第49話 キンバリー
エストラント王国の北側に広がる深い森。
ここは人類の力が届かずモンスターが
その先にどんな危険な事や罠があっても、お構いなく突っ込んでいく。
その罠で倒れてくれれば良いのだが、愚かさと体力を兼ね備えたヤツラに期待はできない。
そんなオークのこの地域最大勢力の群れ。そこの女族長のお腹には、次世代のリーダーが宿っていた。
亡き夫の忘れ形見にして、猛々しいあの人の血を受け継ぐ子。絶対に守ってみせると、その思いで近づく出産に臨むのだ。
やがて夜もふけて眠りにつくと、小さな淡い光がいくつも集まってきた。
オークの群れには似つかわしくない優しい心安らぐ光。お腹の子を祝福するため精霊たちが飛び回り、歌うように話し出す。
――間に合ってよかった。この子ね、特別な子にして運命の子――
――早く名前をつけたいわ――
――まだ言うておるのか、この子にもすでに決まった名前があるわい――
――だって1つ余っているの――
――その名をつけても、この子の力にはならないぞ――
――そう、この子自身がこの名の持ち主――
――自分の名前を忘れたら悲しいわ――
――それでは『キンバリー=王家の要塞』よ、その名と共に生きるが良い――
私の名前はキンバリー。オーク族長の3番目の娘として生まれた。
私は母から溺愛され、可愛いキンバリー、賢いキンバリーと言われ育てられた。
この名前というものは不思議だ。他のオークは名前を持っておらず、族長である母にさえもないのだ。
私は部族で唯一の名前持ち。そして、このキンバリーという名前が、私に力を与えてくれているように思える。
それは私が他のみんなと色々と違っているのだ。
例えば力では誰も私には敵わない。
幼少の頃より同年代の子供の中では常に1番で、狩りに出るころには大半の大人にも、力で負けることは無くなっていた。
ただ唯一、族長の母にだけは戦いを挑まない。
もし仮に勝ってしまえば族長交代がおこってしまう。
まだ子どもの私には皆を率いていく自信などないし、連中だって困惑するだろう。
それと他のオークより常に周りが見えているので、みんなをまとめるのが上手いと言われる。
だからその実力を買われ、遠征するときは必ず部隊を任される。
状況把握できれば次の1手を考えられるし、被害も最小限で食い止められる。
そして、嬉しいことに私は仲間から信頼され何かあればすぐ頼られる。
「キンバリー隊長、谷の向こうで、はぐれオーガがうろついてるそうです」
「ああ、任せておけ。みんなが安心できるよう必ず倒してくるわ」
日々戦いの中にいると、この力を発揮でき、部族のためにも役立てれる。
私としては何1つ不満のない日常を送っていた。
だがある日を境にすべてが変わってしまった。それは〝結婚〞だ。
そのころ同じ隊の副隊長で、少し年上の頼れる青年がいた。
いつも冷静でなんでも知っている、それとおまけにイケメンだ!
大きな鼻に鋭い牙、涼しげな流し目で、他のメスもキャーキャー言っている。
そんな彼と部隊で一緒に行動していると、私のことを意識しているのがわかった。
無論私も彼を想わない日はない。彼がプロポーズをしてくれれば受けるつもりでいた。
そしてその日、彼はプロポーズではなく私に戦いを挑んできたのだった。
「キンバリー隊長、いや、キンバリー。あんたに勝って俺の妻にする」
カッコいい! 嬉しいよ、いや嬉しいけどさー、なぜ戦うわけ? 普通でいいでしょ。
仮にも私は部隊を率いているわけだから、負けることが許されないのよ?
実力も圧倒的に差があるし、こんなの結果が見えている……。
「やはり君は強いな。残念だが、俺よりもっと相応しいオスがいるはずさ」
なぜあっさり引き下がるのよ、もっと粘ってよー!
思い描いていた、甘い新婚生活の夢はもろくも崩れ去ってしまった。
それからというもの、次から次へとオスが戦いを挑んできて私は片っ端から退けていった。
誰1人プロポーズなどしてくれない。花束を持ってこずに、棍棒を持ってくるなんて乙女を何だと思っているのよ! うわ~~~ん。
あの副隊長だって何よ! 次の日にはもう他のメスとくっついて、今も人前でイチャイチャしてるのよ。知らないわあんなオス。
「あんたも不器用ねー」
上の2人の姉が子供を抱えて笑ってくる。
「勝負なんてわざと負けてあげたらいいのに、意地張っちゃってさ」
うぐぐぐぐっ、そうは言っても私には立場があるのよ。
それまでの苦労と努力、みんなの期待を台無しにするなんてできないわ。
かといって私も高望みをしているのじゃないのよ。
私としては別に強いオスにこだわっていないし、私のことを大切にしてくれればそれでいいの……って。
姉さんたち、私の話を聞いていないじゃない!
「それでね聞いてよー、うちのダンナがさぁ……」
「あははは~、私のとこの亭主に比べたらまだマシよ」
『うちのダンナ』『私の亭主』ううっ、言ってみたい。
母もそんな私を不憫に思い、相手を紹介してくれるのだが、感心するくらい色んな断り文句を言ってくる。
「いえいえ、キンバリーさんをお嫁になんて滅相もない」
「俺とは格が違います」
「占いでこの方角が良くないと言われました」
「通りがかっただけです」
わーん! こんな根性なしのヤツらなんてこっちから願い下げよ!
もうこうなったら、強くて私の方から旦那様って言いたくなるオスとしか結婚をしないわ! 絶対しないったら、しないわよ!
「可哀想にいつも強いお前が泣くなんて……」
「その強さが問題なのよ。ううっ、母さんも族長になるくらいだから1番強いでしょ。どうやって父さんと結婚したの?」
不思議に思っていたのだ。何かコツさえあれば私だって簡単にいくかもしれないわ。
「強いといっても死んだ父さんの次だったし、それに族長は繰り上げてなっただけよ」
全然参考にならないわよ、わーん!
「今日のキンバリー隊長、えらく元気だな」
「あぁ、昨日21回目のお見合いダメだったらしいぞ」
「あ~、だから逆にテンション高いのか。
でもさぁ、あんなに美人なのになんでダメなんだろうね」
「明るくて頼りになって強いし、そして次期族長筆頭候補ってさ高嶺の花じゃん。
やっぱ並みのオスじゃ尻込みするぞ」
「うんうん、アタックしたのは副隊長とバカばっかりだったしな、結果見えてたもんなぁ」
「どうにかして幸せになって欲しいんだけどね」
それよりまた月日は流れる……。
「なあ隊長を見てみ、目がすわっているよな」
「ああ、冬の間戦いも少なかったし、ストレス溜まってるんじゃね。それとよぅ44回目も撃沈だってよ」
「うわ~! あそこの部族の勇者だろ? マジかよ、あれがダメだったら全滅じゃん」
「隊長いい人なのになぁ」
「おい、そこの2人」
「ひゃい、隊長すみません、ごめんなさい。俺らはただ心配していただけで……」
「何を言っている、緊急事態だ! 隊のメンバーを探して族長のところに集まれ。この集落の、いや、オーク族存続の危機だ」
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