第12話
店の中にアメリカ人が入ってきた。
太った中年。
「ようやく待ち人来たれり。か。クースケ君。暫く外で見張り番を頼む。店内に誰も入れないように」
「わかった」
クースケは席を立った。
「随分と。表通りから離れた店なんですね。探すのに苦労をしました」
太ったアメリカ人はジェイムズ氏の隣に座りながらナビゲートアプリを使用していたスマートフォンをポケットにしまった。
「いい店だろう。充分なプライバシーを確保できてドレスコードも厳しくない。普段は客が多いが今日みたいに事前予約をしておけば人目を忍んで内緒話をすることもできる。調理設備もあるし冷蔵庫には本物の肉もある。まぁ冷凍食品だがね。さらに」
バーテンダーの男はカウンターの下からショットガンを出した。
「セキュリティも万全。というわけさ。さて。ここは飲み屋なのだから何か注文したまえ」
「では。ビールを」
注文を受け、バーテンダーが出したのは。
ビールではなかった。
氷の入った褐色の泡立つ液体に輪切りのレモンが添えられている。
「これは?」
アメリカ人はバーテンダーに聞いた。注文したのと違う品が出て来たので当然だろう。
「バーテンダーは客の心理状態を把握してその人に合った飲み物を提供するのが仕事ですので。そのコーラは私が父からレシピを教わった手作りコーラです」
太ったアメリカ人はコーラを一口。飲んでみた。
「懐かしいな。実はな。子供の頃見たアニメに。内容はよく覚えていないんだが。そう。確かこういう内容だったな。中世ヨーロッパにタイムスリップした現代人が現代の知識で大活躍するアニメだったよ。アーサー王にジャガイモの造り方を教えて食糧危機を回避してカムランの丘を勝利に導くんだ」
「ほう。面白そうですな。君。私にもコーラを」
ジェイムズ氏もコーラを頼んだ。
「ただ。アーサー王が女性というのは失笑物だったな。そして現代からやって来たハイスクールの生徒と結婚して国を立て直すんだ」
「ヘラクレスみたいなアメフト部員が敵として立ちふさがるんだろう?」
「よく知ってるな」
「私も見た事あるからな」
二人はコーラで乾杯しながら盛大に笑った。
「タイムマシンがないからアーサー王の時代に行くのは無理だ。だが現代にいるまま自分の娘相手にコーラを手作りしたり、アイスを手作りしたりしてみせれば」
「中世ヨーロッパに行かずともパパすごぉ~い。さすパパ!!って言って貰えるわけか。考えたじゃないか」
「ところで保険屋さん。私の娘の遺体の返却についてなんだが。DNA鑑定でそれらしきものが見つかったと」
「ああ。それなんだけどね。今から言う事は他言無用。君の奥さんにもだ」
ジェイムズ氏はバーテンダーに手を出した。
「君。首に付けている自動翻訳装置を」
バーテンダーは首に付けているチョーカーをジェイムズ氏に渡した。
「これは今時珍しくもなんともない自動通訳マシン。彼は日本語しか理解できなくてね。これで今からする我々の英会話を一切理解できない。表の見張り番もあまり達者ではない。学のない人間を敢えて雇っているのは使い道があるからだ。で、ここからが重要。娘さんは生きている」
「なん・・・だと・・・?!」
ジェイムズ氏は写真をテーブルの上に置いた。
「このネオサイタマ在住。アジア系の女性の顔に整形した状態で。この顔で先日幼稚園で百名近い子供を殺害した犯人に対し正義の銃弾を撃ち込む事に成功した」
「なぜそんな事を?まるでアサシンみたいじゃないか」
「実際そうだ。彼女は全身に重度の火傷を負っていてね。治療費が必要だった。後払いでよかったのだが。それに当人も自分をこんな目に合わせ、そして子供達を不当な理由で殺害した男に復讐する動機があった。教会で千ドル寄付し、神父が祈り、囁き、詠唱し、念じたところで、灰になった死者を蘇らせることは不可能だ。が、私は医学的に可能な状態ならば治療によって現世に戻すことが出来るんでね。仕事をするのと交換に蘇生させることにした」
「いつ娘を返してもらえる?」
「すぐには無理だ。巻き添えで外交官が死んでいる。一応国家公務員なんでね。犯罪の片棒を担いでいたとはいえ連中にもメンツがあるだろう。暫くは犯人捜しをする。かの国の政府の連中は。まぁネオジャパン政府の奴らよりかは国体に拘るからな。少なくとも数年は地面の下にもぐる必要がある。相手がネオジャパン政府だったらいくらでも無視できたんだがそれ以外の国ならそうはいかん。数年後。ほとぼりが冷めた頃、マリア・スクロドフスカと言う名のポーランド人をアメリカに入国させる。彼女を養女にしろ」
「スクロドフスカ?」
「どこの何者だかは君の妻に聞くといい。それと保険金として毎月五百ドルと手紙の入った封筒を送る。文面はワープロソフトで打たれたものだが、内容は読めば誰が書いたか。直ぐにわかるものだ」
「信用していいのか?」
「父親がバーベキューの時炭にガソリンをかけた。だからその液体がなんだかわかった。最初の手紙の内容はこれだ。毎月こういう内容の手紙は届く」
「そうか。それが娘の助かった理由なのか」
太ったアメリカ人はテーブルの写真を取ろうとした。それを横からジェイムズ氏は取る。
「すまんがこれは渡せない。彼女は。死んだことになっているんでね。言うなればかの有名なシュレティンガーの猫だ。生きているか死んでいるかどちらでもない状態。その日がくるまで箱は絶対に開封してはならない」
ジェイムズ氏は写真に火をつけ、灰皿に捨てた。
「そうだな。その方が娘にとってはいいのだろう」
「今しばらくの間。死んだことにして空っぽの棺の入った誰も眠っていない墓石に花束を添える作業を毎月やって欲しい。君が急にウキウキスキップし出すと近所の人間が怪しむ」
「なんだかスパイ映画みたいだな」
「状況としてはそれに近いからな。では墓参り頑張ってくれ。そうだな。無意味に鼻をかむ振りをして、涙を堪えるフリなんかがいいと思うぞ」
「頑張ってみる」
太ったアメリカ人は店を後にした。
「父親に自分の手作りコーラを振る舞った感想は」
「そうですね」
バーテンダーの姿が揺らぐ。すると青い薔薇のついた、黒いバケットハット女性が現れた。
「私はあの人の娘なんだね。そう思いました」
「ふむ。顔は整形。髪の毛は人工毛だ。ただスタイルからして君は一応母親似だと思うのだが」
「いえ。中身の話です」
コルデーは笑顔でそう言った。
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