第16話
「御足労様です」
ネオサイタマネオラクーンストリート。
ある風俗店の前で都市警備のクラウズはジェイムズ氏を待っていた。
「おいおい。こんな朝からお風呂屋さんかね?」
風呂屋。とは。風俗店を意味する隠語である。サービス終了後入浴をする必要が顧客風俗嬢双方に必要な作業であるからだ。古くはどういう理由かトルコ風呂と呼ばれ、トルコ政府から呼称を変更するよう強く抗議された事もある。なぜ風俗店を意味する店舗が吉原銭湯ではなく、トルコ風呂と呼ばれていたのか。全くもって理由は不明である。
「いえ。昨日非番だったのでぐっすり休んでいたところ事件がありました。そのせいで今日は早番を命じられました」
「ああ。この歓楽街で酔ったサイボーグが腕のビームガンを撃ちまくったらしいな」
飲み屋や風俗店。パチンコ店の看板があちこち破壊されている。流れ弾だろう。
「犯人は本格的な銃撃戦が始まる前に脇道に入って逃亡したようです」
「ゴミ箱とかエアコンの室外機とか置いてあるビルの隙間ね。で、君は捜索を命じられたと」
「いえ。協力をお願いしたいのはそちらではありません。こちらです」
クラウズは風俗店の中に入っていた。
細長い通路。個室に通じるドアが幾つかある。そのうち一つが開きっぱなしになっている。
「こちらです」
何もない室内である。厳密には正方形の真っ白なコンクリートの室内に全裸の男が床にうずくまるように死んでいる。
「ふむ。これは」
ジェイムズ氏は軽く死体を調べた。
「目立った外傷はない。絞殺。刺殺以外の何らかの方法。よく調べれば髪の毛の部分に毒針を差した跡があるかもしれんが今はこれだけだな」
ジェイムズ氏は一枚のカードをクラウズに渡した。
「ID。ですか?」
「死体の下にあった。支払いクレジット機能付きの奴だね」
「これで身分証明ができますね。ニッテイ・タロウ。国籍ネオジャパニーズと」
「それ。君が持ってる都市警備用スキャンでチェックしてご覧」
クラウズは言われた通りにやってみた。
「えーと。あれ?エラー??どういうことだ??」
「顔写真以外は出鱈目の偽造品だよ。ここは風象店だからね。支払い用に口座に金はきちんと入っているんだろうが。そのカードに記載されとる住所と名前は架空の物。当人はきちんとした会社に勤めている。おそらくは結婚しているだろうし子供もおるかもしれん。だからこそこういう店に出入りしているのが知られていると困るんだ。だから痕跡を残さないよう偽造カードを使用した。結果これから君はネオサイタマ市内の監視カメラの映像を全てを確認し、この男がどこから来たのか。それを調べねばならなくなった」
「服がないようですが」
「通常であれば犯人が被害者の身元特定を防ぐために持ち去った。と。言いたいところだが今回は事情が異なるな。この店は最先端の設備を備えた全自動無人個別屋だ」
「それ。どんな店です?店員がいないようですけど。一体何をする店なんですか?」
ジェイムズ氏は壁に埋め込まれたパネルを取り外した。リモコンになっている。操作すると天井。床。壁面に映像が表示された。
「自分の好きなシチュエーションを選択可能。場所は塹壕のある戦場。地下牢。ヨーロッパの王城の玉座。薄暗い洞窟。亜熱帯の無人島。逃げ場の宇宙船の中。どこでも自由に選べる」
壁面の背景映像がが次々と変わる。様々なバックに浮かぶ、ジェイムズ氏。クラウズ。そして床に転がる全裸男の死体。
「自分自身の姿も自由に変えられる。まぁ映像だけだけね。この空間でのみ好きな姿に変身する事が可能だ。こんな風に」
ジェイムズ氏はボタンを押した。
逃げ場のない宇宙船の中。床に転がる全裸男の死体。クラウズ。そして緑色の触手のモンスター。
「うあああああああああああ!!!ばけものおおおおおおお!!!」
クラウズは拳銃を向けた。
「ひいいいいいいいい!!!た、たまがあああ!!たまがでないよおおおおおおおおお!!!!!!!」
「お探し物はこれかね?」
緑色の触手モンスターは触手の先にハンドガンのマガジンを持っていた。
「あうあうあーーー!!こるdぇええさぁあんこるえええさぁあんん!!!!」
「落ち着きたまえ」
リモコンを操作すると触手モンスターはジェイムズ氏に戻った。
「これはあくまで映像であって別に身体能力が上がるわけではないんだ。君に拳銃で撃たれれば死んでしまうので弾丸を抜かせてもらったんだよ。はい。返すよ」
ジェイムズ氏はハンドガンの弾をクラウズに返却した。
「この店は清潔が売りだ。客がすべてのサービスを利用し終わったら」
ジェイムズ氏は折り畳み傘を差した。室内である。そしてリモコンを操作。
室内に土砂降りの雨が降る。
ずぶ濡れになるクラウズ。そして全裸男の死体。
「この部屋でホステスのサービスが終わったら室内全体を殺菌消毒する。次亜塩素酸ナトリウムを噴射し、汚水は排水溝へ。全自動で洗浄される」
雨が止んだ。ジェイムズ氏はボタンを押す。床からピラミッドの奥に納められているような棺が出現する。
「そしてホステスはカルナック神殿の女王様だ。こちらの端末で人種。髪型。髪色。瞳の色。スリーサイズ。その他をインプットすると客の嗜好に合わせたセックスワーカードールが用意される。忙しいお客様にはホストコンピューターに登録されたアーキタイプもご用意されている。人気のパターンランキング上位100選もあるぞ。君はどれにする?」
「棺の中。空なんですが」
「ふむ。どうやら中に入っていたのは犯人のロボットさんのようだな。まぁ暴走して被害者を殺害。そのまま店の外に出たというところだろうが」
ジェイムズ氏は廊下を再確認した。
「店の性質上監視カメラはなし。まぁホストコンピューターにアクセスログはあるだろう。捜査令状を要求して開示を頼んだ方がいいと思うがね」
「どういうことです?」
「部屋の見た目通り。カルナックのミイラはこの世界に蘇った際に姿を変貌させたってことさ」
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