VOL.3
『俺に人殺しでもやってくれって言うのか?それでその魂を・・・・』
いささか意地の悪い俺の質問に、彼女は激しくかぶりを振った。
『とんでもない!死神とはいえ、神と名がつく以上、ずるをしてまでノルマを達成したいなんて姑息な手を使おうとは考えてもいません。』
『だったらどんな依頼を?』
彼女は俺の方に向き直り、深々と頭を下げた。
『私と一緒に死にたいと思ってる人、肉体から抜けて
魂を探して欲しいんです』
『しかしなぁ、俺は確かに探偵だが、ただの人間だぜ。霊感なんてものは元々ない。
『そんな霊感のない俺が、何で死神である君の姿が見えるんだ?』
『魔法をかけたんです。どうしても協力して貰いたくって、誰でも見えるように実体化したんです。お願いします!お手伝いをして下さったら、お礼は何でもします』
彼女はまた頭を下げた。
無神論者の俺だって、死神って存在に頭を下げられるのは、あまり気分のいいものじゃない。
彼女はバッグを引き寄せ、中を漁ると、あの大きな財布、それかやけに縁の太い、まるでクラーク・ケントが掛けていたような眼鏡を取り出した。
彼女はそれを自分の掌に乗せると、右腕を持ち上げた。
するとその眼鏡は、まるで生き物ででもあるかのように空中を漂い、俺のデスクの上までやってくると、さっきと同じように、音もたてずに目の前に舞い降りた。
『それは、人間の魂が見える眼鏡です。健全な魂はピンク色に輝いていますけれど、
もう人から離れようとしているものは、くすんだ灰色をしています。』
疑わしかったが、俺は其の眼鏡を手に取って掛け、窓を開けて表の通りを見てみた。
歩道には昨今の自粛騒ぎのせいか、いつもより少なかったが、それでも何人かの
歩行者が固まって歩いているのが目に映る。
いや、それだけじゃない。
彼らの頭の上、丁度脳天の部分からは、紐が伸び、5~60センチくらいの高さで、空中にまるで風船のようなものが浮いていた。
なるほど、死神嬢の言った通りだ。
風船は大体に於いてピンク色をしている。
色はそれぞれ微妙に違うようだが、概ね同じようなもんだ。
どれも同じように、頭の上で風に吹かれて揺れていた。
眼鏡を外してみると、”魂”はまた見えなくなった。
俺は眼鏡を手に取り、席に戻って来ると、彼女に向かって言った。
『なるほど、君の言うことを信じるとしよう。ええと四千二百・・・・』
『
『分かった。じゃ、霊子君。依頼は引き受けよう。
『ありません』
彼女は答え、ほっとしたように長い息を吐いた。
『それじゃあ、こいつが・・・・』俺がデスクに立てかけてあったファイルケースを取り、蓋を開け、書類を取り出そうとする。と、そいつが俺の手を離れ、宙を舞い、彼女の前に落ちた。
『契約書ですね?』
霊子嬢が言う。
俺はそっぽを向いたまま頷き返すと、彼女はバッグに手を入れ、赤い万年筆を取り出し、最後の頁にサインをすると、また俺のところに投げて・・・・いや、正確には飛ばしてよこした。
『それでいいですか?』
俺は三本目のシナモンスティックを取り出し、音を立てて齧った。
『結構』
『有難うございます。ではこれは前金です』
彼女はあのごつい財布から一万円札を数枚、丁寧に数えて銀行の紙袋に入れ、又空中を飛ばし、俺の前に落とした。
”何だか漫画か、小説の中の世界にいるみたいだな”
俺はそいつを手に取ると、札が本物であることを確かめ、彼女の顔と見比べた。
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