第3話 ハロー異世界生活

 あの後、僕は行き交う人々の姿に驚きそのまま座り込んでしまっていた。


「そんな、エルフや獣人だなんてありえない……もしかしてここは異世界……なの?」


 追いかけて来たガーラル院長は僕が他種族を初めて見たと悟ってくれたのか、改めて自己紹介をしてくれた。


「私はドワーフ族のガーラルだ。

 ヒューム族である友人のユウマ·ハットリよ。安心しなさい、私たちは同じ人類だ」


 不思議と優しく響く言葉。


 この人ドワーフだったんだ。

 どうりで背が低いしヒゲも立派だなと思っていたんだ。


 ドワーフのイメージは頑固者だけど、この人は全然違う。

 優しさの塊のような人だ。


 こうして〝身寄りのない〞僕はガーラル院長の孤児院で厄介になることとなった。





 理不尽な事が起こっているけれど、泣き言なんて言ってられない。


 この世界の光景を目の当たりにして、日本じゃないどころか、

 元にいた世界ですらないのだから。


 それに僕は決して納得して諦めたわけじゃないよ。


 こちらへ来たからには逆に帰る方法はあるはずだし、それを見つければいいだけさ。


 ただ、1つ気がかりのことがある。


 それはパパやママそれにお姉ちゃんの事だ。


 突然いなくなって、僕のこと心配しているに違いない。

 そう考えると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 でも、今の僕にはどうすることもできないのはわかっている。


 14歳になったばかりで、家もお金もない。

 服だって体操着とハーフパンツにランニングシューズ。

 こんなんじゃどこにも行けやしない。


 だから、帰る方法を見つけるためにもここの人達と仲良くなって、

 色々と学ばなくちゃいけないと思うんだ。


 昨日感じただけでも僕の常識とのズレがたくさんある。

 周りの人から見ると僕はすごく浮いた存在だってわかる。


 そんなことを考えていると鐘が鳴った。


 昨日教えてもらった朝食を知らせる合図じゃん。

 急いでトイレに行って支度をしなくちゃ。


 トイレに駆け込むと獣人の男の子と、ぶつかりそうになった。

 出会いがしらで向こうもビックリしていたけどゴメンね。


 僕も急いでいるし軽く挨拶だけをして用を足した。


 スッキリして手を洗い身支度を整えようと鏡を見ると、

 そこには僕の顔ではなくカワイイ女の子の姿が映っている。


 うしろを振り返っても誰もいない……。


「 えーーーーーーーー!」


 違うよ、これ僕の顔じゃない。


 でも、やっぱり映ているのは僕自身なのに顔は美少女。

 なんで? どうした? 異世界ってこういうものなの?


 昨日までの僕は普通で平凡な感じだったけど、THE·男の子って顔だったよ。

 それは間違いないのに、何がどうなっているの? 


 こんなカワイイ女の子に…………。


 あれ? 体はどうなってる?


 もしかして、 イヤ、待てよ。さっきちゃんとトイレもできたから大丈夫か。


 ふー、よかったー。


 落ち着いてきて、マジマジと鏡を見れるようになった。

 大きな瞳に少し垂れた眉毛、サラサラヘアも、いいね! マジかわいい。


 これってもしかして【男の娘】? ……になるのかな。


 本当にこれ僕の体だよね?


 う~ん、だんだん分からなくなってきたよ。僕であって僕じゃない?

 考えれば考えるほど…………。


「ユウマちゃ~ん、いる?」


 あ、やばっ、朝食の時間だった急がなきゃ。


「すみません、すぐ行きまーす」


 食堂兼談話室にはもうすでにみんな揃っていて、僕のことを待っていてくれたみたい。


「遅くなってごめんなさい」


「ああ、大丈夫だよ、さぁ空いてるところに座って」


 席に着くとテーブルの真ん中には山盛りに積んであるパンと、それぞれにスープが用意されていた。


「パンはいくら食べてもいいんだよ」


 横の席の子が教えてくれ、僕は慣れない硬さに苦労しながらも2つ平らげた。


 スープはこってりしていて、クセになる美味しさで腹持ちがよさそう。


 思っていたよりちゃんとした食事でよかったよ。


 みんなも食事が終わったようなので、ガーラル院長の席に話をしに行った。


「お、おはようございます。ガーラル院長」


「おはよう、ユウマ。昨日は眠れましたか?」


「はい、なんとか気持ちの整理がつきました。

 そこで、お聞きしたいことがあります」


 やっぱり大人の人との話しって緊張する~。


「なんでも、どうぞ」


「ぼ、僕みたいにどこか知らないところから、

 いきなり現れた人物って他にもいたりしますか?」


 真剣な面持ちで、ガーラル院長は静かに話し出した。


「あのあと君の事を考えていたら、ふと前王国の開祖·女王サクラを思い出したよ」


「…………」


「彼女の出生には謎が多くてね。

 諸説の中には違う世界からやってきたと言われているのもあるのだよ。

 実際彼女の功績には奴隷開放などのそれまでになかった考え方があって、

 あながち嘘とも言い切れないんだ」


 やった! いきなり当たりを引いた感。

 帰り方がわかるかもしれない。


「うーむ、彼女は女王として、60年の長き統治したとしたとされているから、

 それを見つけたかどうかは、なんとも言えないな」


 望みは薄いかな。でも彼女のことを調べたら、何かヒントになるかもしれない。


「そうだね。ただ前王国のことだから、

 ちゃんとした資料となると、王都の図書館にしかないだろう。

 あそこに入るのもいろいろと条件がいるからね」


「そうですか、色々教えて頂きありがとうございます。

 これで何をすればいいのか、わかってきました。

 僕、まずはここで頑張ってみたいと思います」


「君は強い子だね。うん、きっとうまくいくよ。

 そうだ色々と分からないだろうから、2〜3日案内できる子をつけてあげよう。

 ハンナー、ちょっとこっちへ来なさい」


 やって行ってきたのはスラリとしたエルフの女の子。同い年位かな。

 落ち着いていて優しそうな瞳だ。


 でも案内役が女の子ってことは、やはり勘違いをしているよね。

 早めに誤解を解かないといけないか。


「あの~、もし誤解されていたらいけないので、改めて言いますね。

 僕……男なんです! 」


「 ブーーーーーーーーッ!!」


 飲み物を盛大に吹き出してくれた。やっぱりね。


 それを聞いていた他の子たちも大騒ぎ。


 特に女の子、多分だけど軽いライバル心を持っていたのかもしれない。

 でも男の子と分かれば興味に早変わり、アッという間に囲まれた。


「キャーすごーい、その顔で本当に男の子?

 カワイイー、ね、ね、名前は?」


「ユ、ユウマ·ハットリです」


「すごい、名字があるなんてどっかの王子様なの?」


「そんな……ち、違うよ、ただの人だよ」


 わわわっ! こんなに注目されるなんて、初めてだよ、ど、どうしよう。

 でも王子様だなんて恥ずかしいよ。


 歓迎されないよりはマシだけど、これは落ち着くのを待つしかないのかなぁ。


 ふと見るとハンナって子も驚いた顔をしているけど、

 この騒動を心配そうに見てくれている。

 うん、やっぱり優しい子なんだ。


 充分いじられ解放された後、さっきぶつかりそうになった獣人の男の子を見つけた。


 そうだ、声をかけなきゃ。


「あのー、さっきは驚かせてゴメンね、漏れそうで急いでいたから」


「ああ、それはいいぜ。でも本当かよ?

 ヘタをしたらここの女子よりカワイイかもな。ハハハハハッ」


 あ……女の子の視線が怖い。


「ユウマだっけ? 俺はベルトラン、よろしくな。

 見ての通り獅子人族だ。

 分からないことがあったらなんでも聞いてくれ。

 みんなを守ることが俺の役目だからよ」


 うわー、キラキラしていて物語の主人公みたいな子だ。

 勢いもあって、なんかいいヤツっぽい。


 そうやって、ひとしきり騒いでいたが、そればかりではいられない。

 毎日やることがいっぱいあるそうだ。


 今日は孤児院のやり方に慣れるため、一通り教えてもらうことになった。

 付いてくれるのはさっきのベルトランだ。


 ここでの生活は、まず朝食の準備から始まって、

 みんなで食べたあとは各自に割り当てられた仕事をこなす。


「じゃあ今日は、どこでどんな仕事をしているかだけ、周りながら話すな。

 まずは畑から行こうか。

 こっちのすぐ裏手にあるんだ」


 そこにはもう2人の女の子が働いていて、こちらに気づき挨拶をしてくれた。

 ちゃんと返さなきゃ。


「あ、おはようございます」


「キャーーーッ!」


 普通にしゃべっただけなのにすごい歓声。なにこの感覚、メチャクチャ嬉しい


「ハハハハッ、人気者だな、ユウマ」


「いや、ただ珍しいだけだよ」


 改めて言われると顔が赤くなっちゃうよ。調子に乗らないようしなくちゃ。


「朝の仕事のあとは勉強だから、みんな朝は手早く済ませているんだ。

 畑だったら水やりや収穫とかだな」


 桶で水を運んでいるのか、すごく大変そう。


「次は隣の家畜小屋な。よっ、エイブラハム邪魔するよ」


 10歳ぐらいの男の子が動物の世話をしている。


「ここでは餌やり・寝床の掃除・乳搾りと結構仕事があるんだ。

 でも、ここはほぼエイブラハム専用の仕事場だな。

 なんせこの子が世話をすると、乳の出が良くなったり、卵もたくさん産んでくれるんだ。

 すごいんだぞ、なぁエイブラハム」


 うつむきながら恥ずかしそうに頷いている。


「エイブラハム君って、すごいんだねぇ」


 そう声をかけるとさらに恥ずかしそうにして動物の世話をし出した。

 動物を見ている目は優しく、本当にこの仕事が好きみたいだ。


 その他にも、掃除・洗濯・薪割り・水くみと色々あって、

 家畜小屋以外は持ち回りでしており、全員わからない仕事はないそうだ。


「そうしておけば、誰かが抜けたとしても困らないだろ」


 そっか、いずれはみんなここを出て行く。

 それと働くことは、社会に出る準備でもあると言われた。


 一通り説明を受けたあたりで、みんな食堂に集まっていく。

 そこが教室になるみたい。




「ねぇねぇ、あの新入りの子可愛かったね。

 ハンナもそう思うでしょ?」


「そうね、でもあの子も不安だろうし、あまり騒いであげないほうがいいじゃないかな」


「何言ってんの。構ってもらった方がアレコレ考える時間がなくなっていいのよ」


「そうそう、あのほっぺムニムニしたら気持ちよさそうだしさ」


「もう2人共、あ、あの子が来たよ! ほら」



 僕らがいちばん最後だった。


 しばらくして授業が始まる。するとみんなの態度が一変した。


 見ていると学問に対するみんなのモチベーションが高いのだ。


 それは親もいなくてお金もない子供が、もし何もしなかったら手詰まりの人生が待っている。


 せっかく学べる場所があるのだから、全てを身につけようとみんな必死なんだ。


 そんな姿を自分と照らし合わせてみて、大きな違いを感じた。


 僕だけじゃなくて、あの日本に勉強が好きって子供はいないと思う。


 だけど僕はその日本に今はいないし、彼らと同じ条件なのだ。

 僕も彼らを見習って頑張ろう。


 そして早くこの世界の知識を身につけて、必ず日本へ帰るんだ。


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