VOL.2

 くどいと思われるだろうが、俺は現実主義者で、かつ合理主義者でもある。

 従って神だの仏だの、或いは幽霊やお化けの類を、あまり信じたことはない。

 スピリチュアルなものは、今の自分には不似合いだ。

 見えないものに縋って日々を送るのは、じじいになって縁側で茶を啜るようになってからでも出来ると思ってるからな。

 だから、俺の事務所オフィスのソファに座り、カップを抱え込むようにして、淹れてやったコーヒーをゆっくりと啜っている彼女のことを、本当に死神だなんて思っちゃいない。

 俺はデスクのひじ掛け椅子に座り、目の前のカップと、彼女の顔を見比べていた。

『初めに断っておくが、俺は筋が通っていて、犯罪の手助けでもなく、反社とも無関係で、かつ離婚と結婚に関わりがなければ、大抵の依頼は引き受けるがね。その前にまず話を聞こう。』

 彼女は頷くと、傍らに置いたバッグに手を伸ばし、中を探ると、あの馬鹿でかい財布を取り出して、中から一枚の紙きれを取り出した。

 しかし、彼女の座っていた場所から俺のデスクまでいささかの距離がある。

 俺が椅子から腰を浮かしかけると、彼女は名刺を指で挟み、俺の方に向かって放った。

 いや、それは正確な表現じゃない。

 飛ばしたと言った方がいい。

 ただ飛ばしたというのでもなく、名刺は本当に蝶が舞うような感じで空中を軽く泳ぎ、極めて正確に俺のすぐ目の前、コーヒーカップの隣に垂直に落下・・・・いや、これも違う。

”降りた”のである。

俺はそれを手に取り、目の高さまで上げてみた。

真っ黒だった。縦が五センチ、横が八センチ近くという、大きめに作ってあり、

全体は真っ黒で厚手の紙を用いていた。

真ん中に真っ赤な文字で

”死神四千二百四十二号。”

 と印刷されてあるだけだった。

 俺がそいつをしまおうとすると、いつの間にか手の中から、まるで煙のように消えてなくなっていた。

『すみません・・・・私どもは人間に名刺を渡してはならない規則になっていますので・・・・』

 彼女は済まなそうにそう答えて頭を下げた。

 くどいようだが、これは作り話でも何でもない。

 実際に俺の目の前で展開した通りの話をしているのだ。

『・・・・私は、約百五十年の研修を終えて、この度やっと死神としての免状を、閻魔大王より頂いたばかりです』

 俺は腕を組み、口の端でシナモンスティックを音を立てて齧り、彼女の様子を観察した。

 別にどこと言って変わったところはない。

 その言葉つきにも、まったく異常なところは感じられなかった。

『人間の皆様は死神というものに対して幾つか誤解をお持ちになっていらっしゃるようですね。』

 彼女はそう言い、またコーヒーを飲んだ。

 曰く、死神というと、黒装束にフードを被り、長い柄のついた巨大な鎌を持ち、顔は骸骨そのままなんて外見を想像しがちだが、決してそんなことはない。

 確かにそうした外見を装っていた時代もあるにはあったが、今はそんなもの、流行はしない。

 時代には時代に合った姿恰好をするべきだという考えから、彼女は研修を終えた後、今のようなスタイルを選択したのだという。

 それから、彼らは決して自分達から人間に手をかけるようなことはしないという。

 死にそうな人間を自分で探し、その魂をあの世に持ってゆく。

 しかしこれにはちゃんとノルマがある。

 一か月で最低でも10体(魂のことをこういう数え方をするそうだ)は、あの世の入り口まで連れて行く。

 それも、新鮮なもの、つまり若ければ若いほど良いというわけだ。

 最近日本では一年の自殺者の数が万を超えるという。

 それ故、競争も激しい。

 一年経ってノルマが規定通りの数に達していなければ、閻魔大王によってあの世に引き戻されて、もう一度地獄(仏教でいう意味のとは、少し意味合いが違うようだが)に戻され、再研修を受けねばならんそうだ。

『その再研修というのが、とにかく厳しいのです。あんなものをまた百五十年も受けなければならないと思うと、いい加減ぞっとします。だから何としてもノルマを達成しなければなりません』

『で?俺に何をしろというんだね』

『人間である貴方に協力を仰ぐのは、極めて心苦しいのですが、何しろ私は新米の死神ですから、いいところはいつも先輩に持って行かれてしまうんです。お願いします。何とか私に力を貸して頂くわけにはゆかないものでしょうか?』

 


 

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