VOL.6

随分広い屋上である。

しかし、もうかなり長い間、人が踏み込んだ形跡がないのは、コンクリートの隙間から、ところどころ雑草が生えていることからでも判断が出来る。

屋上だから、いくつか物干しが設けられており、それも錆び付いていた。

人影はその中にいた。

一人は女の子、中学三年生か、若しくは高校一年生。まずそんなところだろう。

 紺色に白いリボンを掛けた。昔ながらのセーラー服を着ていた。

 その子は色白で、一見可憐な少女にみえた。だがよくよく眺めれば、痩せていて目が落ちくぼみ、どこかしら生気を失くしたような顔をしている。

 俺は目を凝らし、彼女の脳天に目を移す。

 オタマジャクシみたいな恰好をした、彼女の魂が見えたが、それは幾分すすけてはいるものの、まだピンク色を保っていた。

 そして、もう一人の人物・・・・背が高く、ささくれたような長髪を肩まで伸ばし、青白い肌に目尻の吊り上がった、如何にも残忍な顔付の男・・・・着ているのは黒く、ところどころ鋲のついた革ジャンに革のパンツ。

 そしてインナーは先鋭的なメッセージを書き殴ったTシャツ・・・・70年代末頃のロンドンにたむろしていたパンクロッカーみたいな男だった。

『死神1313号・・・・幽霊男ゆれおさん・・・・いえ、先輩』

 霊子は男の姿を、何か嫌なものでも見るような目つきで言った。

『霊ちゃん、あんたこいつを知っているのかね?』

 俺の言葉に、奴は唇を歪め、

『人間の癖に俺の姿が見えるとは・・・・さてはだな?』

 あざけるような調子でそう言い、右手の指で空中に円を描く。

 すると、革ジャンパーの内ポケットから、蓋の上にドクロと骨のぶっちがいの毒々しい浮彫が施してあるシガレットケースが、糸か何かに操られるように舞いながら出て来ると、奴の目の前で蓋が開き、真っ黒でが一本出て来て、やはりそれが宙を漂い、奴の口の前までくると、唇を突き出して器用に咥える。

 

 すると奴は右手を垂直に立て、人差し指を煙草の先に持ってゆく。

 爪の先から青白い炎が真っすぐに出て、煙草に着火し、奴は旨そうに煙を吐き出した。


『霊子、人間なんかに手助けを頼むなんて、死神としては失格だぜ』

 幽霊男は、煙と共にまた皮肉な言葉を吐き出した。

『・・・・彼、私の元彼なんです』

 霊子が小さな声で俺に囁くように言って、俺の手の中に何かを握らせた。


『死神にも恋人関係があったとは知らなかったな・・・・ま、それはともかく、手助けなんかじゃない。雇われたのさ。仕事だよ』

 俺はそう言って、懐から認可証ライセンスとバッジのホルダーを出して、奴に突き付けた。

『なんだ。探偵か・・・・でも、邪魔はさせんぜ』

 幽霊男は煙草の煙を吐き出しながらせせら笑い、傍らのセーラー服の少女を見た。

『あんた、自殺志願者かね?』

 俺の言葉に、少女は黙って頷く。

 何でも彼女は都内の私立中学校の三年生。学校で酷いいじめに遭い、挙句はやってもいない万引きの濡れ衣を着せられ、もう生きているのが嫌になっている時に、

幽霊男ゆれおに声を掛けられ、気が付いたらここまで来ていたのだという。

『へぇ・・・・なるほど・・・・まあ、俺にはあまり関係はないが・・・・しかし死神は人を殺してはいけないんじゃなかったかな?』

 そう言って俺が霊子を見ると、彼は目を大きく開けて頷いた。

『そうよ。貴方そんなことを閻魔大王に報告されたら!』

『俺はただ声を掛けただけだぜ。それにノルマが達成出来ないで、また150年も再修行させられるよりはましさ。何しろA級から落ちるか落ちないかの瀬戸際なんだからな』

 奴は煙草を喫い終わり、コンクリートの上に落とすと、ブーツの先で踏んづけた。

『さあ、もうさっさと済まそうぜ。俺は彼女の魂をあの世に連れて行かなきゃならないんでね。これ以上無駄なおしゃべりをしてる暇はねぇんだ』

 長い手を伸ばし、幽霊男は少女の手を掴む。

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