にぼしのおひめさま
水原麻以
にぼしのおひめさま
にぼしのおひめさま
むかしむかし、ある国にたいそう料理好きなお姫様がおりました。その名をチョイス姫と申します。
もちろん、本名ではありません。王族ほどの位の高い身分になりますと、しもじもの者は気軽に名前を口にすることすら無礼に当たるのです。
それで、普通なら「お姫様」とか「殿下」とか指示代名詞で呼ぶのがならわしです。しかし、その国に王族は一万人もいたのです。
そこでしかたなく人々は、本人のいない場所では何々のお姫様と形容するしかなかったのです。
さて、チョイス姫がなぜ陰でそう呼ばれるようになったかというと、 煮干チョイスという食べ物に非常なこだわりをもっていたからです。
チョイスとは川魚を乾燥させたもので、煮ると美味しい出汁が取れます。庶民の間では高価な香辛料や塩のかわりに、豊富に取れるチョイスが普及しておりました。
ある日、お忍びで城を出たお姫様は城下町でチョイス料理に出会い、ドはまりしてしまいました。
帰るやいなや、料理人を呼びつけ、チョイス料理を作るように命じました。
すると、彼は顔をしかめるではありませんか。
「お言葉ですが殿下、そのような卑しい食べ物はお口になさるものでありません」
「そなたの腕では出来ぬと申すか。もうよい。死ね」
逆上したお姫様はその場で料理長の首を刎ねさせました。
そして、じきじきに包丁を握ると言い出したのです。そのような労働は侍従など下層階級の仕事でしたが、姫は言い出したら聞きません。
王様もほとほと手を焼いていたのですが、料理を作りたいという姫の熱意に負けてしまいました。
おてんばで、きかんぼうで、飽きっぽい姫がはじめて一つの事にこだわりを持ち出したのです。
それが姫の成長につながるならば、と王様はチョイスを高級品に指定し、庶民から取り上げてしまいました。
さて、厨房に立ったチョイス姫ですが、ジャガイモの皮すら剥いたことのない世間知らずに調理できるはずがありません。
しかし、エラソーなことを言って料理長の首を刎ねたてまえ、投げ出すわけにもいきません。
苦心さんたんしたあげく、ようやく「料理……かもしれない」の語尾に疑問符がつくようなしろものが出来上がりました。
姫は一流シェフたちの意見や助言をすべて跳ねつけ、独学でどうにか一般家庭の主婦に毛が生えた程度のスキルを会得しました。
「どうじゃ、わらわの料理は?」
チョイス姫は自信満々で部下たちに鍋をふるまいました。とても口に出来ない、というほどの味ではなかったのですが、彼らはしかたなく小並感な感想を述べました。
しばらくは、周囲の棒読み台詞に讃えられていた姫ですが、もちまえの自意識過剰がムクムクと頭をもたげてきました。
「そうじゃ! 庶民にわらわの腕前を披露しようぞ」
とうとう姫様は城下町の一等地に自前のレストランを構えました。
王政下の畏怖と無言の圧力に支えられて店は赤字を出さない程度に流行りました。
「どうして満席にならんのじゃ?!」
客足が伸び悩む原因を姫は考えあぐねていました。「一から十までわらわに任せよ」と大言壮語した手前、責任転嫁するわけにもいきません、
姫の店には数えるほどですが、固定ファンがついておりました。
「何が問題なのじゃ?」
チョイス姫は常連客を問いただしますが、建前論しか返ってきません。
ある日、姫は周囲のライバル店を食べ歩いて、それらを出し抜く名案がひらめきました。
「これじゃ! アツアツの料理と冷たい飲み物をかわるがわる口にする。これほど理にかなわぬことは無いのじゃ」
そういって、火傷するほどプリっぷりに煮えたチョイスを、キンキンに冷えたスープに浸しました。
「どうじゃ。画期的であろう?」
ドヤ顔の姫に「「「えーーーー」」」という反応が返ってきました。
逆ギレした姫はテーブルをちゃぶ台返して、ついでに店を畳んでしまいました。
それから姫の姿がぱったりとみかけなくなりました。国民の間では究極の食材を求めて旅立ったとか、料理の武者修行をづつけているとか、色々と噂がたちました。
さすがに、婚約者と同棲しているとか、身分違いの愛人と逐電したという説は誰一人となえませんでした。
一週間後、目抜き通りにひょっこりと王立の居酒屋が建ちました。
チョイス姫は大々的なおふれをだしました。
それからひと月も経たぬうちに店はリニューアルオープンし、王国の通りには今も定期的に槌音つちおとが響いているということです。
こんにち、王国ではチョイス姫という単語が一定の効力を有しているそうです。
親が集中力のない子供に「ほらほら。お前もチョイス姫になっちゃうよー」と脅すと、「やーだー」と涙目になるということです。
にぼしのおひめさま 水原麻以 @maimizuhara
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