のコンクリートビルジングの中でベンチに座っていたはずのクラウズである。どうしてこんなところに?



「く、クルシイ・・・イキガデキナイ・・・」


 そして取り押さえられたのはクースケであった。


「やかましい!!心臓のある位置めがけぇてテーザーガンを撃ってやるっ!!」

「ぐあああああああっっっっーーーー!!!」


なお、二人は組み合った常態でいる。そんな姿勢で電気銃なんぞを打ち込めばどうなるか。

電気というのは接続されたものに向かって流れて行くものだ。こんな風に。


「ぐあああああっっっーーー!!!」

「ぐあああああっっっーーー!!!」


 『AKIRA』の店内に野郎二人の悲鳴が響き渡る。本当に仲のいいことだ。その叫び声はテーザーガンのバッテリーが切れるまで暫し木霊していた。


「何をしているんだね。この店には監視カメラはないかもしれんがそれよりも信頼できる銃を持った従業員というのが存在するんだよ。コルデー=クン。ソイカフお代わり」


「畏まりました」


 ジェイムズ氏がまったく止めるつもりのないような感情の心の籠った声で制止に入る。

 そして何事もなかったかのようにソイカフのおかわりを用意するコルデー。


「この凶悪犯の殺人を起こしたという証拠を今すぐ下さい!調書を用意しますんで。そして犯人の死体をそのまま火葬場まで送ります!!」


 クラウズは至って元気そうである。これなら精密検査の必要もないだろう。


「生かして捉えるという発想はないのかね?」


「そんなことをしていると世界の犯罪率は上昇する一方ですっ!!」


「それには同意する。じゃあ事件の証拠品を君に見せよう」


 ジェイムズ氏が見せた証拠品。それはクースケがゴミ捨て場から拾ってきた人形だった。


「これが殺人の凶器だ」


「それが凶器?」


「うむ。君が追っている事件は昨晩起きた風俗店での殺人事件。それに使われた凶器だ」


「え?あのう。自分はクースケがゲーム会社の善良な市民を殺害した証拠を見つけたと聞きまして急ぎ駆け付けましたしだいでして」


「ボカァもそんな事一言も言っとらんよ」


「まぁ。この際だからそっちでしょっぴきますか」


「おう。冤罪増やすんじゃねぇ糞警官」


「まずはこれを見てもらおう」


 言うが早いがジェイムズ氏は空っぽの注射器をクースケの額に刺した。


「うほっ!!」


 ちいいうううっ!っと血が取られる。その血を皿の上に垂らした。


「コルデー=クン。この血液のついた皿を流し台で洗ってくれ」


「わかりました」


 コルデーが血のついた皿を洗剤で洗うと、皿は綺麗になった。

 ジェイムズ氏は洗われた皿を再度受け取る。

 その皿に薬瓶の薬を少量。垂らした。


「これはルミノール試薬だ。ご覧の通り過酸化水素とともに用いると、血液の存在を強い発光で知らせる。こんなものは中世ヨーロッパにはなかっただろうが」


 そう。ナロニメーションファンタジーの世界にはルミノール試薬は存在しない!!こんなものを使えば魔女扱いで火あぶりされて終了なのである!!


「いえ。自分は警察関係者なんでそんな得意げに語られても」


「おいおいここは凄いですねジェイムズ=サマ流石ですねジェイムズ=サマと世辞を言うところだろう?まぁいい。見ての通り食器用洗剤で洗ったくらいでは血液は落ちない。そしてこの人形なんだが。例の風俗店から逃亡したものだ」


「本当ですかそれ?」


「形式番号から称号。それに発見されたゴミ捨て場というのは例の風俗店から三十分徒歩三十分の場所にあった。おそらくは内臓バッテリーが切れて、ゴミ捨て場に転がってたんだろう。そしてこの人形をひっくり返してくれたまえ」


 クースケとクラウズは床に転がる人形に近づいた。


「おい。お前そっち持て」


「なぜ貴様が命令する。この街を騒がす連続殺人鬼め。貴様は既にムサイおっさんばかり三人もの善良な市民の命を奪っているんだ」


「バカヤローどうせ殺すんなら美人の女子高生にするだろうが。いいから早くもて。ひっくり返すぞ」


 二人は人形をひっくり返した。人形の正面は金属そのままだったが、背中側には人間の皮膚らしきものがわずかに残留していた。


「なんぞこれ?」


「クースケ君に説明しておく。昨日事件があってね。ネオサイタマ市内の歓楽街で一人の男性の変死体が発見された。その男性が利用していたのはセックスワーカーロボットを端末機に入力した通りの外観にしサービスを提供するというものだ」


「で。このロボットが暴走して男を殺したと?」


「外装は客の好みに合わせて繰り返し変更するから比較的安物。つまり簡単に剥がせる塗料タイプの人工皮膚だな。昨晩は酸性雨の濃度が高かったので外皮がすべて剥げ落ちてしまったらしい。そして」


 ジェイムズ氏はルミノール試薬を人形の腕に垂らした。反応はない。


「ご覧の通り。このロボットが利用客に襲い掛かったという痕跡はない」


「しかしそれは本当に風俗店にいたロボットなんですか?別のロボットでは」


 ジェイムズ氏は胸のパーツを片方。取り外した。


「乳房インプラント。質感、弾力性のある形状によりセックスワーカーだけでなくファッションモデルなどの美容整形に多く用いられている。元々は乳がんで喪失した乳房を補填する為の医療技術なんだが『金になる』ためにこちらの方に流用されている。配管手術を施せば問題なく授乳も可能だし内臓ジェルタンクにより本物同様母乳が出る。で、今回重要になるのはジェルタンクの中身だな。間違いなく店で使用しているものと成分が一致するはずだ」


「おい。同じロボットだってお巡りさん」


「で、ではどのような方法で被害者は殺害されたのですか?」


「この袋の中身なんだけど」


 紙袋に「証拠品」と書かれた物をジェイムズ氏はクラウズに手渡した。


「疑似口腔。疑似生殖器。疑似排泄器。すべて試薬で精液反応を確認した。陰性だった」


「はい?」


「各パーツは新品なので被害者は本番前に死亡していることになる。あとこっちは歯形から割り出した身元照会。ちゃんとした会社の、役員だった。ちなみに私の司法解剖では死因は心臓発作」


「え?」


「病院から取り寄せた診断書を見たところかなり利益を上げているゲーム会社の役員だったようだね。毎日いいものを食べていたんじゃないかな。ステーキとかウニとかメロンとか。そのくせ普段からパソコンの前にいて、運動をする事がすくなかったようだ。LDLコレステロール値が非常に多い。ストレスもたまっていたんだろう。気軽にハッサン!しようと思ってお店に行って好みの女の子をロボットで造ったら」


「心臓に送る血液が足りなくなってお陀仏?」


 コルデーがやって来た。


「お飲み物。なんにします?」


「ソイカフで。本物は飲むと眠くなるんで」


 クラウズは携帯を操作し、空中にキーボードとディスプレイを出現させてノートパソコン状にした。そして、カウンター席で調書を書き始める。

 さて。なんて書けばいいんだろう。


「おーし!チビ!じゃなくてアロット・イッパイアッテナってのが本名になったんだな!!俺が無罪になった祝いにセックスワーカーロボットって奴を説明してやるぜ!!まずはこの乳房インプラントってやつなんだが」


「知ってるぜ!!ミルクを入れて本物のオッパイみたいに吸い付くんだろっ!」


「やかましいやてめぇらっ!!」


「後今日は俺の奢りだ!好きな物を頼んでいいぞイッパイアッテナ!!」


「じゃあベルモットって奴を頼むぞクースケっ!!」


「ノンアルコール飲料にしとけっ!!」


「だからやかましいぞ黙ってろっ!!!」


 ネオサイタマの治安を守る優秀な都市警備職員クラウズ・ズドライブは今日もまた。一つの難事件を解決した。

 その陰には彼のたゆまぬ努力があることを忘れてはならないだろう。




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