VOL.8

『私・・・・どうすればいいんでしょう?』

 セーラー服姿の女子中学生が、不安そうな眼差しをこっちに向けた。

 そうだ、彼女の事を忘れて居た。

 俺は霊子と顔を見合わせ、

『君、死神の姿が見えるのかね?』と聞いてみる。

 彼女は頷き、

”死にたいと本気で考えたら、姿が見え、声が聞こえた”と答えた。

『死神って、そういう存在なんです』

 霊子が俺の耳に囁く。

『なるほど、しかしな。俺は君にどうすればいいかなんてアドバイスは出来ん。冷酷な言い方に聞こえるかもしれんが、死にたければ死ね。死にたくないと思うなら止めておけばいい。』

 俺はそう答えると、コートのポケットからシガレットケースを出し、シナモンスティックをつまんで口に咥え、また彼女を見た。

『あとは君が決めることだ。君は”魂のノルマ”は達成したかもしれんが、もう少しグレードを上げて、閻魔大王とやらに報告をしたいんだろう。ならば彼女の魂を持ち帰りたいんじゃないのかね?』

 俺はスティックを齧り終え、もう一本を口に咥えながら、霊子に訊ねてみた。

 霊子は顔を傾け、1分ほど考え込んでいたが、

『分かりました』

 と答え、右手の人差し指で、空中に輪を描いた。

 すると、俺がかけていたあの太い黒縁の”見るからにダサい眼鏡”が、いつの間にか消え去り、同時に彼女の姿が見えなくなった。

”もう、いいです。これ以上階級があがらなくても、また出直しますから”

 声だけが風に乗って、俺の耳に聞こえて来た。

 と、俺の脛に何かが当たった。

 見ると、そこには銀行のロゴが入った封筒が、ズボンの裾に張り付いて風に揺れている。

 手に取って中を改めてみると、一万円札で、きっちり40万円が入っていた。

”約束のお金よりは少ないかもしれませんが、今の私にはこれが精いっぱいなんです。”

 済まなそうな響きの声が、また俺の耳に届く。

 俺は札を勘定し、

『結構。これで充分だ。領収書を書こうか』と言う。

 しかし、それには答えはなかった。


『さて、帰るか』俺は封筒を懐にしまい、立ち去ろうとするが、例の女子中学生は、その場にしゃがみ込んで顔を覆い、すすり泣いている。


 このまま立ち去ってもよかったんだがな。

 それが出来ないのが、俺の甘っちょろいところだ。

『何ならそこまで送ろう。』俺が言うと、彼女はハンカチで涙を拭い、やっと立ち上がった。


 俺達はビルを出ると、そのまま最寄りのJR駅に向かって歩く。

『家まで一人で帰れるか?』

 俺の念押しに、彼女は黙ってうなずき、やけに大袈裟な仕草で俺に頭を下げると、そのまま去っていった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 これでこの事件は全部片付いた。

 当り前だが、警察への届け出はしていない。

 そりゃそうだろう。

”依頼主、死神霊子、女子中学生A美を自殺させようとした、死神幽霊男を射殺”なんて報告書を出したら、頭が変になったと疑われかねない。

 え?

”あの紙幣は本物だったのか”だって?

 当り前だろう。

 混じりけのない、正真正銘の本物さ。

 さあ、これでまたしばらくは呑んだくれることが出来る。


                              終わり

*)この物語はフィクションであり、登場人物その他については、全て作者の創造の産物であります。

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死神と探偵(オレ) 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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