第18話
『AKIRA』
クースケ行きつけのこの店は真っ赤なネオンサインが目を引くカフェバーである。ネオサイタマヒカワジンジエアエリアにしては比較的治安のよいこの近辺で食事をするにはうってつけの店だ。
と、云うよりこの近辺はヒカワジンジエアエリアを根城とするヤクザ集団の縄張りでもある。クモの巣状に張り巡らした道を上手に歩けば酒。銃器。賭博。個別屋。入浴室、(男女混浴専用)。宿泊施設、(男女ペア兼用、男男専用、女女専用各種御用達)。それらに付随する設備にインフラを整える為の従業員。水、電気、食料品を供給する。
ヤクザがネット通販を利用し、それが自分の家まで届かなかったら困るからだ。通販業者が利用するルートの道のり安全はバスケットボールをする若者。女連れで腰に手をやりながら歩く若者。ホットドッグを売るワゴンカー。電話ボックスの中で通話中のサラリマン。それらが目印だ。
雨の中でバスケットボール?妙だな?
でも彼らのスポーツバックの中にハンドルガンが入っていて、バスケットをするだけでアルバイト代が貰えて、雨の日は割り増し料金が出るかもしれないぜ?
『AKIRA』の店は目立つ。店の前に車輪の壊れた、専門用語で履帯だの無限軌道だのと言うらしい、が壊れたものが二両。正面玄関口を挟み込むようにかく座していた。
「まるでホンモノみてーだな」
クースケは『AKIRA』に入店する前に軽く戦車を 叩いてみた。重い金属音がする。
それは本物みたいだな。ではなく、本物のM1エイブラムスである。もちろん脚回りが壊れているので動く事などない。
但し。
本物の戦車なので仮に『AKIRA』の店舗に向けてRPG-7のようなバズーカを撃ち込んだとしても、それらは戦車の装甲に押し止められ、店内に侵入することはない。
高速で走る車両の上からすれ違い様に正確に『AKIRA』の店の入り口目掛けてバズーカ撃ち込むとか(その前に雨の中をバスケットボールしている連中を通る必要があるだろうな)。または向かいの食料品店の屋上、或いは店内から撃つか。
『AKIRA』と、向かいの食料品店の間の道路の上には海外の路地でよく見かける洗濯物を干す綱が渡されている。ただ、風に吹かれたのか管理が行き届いていないのか、それはクモの巣状に絡まっている。
つまりは向かい側の建物の屋上からバズーカを入り口の扉向けて撃ち込むのは大変に困難であるし、店から出てきた人間をスナイパーライフルで狙撃するような芸当も難しいであろう。
まあそんな心当たりがある人間でないのであれな斯様な心配は不要であろう。
『AKIRA』の向かい側にあるのは食料品店。店で使用する食材を買い足す為に頻繁に従業員が出入りすることもある。この店もまた、地元ヤクザの息のかかった店舗なのだ。
「まぁ。『AKIRA』っぽいからいいかな」
そう店の前に堂々と鎮座する朽ちた戦車見て、ユースケはそう思いつつ店内に入った。
そう。戦車の残骸がスラムの飲食店の前に転がっている。という光景は。
大変に『AKIRA』っぽい。
あるいはサイバーパンクっぽい。
これが中世ヨーロッパ風ファンタジー世界だったらどうだい?
違和感バリバリじゃないか。
冒険者ギルドの前に壊れた戦車が転がっている?
そんなのぜんぜんファンタジーじゃないぜ。
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