第2話 何処でもない場所

 人はあまりにも突然の出来事には、上手く対応できない。


「うっ、うわっ!」


 僕も、今まさにそうなんだ。


 宙に放り出された感覚を感じた次の瞬間、落下して背中を強く打ちつけた。

 肺の中の空気が無理矢理出ていく。


(苦しい、息が吐けない? す、吸えないんだ!)


 訳がわからず、もがき苦しんでいるうちに、やっと小刻みに吸うことができた。


「アッ……アッ……あっ………はぁっ………はぁっ」


 すごく苦しかったし、体中あつい。


「はぁぅ~、なんで、こんな事に……それに、ここはどこ?」


 さっきまで中学校の周りの道路を走っていたはずなのに、映る景色が全然違うよ?

 まっすぐ伸びた道の両脇は草むらだし、その奥は小高い森が広がっている。


 校庭のフェンスや周りの民家はおろか、一緒に走っていた部活のメンバーすら1人もいない。


 いやいや、いくら僕の地元が田舎だと言っても、

 こんな何もない所なんて近所にないよ。


 それよりさっき、いきなり広がった暗闇はいったい何だったんだろう?


 気がついたらいきなりこんな草っ原で、あのあと一体何が起こったのかも覚えてない。

 分かってる事は体に異常ないってことだけだ。


 う~ん、いくら考えてみても全ての事が繋がらないし、上手く考えがまとまらないや。


 服は体操着のままで、それ以外のことは《 なぜ 》の文字しか浮かんでこない。


 あまりのことで混乱して長い間座り込んでいたのだろう。

 遠くに見えていたはずの人影がもうそこまで来ている。


 そうだ、あの人に道を聞こう。どっちにしても状況を確かめないと。うんうん、そうしよう!


 そう思い立ち上がろうとしたのだけど……。


(ゲッ……外人さんじゃん……言葉通じるかな……)


 再び固まってしまった。


 この状況で外人さんはハードルが高すぎるよ!

 全くと言っていいほど何も浮かんでこない。


 アタフタしているそんな僕を見て気を遣ってくれたのか、外人さんは笑顔で近づいてくる。


 なんだか親切そうな人? あ~よかったよ~。

 ……ん? 笑顔というより、なんかニヤニヤしてるかな。


「こ、こ、こんな所で座って1人で何してるんだ?

 け、怪我でもしたのかよ? へへっへへっ」


 言葉は通じるじゃん。


 ちょっと変な感じの人だけど、声をかけてくれたんだから、ありがたく思わないと。


「あ……えっと……道に……迷って……」


「一本道なのに迷ったのか? そっか、そっか、お、お、俺が助けてやるよ。へへっ」


「あ、ありがとうございます」


 そう言うと、そのおじさんは肩に手を置いてきた。

 イタッ! 掴む手に力入りすぎですって。


 ん? ちょっ……何? ……近い! 近いんですけどーーーーー!


 おじさん息も荒くなっているし、もしかして、キスしようとしてないか?

 それとなんでハーフパンツに手をかけてるの?


 コレ、ダメなヤツだ、逃げなきゃヤバい!


 でも突然の事で逃げようにも、上から押さえつけられ、手足に力が思うように入らない。


 こ、怖い……誰か助けて……こんなの嫌だよ! 逃げたくても動けないし……声も出ない……。


 おじさんの息は荒く、手で防いでも防いでも割って入ってくる。


「く、くそっ、ガキが、大人しくしろ!」


 なんでこんな事を……やめてよ! こわい……怖いよ。誰か助けて……。


「お~い、そこの~~。私の連れがどうかしたか~~~?」


 突然の声に、慌てておじさんが振り返る。


 見ると馬車に乗った少し背の低い黒衣の男が手を振りながら、馬車を降りて近づいてきた。

 この人もおじさんの仲間なの? ど、どうしよう!


「先に行かせたらこんな所で道草をしおって、ほれ、こっち来い」


 黒衣の男は僕をまっすぐ見て、腕を掴みグイっと引き寄せ、背中の方まで引っ張った。

 何この展開? どうしたらいいんだろう。


「この子が失礼しました。

 私はこの先にある街の神父でして、あなたはどうやら旅の方のようですね。

 もし初めての街なら不案内でしょうし、一緒にいかがですか?」


 黒い服は修道士の格好になるのだろうか。

 神父さんはおじさんに笑顔で話しかけている。


「いや、……いい、いいや、そ……そうだ急いでいるし……ここでいいよ」


 振り返りもせずに、おじさんは走って逃げていった。


「何かあったら、教会にお越しくださーい」


 ぼ、僕は助かったの?


「ふぅ~、緊張した。……さてと……君はどうする?

 こんなところでまた1人じゃ、危ないだろうし家に送るにしろ、まずは一緒に街まで行かないか?」


 この人は信用できるだろうか?

 いや、これを逃がしたら次はない。ここにいてはダメだ。


 礼だけを言って、荷台に乗せてもらい街へと連れて行ってもらう事にした。


 馬車に揺れながら、さっきのことを思い出す。ショックだ。


 変質者には気をつけなさいと言われていたけど、まさか自分がこんな目に会うとは思ってもいなかった。


 あぁ今頃、震えてきたよ。


「うっ、うぇっ……ぇっえっ」


 涙が溢れ出して止まらない。怖かった、こわかったよ。


 時々振り返る神父さんと目が合うけど、僕はさっきの事が恥ずかしく目を伏せてしまう。





 しばらくして辿り着いたその街は、なんというか今まで見たことのない形をしていた。


 まず草原の中にあって、しかもすごく高い塀に囲まれている。


 田舎の御屋敷を囲むのは見たことはあるけど、街全体って途方もないスケールだよ。


 しかも、門番さんまでいて皆をチェックしているし、中に入るとさらに圧巻だった。


 白を基調とした統一感のある家々。まるで地中海の街並みだ。

 背の低い木や草花が所々植えられて、さらに美しさを引き立てている。


 ため息がでる光景とはこのことを言うのだろう。


 でも僕は気付いてしまった。

 日本にはこんな街はない。外国にまで拉致されてしまったとしか思えないよ。


 どうしよう……不安が大きくなってきた。ちゃんと僕は家に帰れるのかな?


 馬車が街の中程まで進むと、静かに止まった。


「さっ、着いたよ。ここがサン·プルルス教会兼孤児院だ」


 教会はがっしりとした石造りで、不思議と温かみを感じさせる。

 そしてすぐ脇にある宿舎と教えられた方へ通された。


「お湯でいいかい? 温かい飲み物は、心穏やかにして落ち着かせてくれるからね。

 ほら、そこに座って~」


 僕は受け取ったコップを両手で包み、恐る恐る椅子に座った。


「私はガーラルと言ってね、ここで院長をしてるんだよ。

 さっきは大変だったけど、ここは危険もないし、安心していいよ。

 ……それと、もし話せるようならでいいのだが、君の名前と送り先を教えてくれるかな?」


「あっ、先ほどはありがとうございました。

 ユウマ·ハットリと言います。

 お、送って頂くのも悪いので、よかったらスマホか電話を貸していただけますか?

 親と連絡を取って、迎えに来て貰います」


 ガーラル院長の優しさに触れてか、やっと物事が考えて言えるようになった。

 そうだよ、落ち着けばなんとかなるさ。


「ん? なんだって、スマホってそれは何?」


 あれ? おかしい。いくら説明しても通じない。


 スマホがわからないってそんなに年寄りでもないのになぁ……田舎すぎるってことでもなさそう。


 というのも日本という言葉にも、同じ反応だったんだ。


「すまないが、君の言うニホンというところが私には分からないのだ。

 ……そうだ、さっきの輩の件もあるし、兵士詰所まで行ってみないかい?

 そこの人なら他の地域のことも知ってる人が多いし、一緒に相談にのってもらえるよ」


 その詰所の兵隊さんも、親切で良い人ばかりだった。ただ……。


「ガーラル院長、協力ありがとうございます。

 その者と思われる人物は、当番にも心当たりがあるそうなので、

 探してキッチリとシメておきます。

 あっ、君も安心してくれればいいからね。

 私たちはそんな者を絶対に許しておかないからね」


「……それから……ガーラル院長から聞かれたニホンについてなんだが、

 あいにくとどうも分かる者がいないみたいなんだ。

 すまないがもう少し詳しくか、他の情報を何か教えてくれないかな」


「嘘でしょ? 日本ですよ、日本。

 イヤ……そうだ大使館はありますか?

 他の国のでもいいです。そこで聞けばわかると思うし」


 これもダメだった。話すこと全てが通じない。


 外交員を駐在させる場所?

 遠くの人と連絡をする小箱の機械?

 日本? アメリカ? ヨーロッパ?


 なにそれ? って聞くことじゃないでしょう。

 誰でも知っている事を……こんなのあまりにも辻褄が合わない、おかしすぎるよ!


「……ふざけないで……下さい…………」


「 ん? 」


「悪ふざけするのもいい加減にして下さい!

 僕はただでさえこんな知らない所へ連れて来られて困っているのに、

 スマホ、パソコンがわかんないって嘘でしょ?

 日本て名前ぐらい世界中、誰でもみんな聞いたことありますよ。

 それをなんだよ、なんだよ……みんなで……。

 !! って言うか日本語話していて、日本がわかんないってどういうこと?

 バカにしないでよー。

 こんなひどい場所もういたくないよ!」


 自分の声に耳がつんざく。


 詰所を飛び出し、大きな通りに出た。


「誰か、 誰か助けて下さい!

 日本を知っている人いませんか?

 助けて下さーい! 誰かーーー!

 家に帰りたいんです。お願いです誰かーーー!」


 僕はあらん限りの声を張り上げ周りの人に助けを求めた。

 悔しくて怖くて頼る人もいないのに、それでもなお助けを求めてしまう。


 行き交う人々は何事が起こったかと僕の方を伺っている。


 僕はその時になって、やっと目の前のことに気がついた。


 通りには自動車は1台もおらず、代わりに馬車が走っている。


 そしてその馬車を引っ張っているのは、6本足の黒い馬や恐竜のような鱗姿の獣。


 とても信じられない光景だったんだ。


 それに行き交う人達も普通じゃない。


 言うなればまさしく獣人としか思えない人達だったり、

 エルフといったファンタジーの住人たちが歩いているんだ。


 そっか、初めからずっとあった違和感は、これだったんだ。


 あぁ…………ここが日本であるはずがないよ。


  ……………どことも違う場所なんだ。


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