第17話

 スズキ・クースケは運転手(リガー)だ。

 週休四日。

 月曜日。水曜日。金曜日だけ出勤し、ゴミ収集車を運転。市内の決められたルートを回ってゴミ袋を車にぶちこみ、焼却炉まで運ぶ。

 それで毎月二十五日に給料が振り込まれる。

 夏と冬に賞与が至急される。あとは保険証があるくらいか。

 なんで俺は安い仕事をしているんだろうな?

 そう思いながらクースケはゴミ袋を車にぶちこむ。たまに袋に混じって人間の死体が放置されていることもある。

 決まりなので都市警備(シティガード)の連中に連絡する。まあ身元がわかることなどほとんどないがこれも決まりだ。


『サイタマ市民の皆さま。お早う御座います。本日は降雨に伴い、イエルガ粒子濃度が上昇しています。市民の皆さまは住居の施錠をしっかりと行い、不要不急の外出を控えましょう。繰り返します。イエルガ粒子濃度の上昇』


「お仕事がある人はそういうワケにはいかないんですヨーダ」


 クースケは街頭アナウンスにぼやきながらも作業を続ける。固定給が保証される仕事といえば聞こえはよいが、条件はそうでもない。

 夏は暑く、冬は寒い。だってニホンには四季があるから。

 オマケに今日みたいな雨の日には全身ずぶ濡れ。だってニホンには四季があるから。

 次の集積所に着いた。

 ゴミ袋の山に混じって妙なものがあった。


「死体か?」


 一瞬そうかと思ったが、全裸の女。頭髪はなく。全身は金属製。


「なんだ。ただのマネキンか」


 それにしてはよくできてる。肌の質感とか本物の人間界みたいだ。上物のラブドールを誰かが使い捨てたって感じだろうか。


「貰っておくか」


「そんなものよりこっちの方がいいぜクースケ」


 ゴミ収集車に乗せていた浮浪児がゴミ集積場のゴミの山の中からお宝を発見した。男もののコート。比較的新しい。ブランドもの。新品と言って良い。


「お前にはデカすぎんだろ」


「じゃあこいつは?」


 ポケットの中に財布が二つ。入っていた。


「おいおい。他人のカードは使い物にならないぜ。そんなもの捨てろ」


 浮浪児は中身を見せた。

 コインと紙幣じゃねーかよ。それを捨てるなんてとんでもない。

 浮浪児は財布を自分のポケットにしまった。

 マネキン人形は直せばまだ使えそうなので頂いておく事にする。


「そんなもん拾ってどうしようって言うんだよ?」


「高く売れるんだよ」


 マネキン人形をゴミ収集車の助手席に乱雑に押し込むと、クースケはゴミ袋を拾う作業を再開しようとした。

 振り返るとゴミの山の前にボロ布を被った男が二人。立っていた。


「おい兄さん。たいしたお宝見つけたみたいだな。俺たちに分けてくれよ」


「そうだな。そのゴミ収集車ごとでいい。おまけにあんたの命をつけてくれ」


 こういう雨の日はこの手の輩が増えるから困る。


「わかった。少ないが財布の金を全仏やるから命だけは勘弁してくれ」


 クースケはゴミ収集車の運転席に向かった。


「そうかそうか。財布をくれるのか。それはありが、とう、よっ!!」


 追い剥ぎ(ハイウェイマン)は背中を向けたユースケに鉄パイプを振りかざした。

 避けると同時に拳を叩き込むクースケ。


「バカなっ!こいつ背中に目があるのかっ!!?」


「んなもんねーよ」


 ゴミ収集車のサイドミラーに鉄パイプを持って近づいてくる不審人物が見えたので正当防衛に出たまでである。

 クースケは運転席にあったサンドイッチ。朝食用に購入した物を追い剥ぎに握らせてやった。


「ほれ。半分こして食え」


「ヒイイイイッツッツッツ!!!」


 追い剥ぎ達はサンドイッチを放り投げると慌てて逃げてゆく。


「おいおいもったいないことしやがつて。食べ物を粗末にするんじゃねーよ」


 クースケは水溜まりに落ちたサンドイッチを拾った。そんなものを食うのかだと? 資産に余裕がある人間はまず。食べない。クースケも食べない。 

 ではなぜ拾ったのか?

 彼は今、ゴミ収集車の運転手として働いている。彼の担当エリアはここだ。

 生ゴミを放置しておけばカラス。ゴキブリ等が増えるだろう。

 その前に捨てた方がいいに決まっている。


「で、俺はこのマネキン人形の膝の上か?」


 そう言えば今日は連れがいたのだ。助手席を荷物置き場に使用できないのでクースケはマネキン人形を取り出し、座席を開けてやることにした。


「そうだな。今回に関しては女の子とお宝。どちらかを選べと言われたら両方とも持ち帰る。って言えるかな。例えばこの車はゴミ収集車であってトラックじゃない。後ろに人形を放り込むとどうなる?」


「プレスされて潰れるぞ」


「人形は運転できない。だから俺が乗る。助手席にはお前が乗る」


「やっぱ諦めるしかないだろ」


「ところが。人間には知恵と技術と機転って奴があるんだ。自動運転の車と違ってな。それを組合わせると」


 クースケは人形をゴミ収集車の屋根の上に放り上げた。そしてロープで軽く縛る。さらにネットをかけて固定。


「これでお宝をお持ち帰りする事ができる。無事戦利品を持って帰ったら売り捌く。人形は雨ざらしでいいがお前は生きた人間だからな。屋根のある助手席に座ってくれ」


「おー」


 クースケは泥水サンドイッチを運転席に放り込むと。緒に袋に入っているコーヒーはまだ飲めた状態だからだ。浮浪児がシートベルトを締めるのを確認すると、ゴミ袋集めを再開するため、ゴミ収集車を走らせた。

 そう。ゴミ収集車は屋根に雨ざらしのラブドールを乗せたまま、走り続けた。

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