第2話

 ネオオオミヤ駅には幼稚園の保母が車で迎えに来てくれていた。


「フランスから飛行機で大変だったでしょう?」


「ノンノン。ワタシフランス系アメリカ人ネ」


「あ。アメリカ人なんだ。ところで貴方そのTシャツなんだけど」


 フランス系アメリカ人は。

 髭面の白人男性の泣き顔が描かれ。『俺が悪いんだよ!!』と日本語で書かれたTシャツを着ていた。


「・・・私の予備があるから。幼稚園についたら着替えてもらえると嬉しいんだけど」


「ホワイ?」


 車は目的地の幼稚園まで直行する。保母は駐車場に免許証のIDをかざし、ゲートオープン。


「ワォ。ガードマンガイマセンネェ」


 片言のネオジャパン語でフランス系アメリカ人はそう言った。


「ここら辺は治安がいいのよ。それにほら。防犯カメラもあるし。そもそもIDないと入れない構造だから。何の心配もいらないわ」


 車を運転していた保母が言った。

 車を駐車場に停車。二人で園舎に向かう。

 沢山の子供達がいた。

 笑顔を浮かべるフランス系アメリカ人。ああ。今から私はこの子供たちの女神になるのだ。


「あー!がいじんだ!」

「ほんとだ!がいじんだ!」

「がいじんがいじん!!」

「がいじんががいじんのてーしゃつきてるーおもしろーい!!」


 ふふふ。さぁ女神を崇めろ。


「フランス人でアメリカ人のマリーアンズ・コルデーデス。ミナサン。誰か。フランスの有名な人。知ってマスカ?」


「じゃんぬだるくー!」


「まりーあんとわねっと!」


「なぽれおんー!!」


 おい。どいつもこいつも碌な死に方してねえぞ。もっと別の連中答えてくれよ。エッフェルとかサン・テグジュペリとかもっとマシな連中がいっぱいるだろうがよう。     

 私は長生きしたいんだよ。百年くらい生きてたいんだよ。筆頭にジャンヌダルク?ざっけんなこら。火あぶりで処刑なんてまっぴらごめんだね。マリーアントワネット?単なる生む機械だったじゃねぇかよ。やっぱり最後は処刑やんけ。ナポレオン?セントヘレナってどこかと思って調べてみたらヨーロッパじゃないよ。世界の果てじゃねぇかざっけななこら。


「はいはい。みんな手を洗って。お部屋に戻って。おやつの時間にするからね」

「はーい」


 保母は慣れた手つきで子供達をあしらっている。流石である。


「あ。そうだ。コルデー=サン。私の車に子供達に配る御菓子を積んであるの。貴方が配った方がいいと思うし。車のトランクから持って来て」


 保母は免許証を取り出し、指でなぞった。


「はい。これでドアロックは解除できるわよ。でも運転はできないからね」


「オーケー。荷物ヲ取るダケナノで問題アリマセーン」


 コルデーは保母の免許証を持って駐車場に向かった。

 駐車場のロックを解除。連動して『駐車場から道路に出るゲート』も解除。

 車のトランクを開けてお菓子の入った箱を取り出す。

 コルデーはお尻でトランクを閉めるとそのまま。

 駐車場と出口の鍵を開けたまま園舎に向かった。

 園児たちは既に教室に入ったようだ。さて。自分もお菓子を持って中に。

 背後に人の気配を感じる。まだ残っている園児がいたのか。

 振り向く。園児ではなかった。

 立っていたのは白人男性。


「アジア人、死ねっ!!」


 なんと恐ろしい事であろう!これはアジア人に対する暴力的犯罪!即ちヘイトクライムであるっ!!

 なお、ネオサイタマはアジア人にある。この白人はわざわざアジアにまでやって来てヘイトクライムをしに来たのである!!

 さらにコルデーはフランス系アメリカ人である!!アジア人ですらないのだっ!!

ではなぜこんな蛮行に及ぶのか?

 理由は単純。


「警察の取り調べにはムシャクシャしてやった。アジア人なら誰でもよかったとイイマース!!」


 この発言は嘘である。なぜならば彼らは女性。子供。そして老人しか襲わない。屈強な男性。警官や軍人は全くとして攻撃対象にはならないのである!!!即ち弱者にしか襲い掛からない卑劣奸なのである!!!

 さらにこの手の連中は世の中は間違っている。これは革命なのだと称して犯行に及ぶが、彼らが政治家や高級官僚。或いは起業家などを襲撃する事は極めて稀なのである!!不正を働く政治家に対し、正義の鉄槌を下せば英雄になれるというのにそういう事一切しない、それが彼らの本質なのだっ!!!

 男はコルデーに対して液体をかけた。自分の体液をかける。という、陰湿な嫌がらせではない。それの方がまだマシな状況であることを彼女は瞬時に理解した。


『バーベキューの炭に火が付かない?そういう時はこれを使えばいいのさ。HAHAHAHAHA!!』


 肥え太った彼女の父親が頻繁に使用する液体。それと同じ物であったので彼女はその液体がなんであるのか。瞬時に把握することができた。

 これは。

 ガソリンである。

 ゲームであればアイデアチェックにクリティカルで成功。と表現すべきであろう。

 だが彼女は残念な事に。

 そう。非常に残念な事に。

 日本語習得率が四十パーセントであったようだ。

 これではネットゲームをする分にはなんとかなるかもしれないが、日常会話にもやや差しさわりが出てしまうレベルであったのだろう。

 とっさに母国語が出た。

 園舎の。

 教室にいる。

 園児たちに。

 危険を知らせるために。


「フィジーダンジョンラスッッ!!!!!」


 母親の母国語。フランス語の方で。


「あ。フランス人のせんせいがなにかいってるー」

「そうそう。あの先生がお菓子を持って来てくれるよう、頼んであったのよー」

「わーい!お菓子お菓子ーーー!!」

「いまあけるねー」


 幼稚園児が耐火製のドアを勢いよく開けると、教室内に炎が吹き込んでいった。

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