第10話

「クースケ君。あのゴミ袋なんだけどね」


 ジェイムズ氏はグラスに入ったスコッチを揺らした。


「花見客の残していったもんです。そこら辺に幾らでもありましたよ」


 クースケはバーボンを持っている。


「次からはちゃんと手袋をして使いたまえ。指紋が沢山あったと誤魔化すのも限界があるんだよ」


「はいはい。気をつけますよーだ」


「罰として今晩の酒代。君が出したまえ」


「いいですけど。疑問があるんですけど」


「なんだい?」


「なんであの外交官。放火犯と一緒に北に向かって車走らせてたんでしょうね?普通ネオナリタ国際空港に向かうはずじゃないですか?」


「ふむ。それなんだけどね。まず外交官の所に格安航空会社の担当者が行くんだよ」


「格安航空?」


「その格安航空会社の人がネオイバラキ空港から出発する航空機のチケットを渡すとね。どうしても外交官はネオイバラキ空港に向かわざる負えないんだよ」


「でもどうして車を使ったんだ?別に新幹線でもいいじゃないか」


「フム。それなんだが。そもそも外交官という連中の一番の仕事はなんだと思う?」


「外交官だから外交じゃないですか?」


「つまりA国とB国の大統領が直接会うとする。その内容を事前に用意したり会場の準備。警備態勢の確認などをする。それらが外交官の仕事となる」


「ゴミ収集車の運転手より立派そうなお仕事だ」


「その中には自国民の保護活動も含まれていてね。彼らはその為に最大限努力する義務がある」


「百人近い子供を殺した殺人犯の逃亡させるのがお仕事ですか」


「ここで重要なことは彼らにとって邦人保護。つまり殺人犯の国外逃亡は単なるアルバイトに過ぎない。それなりの報酬を受け取ってする。優先順位としては自分の国の大臣がやって来た際にホテルのスィートルームを予約の電話を入れるのが上なんだ。外交官にバイト代を払えない万引き犯とかは普通に地元の警察に逮捕されるから。覚えておきたまえ」


「自国民の保護というよりは金を保護している感じですね」


「まず殺人犯を移送する予定の外交官に自動車会社の営業マンがアプローチした。彼は外交官を高級ステーキハウスに呼び、ステーキ会食をした。午後九時以降に」


「なんだって!?外交官と一緒に午後九時以降にステーキ会食だって?!!」


「ちなみに大使館に問い合わせるとそのような事実は存在しないという返事が返ってくる」


「どうして一緒に会食したはずなのにそんな事実はないというへんじなんだ?!おかしいじゃないかっ!?」


「さらに営業マンはお土産にワインの入った酒樽を渡した。木製で、ちょうど三リットルくらい。本当にお土産用のヤツだよ」


「まあ。お土産だしな」


「そしてそのワインは日持ちしないで家に帰ったらハンマーですぐ叩き割って中身を出すように外交官に言う」


「おいおい。ワインってのは年単位で保存できるもんだぞ。大航海時代には飲料水として船舶に積まれて保存飲料ならともかく現代ならペットボトルで飲み物を運ぶべきだろう?」


「外交官が自宅に帰って木樽を割ると中には金の延べ棒が入っているんだ」


「どうして金の延べ棒が入っているんだっ!!」


「営業マンは実績を作るため、レンタカーを借りて欲しいと頼む。費用はこちら持ちでメンテナンス費用等は全て引き受ける。そういう条件で。車はもちろん自分で運転を楽しむことも出来るし、疲れたらカーナビゲーションに任せて自動運転も出来るタイプだ」


「はーん」


「下級国民が買い物に使うんじゃなくて上級国民がドライブに使いそうなこんなオープンカーだね」


「おいこれあの車やんけ」


「さらにヘリコプターの運航会社の営業マンが外交官と高級寿司店で会食をする。機械ではなく職人が一貫一貫手で握り客に出す店だ。午後九時以降に」


「なんだって!?外務省の役人が午後九時以降に高級寿司店で会食っ!?」


「ちなみに大使館に問い合わせるとそのような事実はないと返事が返ってくる」


「どうして午後九時以降に高級寿司店で会食したのにそんな事実はないという返事なんだ?おかしいじゃないか!!」


「ヘリコプターの運航会社の社員はお土産としてネオサイタマ銘菓小判饅頭を渡す」


「コインの形したお菓子だよな。上手いもん。まあお土産にはいいかな」


「うむ。小麦粉を焼いた生地の中にクリームやチョコレートなどの注入したものだ。私のような老人にはつぶあんのような優しい甘さがちょうどいいだろう。ところで包み紙のセロテープを剥がした後がある」


「おいおいつまみ食いしたってのか?相手に失礼ダゼ」


「いや。箱の小判饅頭は全部揃っている。饅頭を持ち上げるとヘブンデパートグループ共通のショッピングカードが全ての饅頭の下に入っているだけだ」


「どうしてショッピングカードが入っているんだっっっっ!!!」


「一枚五千新円だからたいした金額じゃない。まあ全部のお饅頭の下に入ってるから二十万新円くらいにはなるんじゃないかな。コンビニでもデパートでもレストランでも系列店ならどこでも使えて少額なら使いやすい一枚づつ。高い買い物ならまとめてカードを御見せの人に渡せばいい。あと奥さんに問い合わせると主人は虫歯なのでその様なお菓子は貰っておりませんという返事が返ってくる」


「貰ってないなら仕方ないな」


「なおこれは被害者の身元確認の為の歯医者から取り寄せた歯の治療跡だ。先週虫歯の治療は終わっているな」


「菓子食えるじゃねーかよっ!!」


「何を言っているんだ。奥さんか受け取っていないと言ってる以上そんな事実はないぞ」


「その歯科医の診断書正確なのかよ?」


「失礼な。私が医師仲間の伝手(コネクション)を使って取り寄せたものだ」


「医師の伝手?」


「うむ。ちゃんと医師免許を持っているんだ私は」


 ジェイムズ氏が見せた医師免許。そこには。

 NARUMI ASAI

 と書かれている。


「女じゃねーかえよー!!!しかもアジア人じゃねーかーー!!」


 クースケはポニーテールの女性の顔写真の医師免許を床に叩きつけた。


「失礼な!列記とした医師免許じゃないかっ!!そうか。髪の毛が白髪じゃないから私ではないと判断したのだね。じゃあこれならどうだい?」


 ジェイムズ氏は改めて見せた医師免許。そこには。

 KUROWO HAZAMA

 と書かれている。


「思いっ切りアジア人の名前じゃねーかよ!!」


 クースケはまたもや医師免許を床に叩きつけた。


「ふむ。名前だけでアジア人だとわかってしまうとは。君はとてもアジア情勢に詳しいんだね。ではちゃんとアジア人ではない名前の医師免許を用意しよう」


 ジェイムズ氏はまたもや医師免許を見せた。

 AGNES TACHYON

 と書かれている。


「馬じゃねーかよっ!!。人ですらねぇーーーっ!!」


 クースケはアグネスタキオンと書かれた医師免許を床に叩きつけた。


「何を言うんだ。非常に医者らしい名前じゃないか。わかった。イギリス人の医師免許ならいいんだね。ちゃんと持っているよ」


 ジェイムズ氏はちゃんとイギリス人の医師免許を持っていた。

 FLORENCE NIGHTINGALE

 と書かれている。

 1820年5月2日生まれ。


「医者じゃねーだろっ!!こいつ!!そもそも1820年生まれで生きているわけが」

「清潔!」


 ジェイムズ氏は正拳突きを繰り出す。


「殺菌!」


 ジェイムズ氏は飛び蹴りをお見舞いする。


「消毒!」


 そしてベッドを持って来て殴った。


「我が英国の医学史に名を残す人物に対して何たる無礼!君にはレディスファーストの精神がないのかね?タイタニック号沈没の際に一人だけ生き延びた卑劣奸のネオジャパニーズがいるというが君はその末裔かもしれんなっ!!反省したまえっ!!」


「に、二百年前の人間が生きているわけ・・・」


「アメリカでは百年前に産れた人間が選挙に参加するのだっ!!二百年前の人間の医師免許があっても何ら問題はなかろうっ!!」


 そこまで言ってから少し考え。ジェイムズ氏は。


「生年月日の部分はちょっと変えておくか。大変に参考になったよ。どうもありがとう」


 と、ちょっとだけ反省してくれた。


「ど、どういたしまて」

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