VOL.5

 俺は病院の前の車寄せに、所在なげに停まっていたタクシーに乗り込み、(ジョージを頼もうかと思ったが、思いがけぬ”仕事”とやらで北陸に出張中だそうだ)

『T団地まで』と告げた。

『お客さん、T団地なんて何しに行くんです?あそこは今住人は殆ど住んじゃいませんよ』

 頭の禿げた実直そうな中年の運転手が、妙な顔をしてルームミラー越しに俺の方を見ながら、妙な顔をする。

『いいからやってくれ。なに、ちょっとした幽霊探索をしなけりゃならないんでね』

 俺はそう言って、隣に座っている霊子にウィンクした。

 彼にはさぞかし妙な光景に映っただろう。俺以外の人間には、彼女は見えないんだからな。

(おっさん、俺のことを噂話にするんだろうな)

 内心、少しおかしくなった。


 凡そ半時間ほどで、俺たち二人はT団地についた。

 時刻は午後2時を回ったばかりだというのに、人気らしい人気が殆どない。

 団地の正面には頑丈なゲートがあり、太い鎖と馬鹿でかい南京錠が掛けられ、その上赤い字で『無断立ち入りを禁止します。居住者の方は裏口よりお入り下さい』そう書かれたプレートが鎖に取りつけられ、風に揺れていた。

『今度はここかね?』

 俺が訊ねると、彼女は黙って頷いた。

 T団地はまだ人が大勢住んでいた頃から、

”自殺の名所”という有難くない名前を頂戴しており、たった一か月で10人ほどの自殺者が出るほどで知られていた。

 そういう名前が付いたためと、団地の建物自体が古びてしまったために、入居者が少しづつ減って行き、今の状態になった訳だ。

 何でも現在では全体の二割弱も入居者がいない有様で、今年に入ってから、建物の一部が取り壊しになるとかならないとか言われているらしい。

 霊子は、看板の文字など完全に無視だ。

 手を伸ばしてゲートの鉄柵に手を掛け、軽々と乗り越え・・・・と言いたいところだが、一番上に足を掛けたところで、肩から掛けていた鞄が引っ掛かり、向こう側に尻もちをついた。

 俺も後に続いて、ゲートを乗り越えた。

 こっちは難なく着地に成功したが、彼女はまだ腰をさすっている。

『呆れたねぇ、仮にも神様のはしくれだろ?』

 苦笑いしながら俺が言うと、

 彼女は恥ずかしさに少しばかり頬を染め、

『す、すみません・・・・』

 そう言って起き上がる。

『ところで、本当にこの団地の中にいるのかね?』

 俺の言葉に、彼女は自信ありげに、

『大丈夫です。私の探知能力は今冴えまくっているんですから!』

 そう答え、団地の中のアスファルトの道を、まるで慣れたように歩き、2~3棟が並んでいる昔風の建物に向かって歩いて行った。

『あそこです!』

 彼女が指さしたのは、コンクリートのマッチ箱の一つ、外壁はクリーム色だが、

今ではもう殆どすすけていて、人が住んでいる気配が全く感じられない。

『それにしてもまだ午後の2時30分だぜ。日が高いってのに死人が出るなんて』

『私を信じて下さい。さあ早く!』

 それだけ言うと、彼女はマッチ箱の階段を見つけ、上に向かって登り始めた。

 建物は四階建てで、エレベーターは付いていない。

 いや、あるにはあるのだが、もう壊れていて稼働していない。

 霊子は靴音を鳴らして、急ぎ足で階段を上がって行く。

 仕方ない。

 俺も後に続いた。

 10分とかからないで、4階、即ち屋上にたどり着いた。

”開閉厳禁”

 屋上に続く錆び付いた鉄扉には、殊更に大きくそう書かれた札が貼り付けてある。

 ためらうことなく、霊子はノブに手を掛ける。

 鍵がかかっているのかと思われたが、そうではなかった。


 多少きしみながらも、重い鉄扉が外側に向かって開く。

 春だとは言え、幾分強い風が、俺の顔にかかった。

 例の眼鏡越しにみると、そこにはもう既に先客がいた。

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