死神と探偵(オレ)

冷門 風之助 

VOL.1

◎初めに断っておく。これから話すことは、全部俺が見て、聴いて、そして体験したことだ。俺は探偵だからな。嘘偽りを書いたり喋ったりするつもりはない◎


『あ、あのちょっと!』

 背後から呼び止められた俺は、反射的に懐に手をやり、後を振り返った。

 かの超A級スナイパー氏じゃないが、ここしばらくの間、命を削るような仕事をしてきたこともあって、いきなり声を掛けられると、すぐに反撃開始が出来るような姿勢をとってしまう。

 

 だが、そこにいたのは黒づくめの殺し屋でも、頬に疵のある”その筋”でもなかった。

 野球のホームベースみたいな型のワッペンを付けた紺色のブレザー、ヒダの多い膝丈のプリーツスカートに黒のハイソックス、そしてこげ茶色の革靴を履いた少女・・・・いや、正確な年齢は分からない。おそらく18歳くらいがいいところだろう・・・・が、手からよく電車などに乗っていると見かける、どこかの学校指定みたいな大きなバッグをぶら下げて立っていた。

 ぱっちりした目、ツインテールというのだろう。首の後ろで二つに分けた、肩まである黒髪、ピンク色の唇・・・・・どこからどう見ても一流私学の女子高生にしか見えない。

『なにか用かね?』

 俺は懐に入れた手を戻し、代わりにシガレットケースからシナモンスティックを取り出して一本咥えた。

『あ、あの・・・・』

 彼女はそう言ってポケットを探る。

 しかし見つからない。

 あちこち探して、やっと何故だか黒いカラスの刺繍を施したレースのハンカチを引っ張り出して、それで額を拭った。


『あの、どこかに死にそうな人はいないでしょうか?』

 俺は目をしばたたかせ、彼女を再度見直す。

 腕時計を眺めると、時刻は午前10時。

 昨日から大阪に出張していて、いささか厄介な仕事を片付けて、たった30分前に東京駅に戻って来たばかり。

 だが、厄介だっただけの事はあって、実入りも結構なものだった。

 今日はネグラに帰り、ひと風呂浴びてとっておきのワイルドターキーで呑んだくれようと考えていた所だった。

 俺は黙って私立探偵の認可証ライセンスとバッジのホルダーを突き出して彼女に提示し、

殺人事件コロシに関わることなら警察に行くんだね。ここからは新宿西署が一番近い。もっとも警官オマワリは悪い冗談に耳を傾けてくれるほど暇じゃないかもしれん。俺はくたびれてるんだ。』

 それだけ言って、ビルの中に入ろうとする。

『あの、私・・・・』

 彼女はまだ何か言おうとして、それからハンカチをアスファルトの上に落とし、慌てて拾い上げた。

『私、死神なんです』

 俺は一本目のスティックを齧り尽くすと、二本目を咥えた。

『・・・・そっち方面なら精神科医の領分だ。いずれにしろ探偵には関係ない』

 ビルに入ろうとする俺の腕をつかみながら、

『私、真剣なんです!本当に死にそうな人を探して魂を既定の数だけあの世に持ってゆかなければならないんです!』

 俺はため息をついた。

 半分齧りかけのスティックが地面に落ちる。

 彼女の顔を見ると、大きく見開いた黒目がちの瞳が潤んでいるのが分かる。

 情に流される俺じゃないが、流石にこの涙だけにはどうにも弱い。

『仕方ない。上がりたまえ。但し1時間、勿論金は払って貰う。それでも構わんなら・・・・』

 俺の言葉に、彼女は肩から下げていたバッグを開け、まるで田舎の金持が持っているような、革製の真っ黒な紙入れを取り出したが、手を滑らせたのか、カードやら何やらが、地面にばらまかれた。

 慌てて彼女はそれを拾い上げると、その中から数枚の一万円札を、俺の前に差し出すようにした。

『あの、これで足りるでしょうか?』

 手が少し震えている。

”やれやれ、とんだ死神だ”

 ため息をつき、俺は顎をしゃくって、彼女に後へ続くように示し、先に立って歩き出した。

 

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